Can't Stop You Nyaa! 1
ガクガクと膝が笑い、地面に付いた左腕も古い洗濯機のように震えている。
全く何が起こったのか分からなかったが、全身に感じる猛烈な悪寒により、私はこれが恐怖であることを理解した。
「なな……なににこここれれれ……」
このたった一瞬の出来事で、すでに上手く発音も出来ない。
そして、ある一方向から、凄まじい殺気……のような……意味の分からないくらいの重圧を感じる。
だが、ひたすら……ひたすら……寒……い……っ!!
……私は意を決して、その重圧の根源。
恐らく、私は顔を上げて、自分が殺した男が居るであろう方向に目を向ける。
そしてそこでは……信じられない様な光景が繰り広げられていた。
「あああ……あれあれは……さ……さい……せい?」
男の頭らしき物があった部分に、男を構成していたパーツがどんどん集まって行っていた。
そのパーツは頭を起点に、みるみるうちに人の体を成していく。
「猫猫。大丈夫だにゃ。今、”決死機構”を発動させて、”不死者の鎧宝”も発動したにゃ」
ようやく……ここでスキルのフラグ回収か。
「黄色は……どう……なった?」
「猫猫。焦らないでいいから、ゆっくり階段を目指すにゃ」
さっきの焦った口調はどこへやら、テルみんは幼児に言い聞かせるような優しい声色で私に語り掛けて来る。
それはまるで、もう終わりを悟っているような、そんな口調だった。
「大丈夫にゃ猫猫。もうそろそろ助けが来る頃だにゃ」
この前の一件で、恐らく魔術師協会の人間はローレルに護衛を完全に任せ切っている。
彼らが普段どこで待機しているのか分からないが、これだけ時間がたっても救助に来ないという事は、まだかなり時間がかかるのだろう。
そして、こうなってもまだローレルの介入が無い事を考えると、彼女は私を助けられる状況に無いか、もしくは助ける気が無いに違いない。
「魔人は強力だけど、キミの魔力ならしばらくは耐えられるはずだにゃ。希望を捨てたらダメだにゃ」
もうテルみんが言っている事が、逆の事にしか聞こえない。
魔人が強すぎて、もう私では太刀打ちできない。
もう、希望など無い。
もしかしたら助けが来たとしても、あの魔人には下っ端の職員では対応できないかもしれない。
「ローレル! 何をやっているにゃ!! 流石にイタズラが過ぎるんじゃないかにゃ!!」
テルみんがついに、居もしないローレルに助けを求め始める。
「ひ……ひぃいいいいい!!!! キモイキモイキモイキモイッ!!!!」
私の耳に黄色の細い鳴き声が入って来る。
どうやら、黄色も逃げそびれてこれに巻き込まれてしまったらしい。
しかしもう、私には彼女に声をかけることも、姿を見るために顔を上げる気力すらない。
今はただ、ただただ寒い。
この気持ちはきっと、絶望だ。
もう……全部、終りだ……。
「いやだぁあ!!!! なんで……なんでひまわりがこんな目に……あわなきゃならないのぉお!!!!」
……はぁああ??
何を言ってるんだあの女?
お前が最初から私の言う事を聞いて、外で待機してれば巻き込まれることは無かっただろ?
しかも、散々私達の足を引っ張って、お前さえ逃げてればこんな事にはならなかったじゃねぇか!!
何なんだアイツ?
……マジもんの〇〇〇か??
意味が分からないんだが??
一体、どんな育ち仕方したらあんなにワガママで逆張り〇〇〇に育つんだ????
オメェのせいで私は人殺しになる所だったんだぞ????
そもそもあれは人間なのか????
再生って生き返るのか??????
もうわけがわかんねえよぉっ!!!!
『ナ ナンダ?? ナニガ……オコッタ??』
そんなものこっちが聞きてえよ!!!!
『カ……カラダガ……アツイ……!!』
こっちは寒くて寒くて死にそうだわ!!!!
「猫猫いけないにゃ。落ち着くにゃ」
「落ち着いてられる訳ねえだろこの状況で!! おめぇどこに目ぇつけてんだよその目は飾りかあぁん!?」
『ナニカ ワカランガ チカラガ……チカラガ ミナギッテ!! ……!? ……ナ ナンダ コノテハ? ナンダ コノ……カラダハ!?』
「知らねぇっつってんだろ!! そもそもてめぇがこんな所で女を〇〇〇しまくってたのが原因だろ!! 全く男は……いや女も力を手に入れたらロクな事に使わねぇ!!!!」
魔法少女になってからだけではなく、私の人生は今までも散々な物だった。
これも全ては、多額の借金を作って雲隠れしやがったあの女……私の本当の母親のせいだ。
父さんだって愚かだよ。
あんな容姿だけのバカ女に騙されやがって。
そのせいで私や兄さんがどんだけ辛い目に会って来たと思ってる。
ああああ嫌だ嫌だ!!
どうして男も女も、痴情が絡むとあんなにバカになるんだよぉおおおおお!!!!
「あああああああああああ!!!! イライラするぅうううううううううう!!!!」
「アヤメっ!! それ以上いけないにゃ!!」
『マアイイ……コレダケノ チカラガ アレバ コノヨノ オンナヲ ミンナ オレノ モノニ スルコトダッテ ユメジャナイ!!』
「うがぁあああああキモイいぃいいいいい!!!! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!!」
昭和の悪役みたいな事を言う男。
頭に血が上って、目から血が噴き出しそうになる。
体がカッと熱くなって……変な気分になって来た。
「あああぁああああ!!!! 『”既に勝利はここに有り! 全てを滅して今こそ我が力を示さん!!!!”』」
なぜか頭に浮かんだ言葉を口にした瞬間、全身の血が沸騰したのではないかというほど、体が更に熱くなる。
# === magical_girl_system/protocols/desperation_mechanism.rb ===
require 'pathname'
module MagicalGirlSystem
module Protocols
class DesperationMechanism
AUTHORIZED_CALLERS = ["FAM-TD03"].freeze
MIN_SAFE_SANITY = 35.0
def self.execute(familiar_id:, subject_sanity:)
raise "ACCESS DENIED" unless AUTHORIZED_CALLERS.include?(familiar_id)
if subject_sanity < MIN_SAFE_SANITY
return {
error: true,
message: "Subject's mental stability too low. Protocol locked to prevent collapse.",
subject_sanity: "#{subject_sanity}",
note: "Execution aborted for safety."
}
end
advisory_path = Pathname.new(__dir__).join("../notes/dev_nishinari_advisory.txt")
dev_comment = File.readlines(advisory_path, chomp: true)
{
protocol: "Desperation Mechanism v1.1",
caller: familiar_id,
mental_link: "Full Duplex",
subject_sanity: "#{subject_sanity}",
warnings: [
"Protocol is irreversible once initiated.",
"Subject may suffer long-term psychological damage."
],
advisory_log: dev_comment,
status: "ENGAGED"
}
end
end
end
end
$ ruby desperation_mechanism.rb --execute --familiar_id=FAM-TD03 --subject_sanity=41.2
>> [Desperation Mechanism Protocol: AUTHORIZED]
>> [Caller Identity: FAM-TD03 (Codename: Telmin)]
>> [Protocol Version: v1.1]
>> [Mental Link: Full Duplex]
>> [Subject SAN: 41.2]
>> CAUTION: Protocol is irreversible once initiated.
>> CAUTION: Subject may suffer long-term psychological damage.
>> STATUS: Desperation Mechanism successfully ENGAGED.
>> [Operator Advisory Message: dev_nishinari_advisory.txt]
>> "決死機構ってな、33-4みたいな絶望的な状況で使うもんやろ?"
>> "せやから、こんなどっかのアホみたいにポンポンと打たれたらたまったもんやないねん。"
>> "頼むから次回は「本当に要るんか?」を10秒だけでも考えてや。"
>> "……ログは全部見とるからな。"
真っ赤になったわたしの視界に、何かのプログラムのソースのようなものが浮かび上がる。
そして、それに続いて新しいログが目の前を上下に走って行く。
$ initiate overdrive_mode
>> SYSTEM NOTICE:
>> This operation is normally restricted to familiar interface protocols.
>> Current request detected from primary magical subject.
>> Status: Manual engagement by magical girl [猫猫] confirmed.
>> WARNING: This procedure is not optimized for direct subject initiation.
>> WARNING: Emotional-cognitive interference may lead to catastrophic instability.
>> LANGUAGE MODE: AUTO-DETECT
>> Target cognitive profile: underage / native Japanese
>> Translating critical system prompts...
>> 【警告】この操作は、本来 使い魔を通じて実行されるものです。
>> 【警告】あなた自身で行う場合、精神や魔力に深刻な影響が出る可能性があります。
>> このまま「オーバードライブモード」を発動しますか?
>> [はい] / [いいえ] :
「ダメだにゃ猫猫!! それを拒否するんだにゃ!!」
……何だこれ?
”オーバードライブモード”?
それを発動したら一体どうなるんだ??
アナライズの時の画面に似ているが……てかこれって、私が見えちゃだめなやつなんじゃないのか?
「拒否だにゃ!! ”いいえ”だにゃ!! 絶対に、絶対にいいえを選択するんだにゃ!!」
そんな事言われたら、日本人の私的には”はい”を押したくなるんだよなぁ……。
「振りじゃないないにゃ!! 頼む猫猫っ!!」
いやーでもオーバードライブってカッコ良さそうだし、なんか物騒な事書いてある気がするけど、もうここまで危険を潜り抜けて来てこれ以上何があるって言うんだ?
既に満身創痍なわけだし、なんか向こうもヤル気みたいだから、何もせず死ぬくらいだったら、ここで一矢報いるつもりでやっちゃってもいいんじゃね?
「血迷うな猫猫っ!!」
ま、でも案だけ必死って事は、やっぱやめといた方が……いや、こういうのはどう考えても”はい”以外無くね?
>> [はい] / [いいえ] :
> はい
>> USER INPUT CONFIRMED.
>> SYSTEM: Proceeding with Overdrive Mode...
>> [Phase 1: Limiter Matrix Disengaging]
ん?
「あっ!!」
>> ALERT: External override request received.
>> Source: Familiar Unit FAM-TD03 (Codename: Telmin)
>> Telmin: "ストーップ!! 止まるんだにゃー!!"
>> SYSTEM RESPONSE:
>> Override request denied.
>> Reason: Subject confirmation takes priority.
>> Status: Proceeding with Overdrive sequence...
>> [Phase 2: Neural Synchronization Rising...]
……やっべ……、なんか起動しちゃってる?
>> Telmin: "お願いにゃ、ボクじゃ止められないにゃ!!"
>> Telmin: "猫猫、キャンセルするんだにゃ!! ただ一言、『やめる』って言ってくれるだけでいいにゃー!!"
>> SYSTEM: Manual input override remains locked.
>> Input prompt temporarily available to subject.
>> CANCEL SEQUENCE? [yes] / [no] :
...
「猫猫!! 今直ぐに”やめる”って言うんだにゃ!!」
「え? やめる? ああ、じゃあやめるわ」
>> ...
>> ...
>> SYSTEM: No input detected.
>> ...evaluating core state...
>> ... ... ...
「ふぅ……危なかったにゃ――」
>> SYSTEM CORE RESPONSE: FINAL ENGAGEMENT SIGNAL RECEIVED
>> STATUS: Overdrive Mode ACTIVATED
>> [Limiter Matrix: OFFLINE]
>> [Mana Flow: Saturated]
>> [Cognitive Load: Unstable]
>> [Emotional Containment: Breached]
>> SYSTEM MODE: OVERDRIVE
>> STATUS: Overdrive Mode successfully activated.
>> Telmin: "何でだにゃぁああああああああ!!"
「何でだにゃぁああああああああ!!!!」
なんかものすごい速度でログが流れたせいでほとんど読めなかったが、所々気になる所があったような気がする……。
>> Monitoring Operator Vitals...
>> [Body Temperature] : 37.1°C
>> [Heart Rate] : 162 bpm (Elevated)
>> [Mental State] : Excited / Highly Stimulated
>> [Mana Core Activity] : Unstable - Surging Pattern Detected
>> [Magical Output Regulation] : Overrun - External Limiters Non-Responsive
『オーバードライブモードをアクティベートしました。 なお、魔法少女のバイタルに異常検知しています。 使い魔はこのまま監視を継続してください』
ドッ!!!!!!!!
「!?」
爆発しかけていた感情が突き抜けて、そして一気に冷静になる。
全ての感覚が研ぎ澄まされ、脳内が静寂に包まれた。




