尿意の神様②
「ほら、あんまり恥ずかしがると、もっと恥ずかしいよ?」
そんな事、分かっている。
私は恐る恐る、浴室に足を踏み入れる。
猫猫殿とローレル殿がキレイに流してくれたタイル時の床に、そっと足先をつける。
別に、私は父親の吐瀉物をよく掃除しているので同世代の女の子のおしっこくらいなんてことは無いのだが、なぜだか妙に躊躇ってしまった。
「すっげーガリガリ」
!?
「ほぼほぼ骨じゃん」
「あのさぁ……」
ああもうっ!
だから嫌だったんだ!
私は同世代の女の子と比べて、明らかに発育が悪い事くらい自分でも分かっている。
特に、あの二人はどう考えても同い年の中でも飛びぬけたプロポーションをしているし、あの小学生のサン殿すらも私より確実にスタイルがいい。
まあ、逆にサン殿は少し不摂生な気もしないでもないけども……。
「そういう需要もあるから大丈夫ですよ?」
「何言ってるのお前?」
需要と言うのはどういう意味だろうか?
猫猫殿とローレル殿の付き合いはごく最近と聞いたが、それにしては距離感が近いような気がする。
それに、さっき猫猫殿が彼女に向けて「神様」と言っていたが、あれはどういう意味?
「サンさん! だからダメだって!」
「うるせー!」
隙を見て湯船に飛び込もうとしたサン殿を、三度猫猫殿が腕を掴んで止める。
「ウチでは先に体を洗うルールなの!」
「しらねーよババア!」
猫猫殿が逆の手で蛇口をひねり、シャワーを手に取る。
「ほらっ! ここ座って!」
「やー!やー!やぁあ!!」
猫猫殿が自分の足でシャワーの温度を確かめた後、容赦なくサン殿にぶっかける。
「冷たっ!」
「冷たくない! それにさっき、おしっこしたでしょ!」
「ヤーメンもやっちゃいましょうよー! 気持ちいいですよ?」
「バカ! それにあれ、癖になるって言うだろ?」
「クセになってもいいじゃないですかー!」
…………。
この雰囲気で、実は私もお風呂でする派だとは言えない。
そして彼女の言う事を証明するように、条件反射で今、物凄い尿意に襲われている。
申し訳ないが、ここは体を流す振りをしながら済ませてしまおうと思う。
……!?
そんなタイミングでローレルさんと目が合い、彼女は私に微笑みかける。
まさか……ね?
「ルリさんは、する派ですかぁ?」
「えっ!?」
ドキッとする。
「お前、本当に止めろ? 前から思ってたけど何なのその、お前のそれへの執着は?」
それと言うのは、間違いなくおしっこの事だろう。
「魔法少女って、実は排泄行為で体内の魔力を調整しているんですよ」
笑顔で突然、そんな事を言い出した彼女に対し、全員の目が点になる。
「え……いや、それが事実だとして何でそれが関係あるんだよ?」
「魔力って言うのは結構厄介なものでですね。特に猫猫さんの魔力は特別なので」
「お前はいっつも話の導入が唐突なんだよ。もっと分かりやすく言ってくれ」
「うーん……。まあ、ありていに言うと、猫猫さんの魔力が濃すぎるので、私が聖水で中和してる感じですかね?」
聖水?
「聖水って……。お前さぁ」
「もちろん、それだけでは無く、私の聖水は色々仕事をしているんですよ?」
言っている意味が良く分からないが、もしかしてローレルさんって本当に神様だったりするのだろうか。
いや……まさかそんな。
「え……。あの奇行にそんな意味が……? ……いや待て! だったらこっそりやればいいだろ! なんで毎回、限界まで我慢したり、私にくっついて来るんだよ!」
「付きまとうって人聞きの悪い。実際にどの程度の魔力が流れているか観察したいのと、聖水も下水で薄まってしまうので、出来るだけ一気に出す必要があるんですよ」
「いや、だから何で……いや、やっぱいい……」
どうやら聞いても意味が無いと悟ったのか、割と早い段階で猫猫殿が折れた。
「もしかしてヤーメンはずっと、私がおしっこ大好きな変態だと思ってたんですかっ!?」
「いや絶対ねらってやってただろ! あともう蒸し返すな! この話はこれで終りっ!」
そう言って、片手が塞がっている猫猫殿が、手を叩く代わりに自分のモモを叩いて音を出す。
「ヤーメン頻尿だから調整が難しいんですよね」
「私が用を足す前に毎回お前が我慢できずに先に入ってるもんな? 本末転倒だろ」
そんな事を言いつつ、なおも続けようとしたローレルさんを、猫猫殿が睨む。
「おいババア! いつまでひまわりを掴んでんだよ!」
今まで空気を読んで大人しかったサン殿が、ここぞとばかりに猫猫殿の肩にパンチを放つ。
「ダメ! ちゃんと洗うの!」
「自分で洗うから話せって言ってんだよ! ズン○かババア!」
ズン○というのは、耳が聞こえにくい人と言う意味の方言らしい。
使ってはいけない言葉だし、同年代の会話では聞いたことが無いが、ウチの父親が私によく言っていたので覚えてしまった。
「あ、あの猫……アヤメ殿? 拙者も体をあらってもよいでゴザルか?」
「ん? ああもちろん。どうぞ?」
そう言って腰掛けていた椅子を、私に譲ってくれる。
「ありがごうでゴザル」
「だから離せっつってんだろ!」
「お背中流しますよー」
ローレルさんのような口調で、サン殿の頭からシャワーをぶっかける猫猫殿。
猫猫殿のこういうノリは、私はとても好きだ。
そして私は少し不自然な感じになってしまったが、ようやくシャワーの前に腰を下ろす。
そして、まずシャワーではなく蛇口から水が出るのを確認して、お湯の温度を調整して行く。
これは自宅でやるのと同じだった。
それから、満を持して体にシャワーを掛けた。
温かいぬくもりと同時に、体がブルっと震える。
躊躇う余裕も無く、ギリギリセーフだった。
解放感が最初に来て、その後でみんなが使う場所で用を足す背徳感が押し寄せて来る。
私は不自然に見えない程度に下腹部にお湯がかかるように調整しながら――。
ピタッ。
!?!?!?!?
横からぬっと白いものが見えたと思ったら、次の瞬間に突然シャワーが止まった。
ちょろちょろちょろ……。
水道の蛇口の水と交差するように、私の下腹部からせせらぎが放たれていた。
驚いてその白い物を辿ると、横のローレルさんと目が合った。
「うふふ……やっぱり」
その白い物はローレルさんの手で、どうやら彼女はシャワーと蛇口を切り替える所を回したようだった。
「っ!?!?」
声を出しそうになるのを堪え、急いで水門を閉める。
おなかがきゅっと痛み、続いて私は逆隣の二人の方に目を向ける。
「痒いところはありませんかー?」
「耳のあたりがかゆい」
美容師さんごっこをしている二人は、どうやら気づいていないようだった。
「……ローレルさん?」
思わず彼女を睨んでしまい、ハッとする。
「ルリさんのも、中和しておきますねー」
私の下腹部を凝視しながらそんな事を言うローレルさん。
この人、やっぱりダメな方の癖を持っている人なんじゃなかろうか?
「おいババア、そのおっぱいで背中洗って」
「お客様、当店ではそのようなサービスは行っておりません」
――――――――
――――――――
「ああもうノリわりーな!」
「サンさんが胸を揉もうとするからでしょ?」
あの後、四人で湯船につかろうと提案したローレルさんと猫猫殿の口論があり、今は何故かサン殿と猫猫殿が口論をしている。
ぶわっ。
「っ!?」
急に顔面に熱風を掛けられ、私は後ろに後ずさる。
「髪が短いから、すぐに乾いていいですねー」
ドライヤーを持ったパジャマ姿のローレルさんが、こちらに迫って来る。
「せ、拙者はいつも、自然乾燥なのでっ!」
「ダメですよー? 女の子なんですからー」
強引に私の頭を撫でるローレルさん。
どうも私はこの人が苦手なのだが、同時に何か憎めないものを感じる。
あんなあられもない姿を見られたのに、彼女の近くに居るとなぜかドキドキする。
「おりゃー!」
「甘いっ!」
目の前で、猫猫殿の胸を揉もうとしたサン殿が、それを躱されていた。
「えいっ!」
「!! あぁんっ……!」
その声に、私とローレルさんの目がサン殿の方を向く。
「ちょっ!? エグイ声出すなサンさん!」
「触って来たのはそっちだろうがこの変態ババア!」
猫猫殿にやり返されて憤るサン殿の肌が、みるみる赤くなる。
やるのはいいが、やられるのは恥ずかしいのだろうか。
「おふたりともー! 早く服を着ないと風邪をひきますよー?」
ローレルさんがそう言うと、なんか気まずくなった様子の二人が、いそいそと下着を身に着け始める。
……それにしても。
「どうやったら、あんなに胸が大きくなるんでゴザルか」
そんな独り言を言ってしまった自分にハッとする。
「あれは遺伝ですねー」
独り言に真面目に返されて、私の顔も熱を帯びる。
「私の見立てでは、ヤーメンは最低でもIくらいは行きますね」
「おい黙れローレル!」
猫猫殿は先ほどとは違う形のブラジャーを付けながら、ローレルさんを叱る。
スポブラと言うやつだ。
対するサン殿は、上の下着は付けずに、そのままヒラヒラの寝間着に首を通していた。
「サンさん、ちゃんと髪拭いた? ちゃんと拭かないとパジャマが濡れるよ?」
「いちいち指図すんな! お母さんかよ!」
「はあ、全く。サンさんは普段、どんな生活をしてるんだ?」
「プライベートな質問にはお答えできませーん!」
私から見て、二人は今日を経て一気に距離が縮まったように見える。
対する私はどうだろうか。
正直、体格の事も含め、私はずっと疎外感を感じている。
やはり、この変な口調が、二人から敬遠されているのだろうか。
はたまた根本的にな問題、私はコミュ障というやつなのだろうか。
「しっかり食べて太れば、ルリちゃんの胸もちゃんと大きくなりますよー」
モヤモヤしている私を見て何か勘違いしたローレルさんが、ドライヤーにギリギリかき消されない声でそう語りかけて来る。
しかし、私は母の顔を覚えていないので、実はワンチャンあるのではないかと心の隅で思ったのだった。




