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なんでなんでなんで?①

 これが針の筵というものか。


 安心したのもつかの間、私は少し、事態を軽く見すぎていたようだった。


 次の日私が登校すると、私が教室に入った瞬間、多くの目が私に注目したと思うと、それが引き波のようにサッと引いていくのを感じた。


 私が席につくと、普段なら同時に席についたローレルのもとにポコポコと湧いて出る同級生も、遠目からチラチラと様子を伺っている気配を感じる。


 これは考えるまもなく、昨夜の配信絡みだろう。


 私はそれとなく聞き耳を立ててみるが、私の耳の分解能を持ってしても、クラスの喧騒の中の会話を聞き分けるのは困難だった。


 後ろの席のローレルも、私は見ても無いのに、ただ無言でニコニコしているような気がする。


 ホームルームまで五分を切ったあたりで、意を決した様子の女子三人が、遠くから私めがけて歩いてくるのを確認した。


「あの、ヤーメン?」


 そして私の席の前まで来くると、その中の一人が、おずおずと私の名前を呼ぶ。


「ん? どした?」


 私は努めて、冷静を装った口調でそれに答える。


「ヤーメンって、もしかしてディアブラなん?」


 単刀直入に来た。


 気づくと、それが合図だったように、教室内の視線のすべてが、私へと注がれている。


「…………」


 そう聞かれると分かっていたのに、私はなんと答えたものか言葉に窮する。


 正直、肯定しても否定しても、この後の未来が良くなるようには思えなかった。


「もうええやろ。どうせ公然の秘密だったようなもんなんだし」


 そんな時、となりの少し気の強い女子が、私と目を合わせずにそう口にした。


「いや、でも確定したわけじゃなくない?」


「ヤーメン。観念しろよ。今までみんな言わないように我慢してたんだしさ?」


 私は思わず、自分の頭をかく。


 私の生い立ちや今までの学校での振る舞いを鑑みるに、誰も気づいていないということの方が不自然なのは、とっくに分かっていたはずである。


 どうやら昨夜の配信で、そんな押し込めていた周囲の疑念が、一気に溢れて来たというわけだ。


「……そうだよ。私がディアブラだよ」


 私がそう言った瞬間、突沸したように教室中が沸き立つ。


「だよねー! あれどう聞いてもヤーメンの声だったもんっ!」


「ずっと聞いていいもんか分からんかったからスッキリしたー!」


 堰を切ったように、私のもとに押し寄せるご学友たち。


「ねえ! Blüte(ブリューテ)の他のメンバーと話したことあるっ!?」


「絶対殺すからの二番の歌詞ってホントにそう言う意味なの!?」


「ま、待ってっ! 悪いけどディアブラの事については一切しゃべれないんだよっ! だから今まで黙ってたんだって!」


 よっぽどフラストレーションが溜まっていたのか、普段あまり喋らないクラスメイトまで前のめりに話しかけてくる。


「お願いだから、この事は内密に頼む! まあバレバレかもしれないけど、これが広まると本当にマズイんだよ!」


「そうだね! ヤーメンみたいに未成年がプロダクションに所属して作曲を行っている場合、それが労働契約とみなされちゃうと働き方が制限されるもんね!」


「いや、身バレすると取材が殺到して周りに迷惑かけたり、盗撮されたりしたら困るからだけど……」


 だが、今まで私がある程度自由に創作活動出来ていたのは、ひとえにコイツらが、憶測であること無いこと振りまかなかったからである。


 それに関して、私はクラスメイトのモラルの高さには感謝すべきだろうと思う。


「じゃあ、ディアブラってやっぱり、そういう意味なん?」


「お前は何を聞いていたんだ?」


「おらー! お前ら何やってんだ! 早く席につけー!」


 ちょうどよいタイミングで、出席簿をパタパタ叩きながら、先生が教室に入ってくる。


 それを聞いたクラスメイトたちは、ダラダラと自分たちの席へと向かっていく。


 危なかった。


 今のうちに、あの謎RPについて聞かれた際の言い訳を考えておかなければなるまい。


「さて、じゃあHRを始めるぞー」


 何か妙に改まった口調で先生がそう言うと、その目が私をチラリと見た。


 嫌な予感がした。


「みんな分かってると思うが、己斐のことについては他言するんじゃないぞ?」


「ちょちょちょちょぉー! 先生も昨日の配信見てたのかよぉー!」


 お調子者の古江(ふるえ)が、ここぞとばかりにツッコミを入れる。


「ウフフ。ヤーメン、本当に人気者デスネー」


 本当に、大丈夫なのだろうか……。


――――――――


――――――――


 事件が起こったのは、その日の夜だった。


 私は弟から昨夜の配信のせいで、一日中ヒヤヒヤしていたという愚痴を聞いた後、逃げるように防音室に籠もっていた。


 そんな時、魔法のスマホの方に、思っても見ないやつから連絡が入ったのである。


『来週の土日。猫猫の家で大会について作戦会議しよ?』


 これを送ってきたのは、他でもない、このパーティーのお荷物枠である”黄色”である。


 一体どの指がこんな事を書き込んできたのか。


 大会に対してはっきりとした意思表示をしていなかった人間が、急にそんな提案をしてくるとは、何を考えているのだろう。


 まあ、それは百歩譲って良いとしよう。


 問題は、何でそれを私の家でやるかということである。


 しかも、土日ということは、それは私の家に泊まるつもりと言う事か?


 たしかに、土曜日の夜に”仕事”が入っているので、ある意味では丁度良いとも言える。


『スイ:作戦会議には賛成でござるが、それは流石に猫猫殿に悪いでゴザルよ』


『サン:黙れおめーには聞いてねえ』


 一応、私には聞いてくれているつもりなのだろうか?


『猫猫:作戦会議については、私もするべきだと思うが、私の家でというのは、そんなに急に言われても困るよ。』


『サン:じゃあいつならいいんだ?』


 しまった。


 私としたことが、この書き方だと、急じゃなければ良いというようにも取れる。


 これは相手の言外を汲んで配慮する能力を想定しなかった私のミスである。


「テルみん! テルみん出てこい!」


「別に呼べばいいんじゃないかにゃ?」


 まだ何も言っていないのに、出てくるなりそんな事を言う使い魔。


「お前はまた人ごとみたいに……」


「じゃあ断るにゃ? ボクがここでなにか言ったところで、どうせアヤメは聞かないにゃ」


 今日は機嫌が悪い日なのか、テルみんの言葉はいつにもまして冷たいと言うか、投げやりと言うか。


 まあ、昨日ローレルとさんざん争った後なのでさもありなんではあるが、使い魔が気分によって対応を変えるのはいかがなものかと思う。


「前も聞いたかもしれないが、魔法少女同士がリアルでも仲良くするのはあんまり良くないんじゃないのか?」


 最終的に記憶を消すに当たって、リアルで関わりを持ってしまうと、間違いなくそれに差し支えるだろう。


 だがどういうわけか、使い魔の反応を見るに、それについてはさほど気にしていないように見える。


「そりゃ、関わらないのなら関わらないに越した事はないにゃ? でも、魔法少女は地域によって任命されるから、それにはどうしても限界があるにゃ」


 ようするに、それは想定内なので、お前ら魔法少女が気にすることではないとでも言うのだろうか。


「ただ、確かにあまり親密にしすぎるとマズイのも、それはたま事実にゃ。でもキミたちの場合は事情が事情なのもあるし、特にサンに関しては、あまりにもコミュ障がすぎるにゃ。あれは流石に、一度腰を据えて話し合うべきだと思うにゃ」


 最初からそう言ってくれればいいのに、どこまでコイツら使い魔は面倒くさいのだろうか。


『スイ:拙者は少々、家庭の事情で行けそうにもないでゴザル』


『サン:事情って何?夜に仕事あるじゃん?なんでなんでなんで??』


 多分、黄色さんの言う事にゃ、土曜と日曜の間に魔法少女仕事が入ってるのに、家庭の事情を理由にして来ないのはおかしいと言いたいのだろう。


 しかし、お前は知らないのかもしれないが、家庭の事情とは、単に予定が入っているとかそういうのに限ったことではないのだ。


『猫猫:土曜日の夜に、少し早めに集まって話し合いをしよう』


『サン:仕切ってんじゃねーよカスおめーははよ泊まれるかどうか親に聞いてこい』


 分かっていたが、相変わらず、めちゃくちゃな事を言ってくる。


 もはや、それに戸惑いもイラつきもない。


『猫猫:あのねサンさん? あなたはいいのかもしれないけど、人には人の都合があるんだよ?』


 あなたはそうやってワガママを~、と返そうとしたが、どうせ馬の耳に念仏なので、そこで止めておいた。


『サン:うっせーなババアこれくらいもできねーのか無能が』


『猫猫:明日、親に聞いてみるから待ってて。言っとくけど、決定じゃないからね? スイさんも、無理しなくて大丈夫だよ?』


 私はそう送信すると、答えを待たずにスマホを閉じた。


 ウチの親のことだから、友達が泊まりに来ると聴いて断ることは無いだろうし、むしろウェルカムだろう。


 私は布団を口元までかぶると、背伸びをして目を閉じた。


 意外にも、すぐに意識は深い闇に飲まれていった。

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