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熱き決闘者1

 私達が降り立った山は、本当に何の変哲もない山の上だった。


 周囲で目立つと言えば、この携帯の物と思われる電波塔だ。


 こんな所に立てて誰が使うんだと思うが、おそらくなにか理由があるのだろう。


「怖いね?」


「暗いでゴザルな」


 完全に打ち解けたと見える向こうの新人とスイクンが言葉を交わしている。


「はいちょっと静かにしてな? この場所は特に有名な心霊スポットとかじゃないけど、使い魔の話では大きな”霊道”の真下に位置しているらしい」


 霊道と言うのは疎い私でも聞いた事がある。


 読んで字のごとく、霊の通り道となっている場所の事だろう。


「なんでも、そこからはぐれてしまった霊がこの辺に散らばっている事が多いらしくて、実際、わたしも何度かここで仕事をしたことがある」


「まー、見ての通り強い霊がウヨウヨいるってわけじゃないから、練習にはもってこいの場所だと思うよー」


 ガンコさんの言う通り、ザッと見回した限りでは強大な霊は見えないし、前のような寒気も感じない。


 油断はできないが、一先ずは問題なさそうだ。


「よし、じゃあまずは霊の”吹き溜まり”を探そう。ゆっくりわたしの後ろを付いて来てくれ」


 再び飛び上がった赤色を追って、私達はまたそれに連なって空をゆっくりと飛ぶ。


「ラベンダー、犬耳。前に来て」


 赤色に呼ばれた新人二人が、そわそわしながら前に出て行く。


「あそこ、見える?」


 赤色が指す先に、五体ぐらいの不定形の霊がふよふよと漂っていた。


 あれがその霊の吹き溜まりと言う奴だろうか。


「はい……見えます」


「は、はい……」


「じゃあ、最初はどうするんだっけ?」


 赤色が、二人に問いかける。


「……ええと、”スキャン”? ……でしたっけ?」


 そう言うラベンダーに、赤色がニヤリと笑う。


「おしいなぁ……その前に何かあっただろう?」


 赤色はそう口にして、犬耳の方を向く。


「……しゅ、周囲の警戒……ですか?」


「犬耳、正解。まず最初は、目標以外に危険な霊がいないかを目視と感覚で警戒する、その後、必要に応じてスキャンをするんだ」


 それを聞いていたラベンダーが、自分の間違いを指摘されたと感じたのかシュンとしていた。


「まあ、まだ実戦は二回目だからねー。 これから嫌と言うほどやらんとだから、すぐに慣れるよ」


 そんな感じて、ガンコさんは彼女へのフォローも忘れていない。


「じゃあ、ほんとはあの程度の霊だったらやらなくてもいいんだけど、試しにスキャンをしてみようか。ラベンダー?」


「わ、分かりましたっ」


「あ、そうだ、二人ともその前に武器を構えないといけないわ」


「最初にやる事、間違ってんじゃないすかー? 先輩も新人からやり直しますぅ?」


 赤色が苦笑して、スイクンが私の隣で小さく笑った。


 シャキーン!


 手を掲げた新人二人の手に、それぞれの武器が握られる。


 ピンクの犬耳は大きなハサミのような物を、そして紫のラベンダーはナイフ……いや、万能包丁と思われる物を握っている。


 まさか、紫系の武器はネタ枠なのか?


「じゃあ、気を取り直して”スキャン”をしてみよう」


「はいっ……『”スキャン”』」


 ピキーン!


 ラベンダーの前方にスキャンが放たれる。


 このスキャンの時に頭がキーンとなる感覚が、私は少し苦手だ。


「……どう?」


「えっと……幽霊の数が五体。それぞれ、レベル5・3・3・3・2です」


「おーけー。教えた通り、レベルが高い順から言えてるね」


 なるほど、そういうルールが有るのか。


 てか、この感じだとスキャンのレベル制限を切って置いた方がいいだろう。


 多分この後、私もこれをやらされるだろうしな。


「じゃあ次はどうするんだっけ?」


「前衛が……ボコります」


 赤色の問いかけに、犬耳が端的に答える。


「そうだね、あのタイプの霊はスキャンをしてすぐに散っちゃう事は稀だけど、出来るだけ早く処理した方がいいよ。じゃ、やってみ?」


「……はいっ」


 緊張した面持ちの犬耳が、幽霊の元へと飛んで行く。


「……”エンチャント”忘れてるよー」


「あっ! え、”エンチャント・ウェポン”!」


 慌てて犬耳が武器に”エンチャント”を施す。


「それ、忘れやすいから注意ね?」


「す……すみません……」


「気にしないで。それより早くやんないと逃げちゃうかもだよ?」


「あっ……す、すみません……」


 連続で謝罪を口にした犬耳が、ようやく霊の元に辿り着く。


「……ふぅ……出来る出来る……」


 犬耳が何かを自分に言い聞かすと、意を決して両手で大きなハサミを広げる。


「えいっ!」


 ジョキンッ!


 ハサミに挟まれた霊が真っ二つになり、霧になって散って行く。


「えいっ! えいっ!」


 ジョキンッ! ジョキンッ!


 一体一体を切って行くごとに、声を出す犬耳。


 その小柄な体で不器用にハサミを操る姿に、私はキュンとする。


「なんか……微笑ましいでゴザルな……」


 私の隣でポツリと呟くスイクン。


 どうやらスイクンも私と似た感性を持っているようだ。


「アレを見てほほえましいとおもうのか。やっぱりあなた達はちょっとスレてるっぽいね」


 しかし、赤色先輩の感想は少し違うようである。


「あの、私達の事を、本部からは何と聞いてるんですか?」


 大事な事を聞き忘れている事を思い出し、私は赤色にそう質問してみる。


「しょっぱなからかなり悲惨な目に会ったって聞いてるよ? かなり有望だけど、まともに最初の教育を受けれて無いから、手本を見せてやって欲しい的な?」


「ショックを受けてると思うからそのケアもしてほしいって感じだったけど、あんまりそんな感じしないねー?」


「おいガンコさん……それ、本人達に言ったらだめでしょ……」


 なるほど、やっぱり詳細は伏せられてるのか。


「もしよければ、何があったか聞いてもいい?」


 赤色が逆に、私に質問をして来るが、ここはどう言えばいいだろうか。


「私達はこの前に、初回の研修を入れると二回ほど仕事をしたんですが、その二回とも強い霊に襲われたんですよ」


「へぇー、一回だけじゃないんだ?」


「はい、その二回ともなんとか脱出出来ましたが、なかなか大変な目に会いましたね」


 嘘は言いたくなかったのでかなりボカして伝えたが、細かく聞かれたらちょっとマズいかもしれない。


「怪我とかはしなかった?」


「あっ……えっと」


 私は無意識でチラリとスイクンの方に目をやってしまう。


 するとスイクンも苦い顔をしてこちらを見て来た。


「いや、言いたくなかったら言わんでもいいよ?」


 それを見て察した赤色が、少し慌てた感じでそう口にした。


「大丈夫ですよ。こうして生きてますし」


 私はそう言ってニコリと微笑む。


 しかし、彼女達との間に、また微妙な空気が流れる。


 また気を使わせてしまった……。


 私はただ、これを言ったら先輩二人の方がショックを受けるのではないかと思ったわけなのだが……。


「お、終わりましたアカイロ先輩……」


 幽霊を倒し終えてフヨフヨとこちらに戻って来る犬耳。


「いいね、上出来上出来。これが幽霊退治の基本だから覚えておいて?」


「たまに強いのもいるけど、大体こんな地味ーな感じが続く感じねー」


 前回と前々回の先輩達を見て来て、恐らくそうなんだろうなとは思っていた。


 彼女達を見ても、私達が遭遇したような強大な霊を警戒している様子は全くと言っていいほど無い。


「実際、お二人は最高で何レベルくらいの霊を相手にした事があるんですか?」


「んえっと……確か25レベルが最高だよね?」


「去年のヤツが先輩の最高記録ならそうですねー」


 一周と言うのが一年間の事だと考えると、二年やってそれであれば、やっぱり私達が遭遇した幽霊は異例中の異例だったのだろう。


 どんだけ不運なんだよと言う一方、あの魔法少女課の大人や、使い魔の言っていた事も気がかりだ。


 もしかしたら、これから先、あれほどとは言わないが、他の魔法少女達も強い霊に遭遇する機会が増えて来るのかもしれない。


「じゃあ次、ラベンダーもやるよ?」


「は、はい……」


 赤色が二か所目の吹き溜まりを探し出すと、今度はラベンダーが幽霊へと近づいて行く。


「うぅ……ひぃ……」


「ラベンダー大丈夫。昨日は出来たじゃんか。落ち着いて?」


 武器射程が短いからなのか、それに包丁を振るう事を躊躇しているようだった。


 これが普通の反応だよなぁと思う所で、私は少し気になった事があった。


「これって、浄化した霊はどうなるんですか?」


 私は赤色に、それとなくその疑問を尋ねてみる。


「なんか、ちゃんと成仏するようになってるみたいだよ? だから、気兼ねなく武器を振るえってさ」


 今まで必死過ぎて考えてこなかったが、私が倒した霊も元々人間だったものだろう。


 特に二日目の幽霊は、おそらく生まれる前か生まれて間もない赤子の霊だ。


 あれをただぶん殴って消滅させていただけなのだとしたら、なんか後味が悪い話だと思う。


 成仏の言うのが私の常識で考えているものなのかは分からないが、ひとまず彼女の言葉を信じるほかないだろう。


「うぅう……うぇい!」


「目をつむらないで!」


「ひぃいい……」


 魔法少女が包丁を振り回す姿はシュールだが、私の鞭もあんな風に見えているのだろうか。

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