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なんでなんでなんで?②

 姉の友達が泊まりに来るらしい。


 こんな事は、いつぶりだろうか。


 ウチに親戚や父親の知り合いが泊まる事は割とあるが、思い当たる限り、姉の友達が泊まりに来たのは、姉が小学生の時に一度あったくらいだ。


 その時は俺もかなり小さかったから、そこまで気にはならなかったが、今は違う。


 姉は中学二年生だし、俺も小学六年生だ。


 世間一般ではガキ扱いされる年齢なのだろうが、六年生は世間一般が言うほどガキじゃない。


 ようするに、俺も男なんだから、意識しちゃうんだよ!


 ただ、これを口にするのはダサすぎるし、何ならそう思ってしまっている俺も嫌なのだ。


「えーっと、お友達のお名前は何て言うの?」


 夕食を食べ終えた母が、食後のお茶をすすりながら姉に問いかける。


「え、ええと……えっと……”ルリ”さん? と、ええと……」


 姉が何やら友達の名前をド忘れしてしまったようで、隣のローレルさんをチラチラと見ている。


 頭が良い姉が物を忘れるのは一見、不自然なようにも感じるが、実は姉は人の名前を覚えるのが苦手なのを俺は知っている。


 それはきっと、他人に対してあまり関心が無いだろうからだと思うが、しかし今回の姉の態度は明らかに不自然だ。


 ローレルさんが何も答えずにニコニコしているのを見て、露骨に目を泳がせて、かなり慌てた様子になっている。


 まるで、その友達の名前を本当に知らないような素振りだった。


「あっ! それがあの、学校の友達じゃなくて、ネットで知り合った友達なんだよねっ」


 何かを思い出した……というよりは、()()()()()といった表情をした姉がそう口にすると、母と、それをリビングのソファーで聞いていた父が少し怪訝な表情をする。


「ネットのお友達? それって――」


「いや、そんな見ず知らずのってわけじゃなくて、その、近所に住んでて、何度も会ってるような人たちだから。ただ、ハンドル……普段、ニックネームで呼んでるせいで、本名をド忘れしちゃって……」


 そう早口で話す姉だが、これは明らかに焦っている。


「勉強会って言う事は、同い年のお友達なのよね?」


「うんっ! もちろんそうだよ!」


 姉の返事を聞いて、なんとも言えない表情で顔を見合わせる母と父。


「ワタシも会ったことがありマスが、とても感じの良い方たちでシタよ」


 不穏な空気を感じ取ったのか、黙って微笑んでいたローレルさんが、ついに口を開く。


 それを見た姉が、ナイスみたいな顔をする。


 そしてその様子を見ていた俺に気づいたローレルさんがこちらを見た瞬間、俺は素早く目を逸らす。


 目の端でニッコリと笑いかけて来るローレルさんを見るに、見ていた事はバレバレのようだった。


「まさか、男の子じゃないだろうな?」


 しかし、俺が気づいていることに父や母が気づかないはずが無く、父の疑問が場の空気を剣呑(けんのん)な物にする。


「違う違うっ! 最初に言ったじゃんか! 女の子二人だって!」


 それを手を振りながら全力で否定する姉。


「別に部屋はあるんだし、男の子でもいいじゃないの?」


「あはー! その()()というのハ、”別の部屋”と”別にいいんじゃないの”という言葉のダブルミーニングになってるんですねー!」


「あらローレルちゃん。よく気づいてくれたねぇ!」


 たまたまかと思ったら意図的に言っていたようで、なかなかのユーモアセンスだと思う。


「いやぁ……流石に男友達とお泊りって言うのは、別の部屋だとしても……」


「だから違うって言ってるのにっ!」


 父は何か勘ぐっているようだが、母の方は既に特段、問題に思っているような様子は無い。


 そしてどうやら、このまま泊まる方向で話が進むようだ。


 …………。


「ショータくんは、やっぱり女の子が大勢来ると、緊張しマスか?」


「えっ!?」


 丁度、考えていた事をピンポイントで言われて、思わず動揺した声を上げてしまう。


「あら菖太くん? お姉さんが三人もいて、まるでハーレムみたいじゃない?」


 とんでもない事を言う母に、また思わず顔が強張る。


「おい、あんまり変な事を言ってやるなよ……」


 父もそう、母を嗜めるが、母はちょっと天然な部分があり、割とこういったキツ目の冗談を言う。


「ウフフ……みんなでお風呂。楽しみデスー!」


 !?


「ちょっ! ローレル、このタイミングでそれはっ!」


 姉が驚いて、隣のローレルさんを見る。


 まさか狙ったわけでは無いと思うが、この女性陣は本当に心臓に悪い。


 目を逸らそうとした俺の目線を捕えるように、目を合わせて来たローレルさんが、一瞬、ニチャァっと今まで見たことも無い邪悪な笑みを俺に向ける。


 この女、確実にわざと言ってるじゃないかっ!


「大体、そんな大人数で入れるほどウチの風呂は大きくないだろっ!」


「離れの五右衛門風呂を使ったら? あそこなら四人でも入れるでしょう?」


 五右衛門風呂の五と四人の四が頭の中で交雑して、一瞬ドキっとしたが、四人という事は、そこに俺は入っていない。


 まさかそこまでダブルミーニングみたいな事になっていないと思うが……。


 いや、なんでちょっとガッカリしてるんだよ俺っ!?


「いやいやいやっ! あれ最後に使ったの何時よっ!?」


「あそこのシャワーは会社の人が汚れちゃったときに使ってるから、お湯は溜めてないけど定期的に掃除してるよ?」


「マジでっ!?」


「決まりデスねー!」


 姉はごにょごにょと文句を言って乗り気では無いようだが、ローレルさんは既に入る気マンマンのようだ。


「予行練習で、今から一緒に入りマせんか?」


「調子に乗るなっ! 五右衛門風呂沸かすのにどんだけ時間かかると思ってんだよ!」


「彩芽ちゃん? 言葉遣い」


 昨日に続き、母に怒られた姉が、慌てて口を覆う。


 やっぱり、最近の姉は情緒不安定な気がする。


 あれからも姉は、部屋に閉じこもって毎日何か作業をしているようだった。


 忙しい事ばかりで、楽しい事をしていないのであれば、お泊り会くらいは快く受け入れてあげるべきなのでは無いだろうか。


 あるいは俺も、少しくらい姉と家族の力になれればいいんだけど……。


――――――――


――――――――


「よ、よろしくお願いします」


 時間はあっという間に過ぎ、今日はもうお泊り会の日である。


 スイ君が車に乗り込みながら、ウチの父親に挨拶をする。


 彼女はかなり緊張している様子で、語尾も普段の侍スタイルでは無い。


「ええと、私は”海田(かいた)ルリ”と申します。フツツカ者ですが、本日は宜しくお願いします」


「こちらこそ宜しくね海田さん。僕は彩芽の父親の、菖平(しょうへい)です。どうぞ気を遣わず、楽にしてね」


「はい、よろしくお願いします、アヤメさんのお父さん」


 後部座席の助手席側から乗り込んだスイクンが、ズリズリと運転席側に移動しながら父とそういったやり取りをしている。


 私はその間に、父の隣の助手席に乗り込む。


「みんな乗り込んだね。じゃあ、出発するよ? ここから十五分もかからないと思うから」


 最寄りの駅で落ち合った私達は、父の運転する車で自宅へと向かう。


「二人はどこの中学校なの?」


「ええと、私はM中学校です」


 父のナンパの導入みたいな質問に、かなり緊張した様子で答えるスイクン。


 ぎこちない受け答えではあるものの、とりあえず彼女の事は問題なさそうだ。


 しかし、本当の問題はもう一人の方だ。


「……そちらのお嬢さんは、どこからきたの?」


 しばらくしても回答のないもう一人の少女に、父が少し遠慮がちにもう一度質問をする。


「…………」


 だが、私が危惧した通り、バックミラーに映る彼女は黙ってうつむいたまま、じっと固まっている。


「サンさんは、ちょっとシャイなんだよ。しばらくしたら慣れると思うから」


 このまま沈黙するのは気まずすぎるので、私はとりあえずそんな事を言っておく。


 それに父は「ああ、気にしないで大丈夫だからね」と返しながら、ハンドルを切る。


 そのまま、しばらく無言の時間が続くが、ふいにまた父が私を横目でちらっと見ながら口を開く。


「でも、彩芽に同い年の仲のいい友達が居て良かったよ。彩芽は学校の話をほとんどしてくれないから」


 うわ……来たよ娘を出汁にして話題を作るやつ。


「いやしてるでしょ?」


「でも、お前は業務連絡みたいな事しか言わないじゃないか。いつもすぐ部屋に閉じこもっちゃうし」


「聞かれないから言わないだけで、聞かれたらちゃんと言うって」


「この前聞いたら、なんかめんどくさそうな顔をしてはぐらかしただろ?」


「は? それっていつの話? まさか三者面談の後の事言ってるんじゃ……」


 くそ、何で私は二人の前でこんな親子喧嘩みたいな会話をしてるんだ?


 私は顔を少しずらして、バックミラーで後ろの二人の様子をそっと見る。


 そこに見えた黄色は窓の外の遠くを見つめていたが、隣のスイクンがそれにふっと気がつき、鏡越しに目が合ってしまう。


「仲がいいですね。うらやましいです」


 彼女はそう言って鏡の奥の私に微笑むが、その笑顔は少し、寂しそうだった。

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