すいみん過多①
白い天井。
淡い色のカーテン。
薄っすら差し込んで来る日の光。
……あ、これあれだ。
「いいですか、落ち着いて聞いて下さい?」
…………。
「あなたにお話があります。いいですか?」
「……いや、早く言えよ。何があった?」
自分でも驚くほどのカッサカサの声で私が答えると、目の前にローレルがひょっこりと白い顔を覗かせる。
「九年です」
「んなわけねぇだろ……」
あっ。
……私の皆勤賞が!
「スミレさーん! アヤメが起きマシたー!」
「!? えっ! 本当!? 彩芽ちゃん!!」
パタパタと走って来る母の声が聞こえる。
「ああっ! 本当っ! 彩芽ちゃん? 私の事分かる?」
「……うん、分かるよ」
……皆勤賞。
「あっ、そうだ。先生呼ばないとっ! ええと、ナースコールナースコール!」
慌てた様子で私の頭の上あたりをまさぐる母。
えらく大きな声でしゃべっているが、ここは一般病棟では無いのだろうか?
「あっ! すみません! 彩……娘が目を覚ましましたっ!」
「ローレル。私、実際どのくらい寝てた?」
皆勤賞。
「ちょっと長く寝てただけですよ。まだ一日も寝てません」
ええと……昨日が土曜日だったから、今日は日曜日……だよな?
セーーーーフ!!
……のはずっ!
「心配したのよ!? 全然目を覚まさないから! ローレルちゃんが気づいてくれてっ!」
「スミレさん。ちょっと落ち着きマしょう」
しばらくすると男性の医者が来て、私に幾つかの形式的な質問をして、私はそれに受け答えをした。
そしてその医者の話では、今は夕方の五時くらいで、今朝ローレルが、寝ている私がいくら呼んでも起きなかったので、父が車でこの病院に運び込んだらしい。
医者には私が寝る直前の事を聞かれたが、私には昨夜の一切の記憶が無かった。
……確か、魔法少女の仕事が入っていたはずだが、もしかしてそこで何かあったのだろうか?
というか、何か……すごく何かあった気がする……。
しかし、それが思い出せそうで、全く思い出せないのだ。
「私、ちょっと梗平さんに電話してくるから、ローレルちゃん彩芽ちゃんをちょっとお願いしもいい?」
「はい、勿論です」
母は父に電話すると言って、パタパタと小走りで病室を出て行く。
それを見送った後、私は傍らのローレルに目を向ける。
「……ローレル。ここは個室?」
「いいえ、でも今はアヤメ一人だけですよ。お昼までもうひと方いらっしゃったんですが、その方は一般の病室に移られたみたいです。ちなみに、ここは救急外来の観察室とかいう所ですね」
なるほど。
おそらくローレルは、私の身に何かあったのか知っているはずなので、今すぐにでもそれを聞きないのだが、カーテンで仕切られているために部屋がどのような構造になっており、周囲にどれだけの人気があるのかが分からない。
ということは、ここで魔法少女の話題を出すのは少しリスキーだろう。
「でも、ナイスタイミングでしたね。もうちょっとで、私たちはここを追い出される所でした」
「え? 追い出される? 何で?」
「この場所は原則的に付き添いが不可能なんですよ。でも、アヤメが中学生なので、今日の夕方までは付き添いが許可されていて、そのタイムリミットがちょうど今だったんです」
で、だとして何で親だけでなくお前がいるんだという疑問が浮かんだが、聞いてどうなるわけでもなかったので、それは黙っておく。
だが……。
「ここで言える範囲ででいい。私の身に、何があった?」
妙に体がだるいので、私は手短に、そうローレルに問いかける。
「アヤメさんは、女として一皮むけました」
「ふざけるな」
私が睨みつけると、ローレルは悪びれる様子もなく、ただ微笑み返してくる。
それに対して何か言おうと口を開きかけたとき、カーテンの向こう側から足音が聞こえてきたので、口をつぐむ。
「ええと、お母さんはどこに言ったの?」
「今、お父さんに電話をかけに行ってます」
顔を出したナースの質問に、私ではなくローレルが答えた。
「ああそう。アヤメちゃん? 今日は念の為、病院に泊まってもらうけど、大人と同じ病室でも――」
「いやそれは困ります」
食い気味な答えに、ナースが少し驚く。
「ええと、じゃあ小児病棟の方に――」
「いえそうではなく、もう帰ります」
その私の回答にナースは何故かフフフと笑う。
「アヤメちゃん。心配なのはわかるけど、あなたは長い間眠っていたわけだから、大事を取って、朝まで様子を見たいの」
私が病院を怖がっているとでも思ったのか、看護師はにっこりと微笑む。
そして彼女はあたかも私を気遣うような事を言うが、これは間違いなくおためごかしであり、もう就業間近なので私の退院手続きを今からやるのが面倒だからだ。
「無理を言ってすみませんが、絶対に不可能ということでないなら、今日中になんとか退院できるように取り計らってもらえませんか?」
彼女の思考を先回りしたような私の言葉に、困惑した表情になったナースは、少し間をおいて「ちょっと確認しますね」と言って下がっていった。
「ヤーメン。鬼ですね」
「申し訳ないが、私の皆勤賞のために犠牲になってもらおう」
そう返しながら私は身を起こす。
すると、なんか下腹部に違和感を覚えた。
「ああヤーメン。カテーテルが入ってるので、あまり動かないほうがいいですよ?」
カテーテル?
……はっ!
「えっ。もしかして私、尿道カテーテル入ってる?」
「ずっと意識がなかったですからねー」
オーマイガッ!
「ここに私の知り合いは誰が来た?」
「ええと、スミレさん以外には、ショウヘイさんとショウタ君ぐらいですね」
それを聞いた私は、急いでベッドサイドを確認する。
……やっぱり、ある。
「あんまり動いちゃだめって言ってるのにー」
見られた。
ゲロに続いて、おしっこまでも……。
まあでも、家族に見られただけなのは不幸中の幸いか。
考えてみればここは一般病棟ではないわけだし、私が倒れたことを知っているのは家族だけだと思われるので、医療関係者以外の他人に見られる可能性は低いだろう。
それでも、あまりいい気持ちではないが……。
「……ああ、まさかそんなの気にしてたんですか? いいじゃないですか。キレイな黄金色ですよ?」
「気持ち悪い言い方するな。っておいバカ触るなっ」
これは一刻も早く、この病院を去らなければならないだろう。
てか、このローレルの尿に対する執着心は何なんだ?
もしかして、そういう趣味があったりするのか?
そんな事を考えていると、また再び足音が近づいてくる。
今度はどうやら複数人いるようだ。
「彩芽? 今日は先生の言う通り、一晩お泊りしなさい?」
母親が、私の顔を見るなりそう言ってきた。
後ろには、さっきのナースを従えている。
母にチクったと思われるナースは無表情で、母と一緒に私の返答を待っている。
「私はこの通り、大丈夫だから。あと病院側の都合もあるのかもしれませんが、私の意思は変わらないので、出来るなら早くしてもらえれば嬉しいです」
自分で言っておいてなんとも可愛げがない中学生だと思うが、ローレルに早く事情を聞きたいし、皆勤賞がかかっているので私にここに残るという選択肢は存在しない。
「あなたちょっと働きすぎなのよ? 気持ちはわかるけど、少し休みなさい?」
尚も引き下がらない母親と、それを真剣な顔になって見ているナース。
だが、これにたじろぐような私では無い。
「枕が変わると休めるものも休めないよ」
そういった私に、母も渋い顔を向けて来る。
皆勤賞ごときでワガママを言う私は大人気ないだろうか。
実際には中学生なので十分子どもの範疇ではあるのだが、常に大人でありたいと考えている本来の私とは、随分矛盾しているように思う。
しかし悪いが、今は子どもの権利を存分に行使させてもらう。
「すみません。娘がそう言っているので、今日中になんとか退院させてもらうことは可能ですか?」
ついに折れた母が、ナースに対してそう尋ねる。
「わかりました。先生と相談してくるので、少々お待ちいただいてよろしいですか?」
少し困ったような表情をしつつも、ナースも諦めたようにそれを承諾する。
なんとも言えない罪悪感が、もやっと立ち上がって消えていく。
まあこれで医者にダメだと言われたなら、素直に入院を受け入れる他ないだろう。
「彩芽……最近無理してない? お医者様の話だと、体に異常はないみたいだけど、あなたのお仕事の話をしたら、少し疲れてるんじゃないかって……」
おっと、仕事の話だって?
「え、それってどこまで話したの?」
まさか包み隠さず話したのではないかと思い、少しドキッとする。
「もちろん、いつも通りインターネットでお仕事をしてるって言っておいたよ。お医者さんからは詳しく聞かれたけど、娘からあまり詳しいことは人に言わないでくれって言われてるって言ったら、それ以上は特に追求してこなかった」
医者になら本当のことを話ても問題はないだろうが、どこから私のことが漏れるかわからない。
母が私の言いつけを守ってくれたのは、有り難いことだった。
程なくして、先程のナースがトコトコと戻って来た。
「大丈夫だとのことなので、このまま退院の準備を進めさせてもらいますね」
どうやら、無事家に帰れるようだった。
「じゃあアヤメちゃん? おしっこの穴に入ってる管を抜く準備をするから、そのまま待っててね?」
はっ!!
「あ、じゃあ私は、お父さんにもう一度、電話してくるね?」
そうだった……。
そりゃ入れたんなら抜かなければならないなんて、あたり前のことを失念していた。
まあ忘れてたからどうだという話なのだが、なんか急に恐怖心が込み上げてくる。
「……おいローレル」
「え? 何ですか」
ナースがワゴンを持ってきてガチャガチャやっている中、当たり前のようにそこにいるローレル。
「見せもんじゃねぇぞ。どっかいけ」
「一体、何を見るのがいけないんですか?」
とぼけるように微笑んで、顔を傾けるローレル。
「この先を私に言わせたら、もう二度とお前と口を利かないからな?」
ちなみに、抜いた時の感覚は、ぬぇあぁあああ……て感じだった。




