黄金色の髪の乙女 1
カツンッ。
カコンッ!
カツンッ。
カコンッ!
「? あれ? 彩芽、それは何してるんだ?」
私が庭で謎の遊びをしていると、それを不審に思った父親が話しかけて来た。
「ちょっと考え事してて、気が付いたらこんな事してた」
仕事の昼休憩だと思われる繋ぎ姿の父親に私がそう言うと、父親はちょっとの間、私のそれを眺めていた。
「彩芽ちゃん? ご飯できたよ? ああ、”梗平”さんもいらしたの?」
母がそう言って私を呼びに来て、ついでに父も昼ご飯に呼ばれる。
それに私は返事を返すと、父と一緒に手を洗いに洗面所へ向かう。
「しかし彩芽は本当に器用だな、あんな細い棒で小石を打って当てちゃうんだから」
私がさっきやっていたのは、その辺に転がっていた木の棒で小石を打って、十メートル先の一斗缶に当てると言う物だった。
「なんか、ああいう意味のない行動を無心でやってると、集中できるんだよね」
私のこうした奇行は家では既に有名な事であり、それが原因で精神病を疑われてしまう事は無い。
私が食堂に着くと、既にテーブルには料理が並べられていた。
見たところ、焼き魚と味噌汁、そして酢の物のようなものが用意してあった。
私は家族三人でそれを静々と食べていると、母が思い出したように「ああ」と声を出した。
「そう言えば、学校からまた連絡が入ってて、明日は普通に登校して下さいだって」
「何があったか分かったの?」
「防犯システムの誤作動だって書いてあった。問題が無い事が確認できたって」
防犯システムの誤作動程度なら、すぐにそれが分かりそうなものだが、やはり魔導師協会とか言うのが学校に何かしらかのアクションをした可能性が高いだろう。
であれば私の方にもそれを連絡してくれてもいいものだが、今の所、向こうからの知らせは一切入っていない。
しかし、これが本当に魔法協会の仕業だとすると、どのような手段を使ったのかにもよるが、私一人のためにここまで大掛かりな事をすることに、えも言われぬ恐怖を感じる。
「午後からは彩芽ちゃんはどういった予定?」
「あーうん……曲作ろうかなって思ってる」
本当は何も決めていないのだが、私は母にとりあえずそう言っておく。
「いい曲は書けそうなのか?」
「うーん、ちょっと苦戦中?」
父にも、曖昧な感じの返事をする。
今の私は、色々考えることが多すぎて、自分で分かるくらい人との会話が上の空になっている。
「最近、ちょっと体調崩しがちだろ? 何かあったら隠さずに言うんだぞ?」
「大丈夫だよ。あの時のあれはシンプルに胃腸がおかしかっただけで、今は嘘のように元気だから」
そうは言ってみるが、あそこまで露骨に体調を崩している私は衝撃的だったらしく、あの後からずっと家族全員の態度に違和感を感じる。
多分、私に働かせている事に対して両親も色々と思う事があるだろうし、あれが引き金となって私を過剰に心配しているのだろうと思う。
「あ、そうだ。お父さん? パチンコ玉くらいの大きさの鉄球って余ってない?」
「パチンコ玉? あーっと……ベアリングの鉄球でそれくらいのサイズがあるけど?」
「それの不良品とか使ってないやつ無い? 全然、奇麗なやつじゃなくてもいいから、少し分けてくれない?」
「それは構わないが、もしかして小石じゃ物足りなかった?」
「いや、ちょっと音楽で使うんだよ。今直ぐじゃなくて大丈夫」
「分かった。じゃあ仕事終わった後、適当に持ってるくるから」
プルルルルルルルル。
「あらあら。誰かしら?」
今日び、絶滅の危機に瀕しているという家電話の呼び出し音が響く。
「はい、己斐です。……はい、そうです」
元から高い声の母が、更にトーンを上げて電話を取る。
「はい……はいはい……え? あ、こちらこそご無沙汰しております!」
「……誰だろう?」
「さあ……?」
何やら母の反応を見るに、普通の電話では無いような雰囲気がある。
「……え、ええ……そ、それはちょっと……」
母はそう言って、ちらりと父親の方を見る。
「……旦那に変わりますので、しょ、少々お待ちいただいてよろしいですか?」
少し慌てた様子で、母が電話の保留ボタンを押す。
「梗平さん? あの……恐羅漢組の方からお電話なんですが……」
それを聞いて、空気がピリッと張りつめる。
恐羅漢組はこの県で創業した建設会社の中では最大手であり、現在は首都圏に本社を移してはいるが、今でも県内でトップの施工実績を誇るゼネコンである。
ウチの家業は木材と金属の加工であり、恐羅漢組とはウチが創業して以来の付き合いで、切っても切り離せない様な関係であるらしい。
しかし、とある事件から完全に弱みを握られており、現在は温情(笑)と言う形で、ウチは恐羅漢組にギリギリ生かされているような状態なのである。
「何で事務所じゃなくて家にかけて来たんだ?」
「何でも、中学生の女の子を預かってほしいってことらしいんだけど……」
……は?
「どう言う事だ? 意味が分からない」
「とりあえず、ちょっと電話を替わってもらえないかしら?」
父は急いで立ち上がると、母から受話器を受け取って、すぐに保留ボタンを押した」
「はいお世話になっております。代表の己斐でございます」
私は今、めちゃくちゃ嫌な予感がしている。
「どういうことかしら? 恐羅漢の親元からの電話なんて、私がここに来てから一度も無かったのに……」
そう言いながら、母は不安そうに椅子に腰を下ろした。
「……ええ……ええ。しかしそれは……ウチには年頃の息子もいますし……いや、決してそういう訳では……」
父はどうにか断る方向に持って行こうとしているが、先方の押しはかなり強そうだ。
「……ええ、はい……はい……そう言う事なら……」
チラリと、今度は父が私の方を見る。
嫌な予感が、だんだんと現実味を帯びて来る。
「ええっ!! 今日でっ、ですか!?」
思い切り唾を飛ばした父が、口元を拭いながらそう言った。
その様子を、固唾をのんで見守る私と母。
「待って下さい! 何がどうなったらそんな事になるんですか!? 家族と相談なしに、そんなっ……」
「来客の用意しておいた方がいいかしらねぇ?」
「うーん……」
母が私にそんな事を言ってくるが、ワット・キャナイ・セイである。
「分かりました……何とか用意しておきます……はい、いえ、困った時はお互い様ですから……」
最後に失礼しますと言って、父はゆっくり電話を切った。
「……という訳だから、女の子を一人、引き受けることになった。彩芽と同じ中学二年生だそうだ」
少し諦めたような父の声色に、私と母は言葉に詰まる。
「すぐにいらっしゃるの?」
「夕方六時くらいに来るそうだ」
父になぜそうなったのか聞きたかったが、口を開こうにも私の唇は接着剤で塞がれたかのようにぴったりと密着したままだった。
「じゃあそれまでに部屋の掃除と……布団はお客さん用のが確か……」
母はそう呟いた後、昼ご飯を急いで掻き込む。
父もそれに習うようにご飯を味噌汁で流し込む。
「足りない物があるなら買って来るよ」
その父の言葉を聞いて、私も意を決して口にご飯を詰め込む。
「彩芽は手伝おうとかそんな事、思わないでいいからな?」
その様子を見た私に、父が声をかける。
「……いや、むしろやる事あるなら手伝わしてほしいな。なんか、座って曲を考えてるより、今は動いてたいんだよね」
二人は私の言葉に少し懐疑的だったようだが、言っても聞かないと思ったのか、それ以上、引き留めるような事は言わなかった。
しかし私は早くも詰め込んだ昼飯が胃の中でつっかえるような不快感に苛まれていた。
このままでは、中学生にして胃潰瘍を経験することになってしまうのではないだろうか。
父は午後の仕事を部下たちに任せて買い物に行き、母は布団のシーツを洗濯機に突っ込んでいた。
私は母に頼まれた布団を干しながら、徐々に湧き上がる吐き気と戦っていた。




