スピード・クイーン1
「あれはマズいよな?」
「まあマズいにゃ」
私の説得も空しく、ツインテは行ってしまった。
何かギャアギャア言いながらトンネルに入っていく彼女を、私達は静かに見送る。
「……強引にでも止めるべきか?」
「そうして欲しいと言いたいところだけど、ここから先はボクには何も言えないにゃ」
ようするに、あとはお前の判断で、その後の事は保証できんとな。
「猫猫殿。本当に全く反応は無かったんでゴザルか?」
「ああ、明らかにトンネル内から何か感じるんだが、スキャンにはからっきしだな……。スイさんは何か気づいた事は?」
「拙者はただ寒気がするだけで、後は何も……」
まあ、そうだよな。
私はチラリと後ろに引っ付いている黄色の事を見る。
……コイツも能力値自体は私と同じくらい高いんだよなぁ。
「サンさん。あなたは何か気づかなかった?」
ダメ元で彼女にも、とりあえずそれを聞いてみる。
「…………」
やはり、黄色からは何も返事は無かった。
……ここで変身を解いてみたら、もしかしたら何か分かったりするか?
「……トンネル」
!?
「……サンさん? トンネルがどうかした?」
思わぬとこから声が聞こえ、私は少し驚く。
「……トンネル。……キモイ」
「トンネルが気持ち悪いでゴザルか?」
「…………」
スイクンが話しかけると、黄色は彼女から隠れるように私の背中に回る。
それを見たスイクンが、苦笑いをして頭を掻く。
トンネルがキモイ……。
私はもう一度トンネルをじっくり観察してみる。
ツインテ先輩は既にトンネルの三分の一くらいの所まで行ってしまっていた。
「…………?」
何だ?
トンネルの入り口に、何か幕のようなものが見えた気がする。
……それに。
「……何か、トンネルが伸びてないでゴザルか?」
私も同様の違和感を、そのトンネルに感じた。
「サンさん? サンさんが思った変な所もそう言う事?」
私が尋ねると、少し間をおいて黄色が頷く。
なるほど……。
この子、意外にもただ黙っているわけでは無く、ちゃんと周囲の事を観察している。
「テルみん。この場合、何が考えられるか教えてくれ」
「霊がトンネル自体にに憑いてるんじゃないかにゃ? どちらにせよ、ここまでの霊障を起こせる時点で普通の霊ではないにゃ?」
そんな見て分かるような回答がほしかったのではないのだが、ある程度の確証が得られただけで良しとしよう。
「……どんどん伸びているように見えるでゴザル」
スイクンの言う通り、ツインでがトンネルを進む距離に合わせるようにトンネルが少しづつだが明らかに伸びている。
中の人もそろそろ違和感を覚えてもいいはずだが、今の所、その様子は無かった。
「ツインテールさん!! 何かおかしくないですか!!」
私はトンネルに向かって大声で叫ぶが、そこまで距離は無いはずなのに彼女から全く反応が無い。
「ツインテールさん!!」
意地になっている可能性があると思ったので、私は念のためもう一度声をかける。
「……聞こえてないのでゴザろうか?」
やはり、何のリアクションも無かった。
これは何かしらの力が働いているとみていいだろう。
「……今”スキャン”はマズいよな?」
「どうだろうにゃ? とりあえず霊障が起きてる時点で、ボクたちがいることは霊にバレてそうにゃ」
「私がスキルを使った事で起こる問題は何が想像できる?」
「……幽霊を刺激して、中にいる人が襲われる。とかかにゃ?」
「だからそんな見て分かるような情報を言われても……」
「言いたいことは分かるにゃ。でも、幽霊の種類が分からない以上、ボクもこれくらいの情報しか与えられないにゃ」
だったらせめて、トンネルが伸びたら何があるとかそういう事例を教えてほしかったんだがな。
「そもそも拙者たちの見ているあれは本物なのでゴザろうか?」
「幻覚を見せられている可能性か。実はトンネルの中ではなく、私達が標的になっている?」
そう考えると、途端に背筋がゾッとする。
私は周囲を注意深く観察してみるが、ただただ不気味なだけで大した情報は得られない。
黄色も特に、他に何か気づいているような様子も無かった。
「どうするでゴザル? 我々もツインテール殿を追ってみるでゴザルか?」
「おすすめしないホエー。二次災害は避けたいホエー」
「二次災害?」
まるで、もう中のツインテールは助からない様な言い方だな。
「? あ、ツインテール殿が立ち止まったでゴザル」
私が顔をトンネルに戻すと、確かに彼女はトンネルの中心辺りで立ち止まっていた。
「何か、使い魔と口論してる?」
先輩は使い魔の方を向いて何か怒鳴っているような素振りをしているが、トンネル内からの声は不自然なほど聞こえてこない。
「トンネルが伸びている事に気づいたか? あるいは何か……」
!?
私が考えていると、トンネルが一見で分かるほどの速度で急激に伸び始めた。
「……始まったにゃ」
「意味もなく意味深な言い方をしないでくれん?」
それを聞いて、私は急いでトンネルの方に駆け寄る。
「あっ! 猫猫殿っ!」
それに、後ろからスイクンと、そして黄色も着いて来る。
「…………!?」
しかし、何故かなかなかトンネルとの距離がなかなか縮まらない。
「……すでに外まで影響が出ているにゃ」
「猫猫殿!」
スイクンの声に振り返ると、彼女がトンネルの上の方を指している事に気づく。
そして、私もその指す方向を見上げる――。
!?
「はっ? デカッ!?」
トンネルの半径が、二倍くらいになっていた。
「どうなってる!?」
「分からないでゴザル!!」
もしかして、私達が小さくなってる?
……いや、そういうわけでは無く、周りを観察するとまるで魚眼レンズでも通したように景色が歪んでいた。
「空間を捻じ曲げるなんて、とんでもない霊力だホエー!」
……あまり時間は無さそうだな。
「『”ラピッド・ドライブ”』!!」
私はそれを唱えて、思いっきりトンネルと距離を詰める。
「ああっ!? 猫猫殿!!」
置いて行かれたスイクンの声がドップラー効果を伴って背後から聞こえる。
ものすごい勢いで空間が膨張しているような感覚があるが、この速度なら――。
「……よしっ! 追いついぶべあぁ!?」
私はトンネルの入り口にある透明の何かに、思い切り顔をぶつけた。
「くそっ!? 見えない壁がある!」
何も無いはずの空間に、高反発マットのような感触の何かが存在していた。
トンネルの長さも内径も既にあり得ないくらい伸びており、ツインテの姿はもはや視認できない。
「スイクン! とりあえず上からもトンネルを――」
!?
私は背後にいるはずのスイクンを振り返った瞬間、強烈な眩暈に襲われた。
「うっ!? 何だ……これ」
私は思わず膝を付くが、どうやら眩暈と感じたのは、視界全体がグニャグニャに捻じれて平衡感覚を失ったからのようだった。
「空間を膨張させる霊障の中で無理やり距離を詰めたから、多分、空間がバグったにゃ」
そんなに遠くないはずのスイクンと黄色の姿は豆粒のようで、しかも彼女達のいる地面が四十五度くらい傾いている。
……うっ!?
マズイ……直視してたらまた吐いてしまう!
私はヤケクソで自分から見て真上に飛び上がる。
視界が比較明合成写真の様に伸びていく。
それと同時に、視界がぐるぐるとめちゃくちゃに回転し始める。
もうどっちか上で下なのかも分からな――
――――!?
しかし、ある瞬間を境に一気に視界が真っ暗になった。
「うおぁあ!?」
急いで周囲を確認すると、真下には疎らな光源と森が広がっていた。
遠くには青い町明かり、どうやらあの空間を無事に抜けられたようだが……。
「すごいにゃ……キミはまさにスピードクイーンにゃ! ……猫猫? 大丈夫かにゃ?」
「……今話しかけるな……晩ごはんが出る……」
強烈な吐き気を、私は気合で押し込めていた。
「ここまで来たらゲロインで食って行くにゃ。ほら、夜空にスパゲッティーの流星を降らせるにゃ!」
後で必ず殺す。
「……待て、あの二人はどうなった?」
「猫猫殿っ!!」
そう思った瞬間、下の方から声が聞こえて、二つの人影が飛んできた。
「猫猫殿っ! 大丈夫でゴザルか?」
「……ああ、大丈夫」
私は私は口元を押さえたまま、彼女の呼びかけに答える。
「勝手に行ったら心配するでゴザルよ!」
「ああ……ゴメン」
それは本当に申し訳なく思うが、一瞬そっとしておいてほしい。
「…………」
そして、黄色も私をの事を凄い顔で思い切り睨みつけて来る。
「ゴメン、サンさん。本当に……」
ゴッ!
「うっ!?」
突然の腹パン。
喉元まで出かかったそれを、私はギリギリで飲み込んだ。
「ちょ、ゴメン……ゴメンだから今は止めて……」
そう言うと、サンさんは執拗に私の足に蹴りを入れ始める。
今、絶対私が吐きそうなのを分かっててやりやがった……。
この子、早いうちにどうにかしないと、どこかでとんでもない事をやらかしそうだな……。
とりあえずそれは置いて置いて、今はツインテを救出することが先決だ。
私はトンネルが通る山を見下ろすが、ここから見る限りトンネルは元の長さから変っていないように見える。
「……裏側に回ってみよう。もしかしたらそっちは無事かもしれない」
多分、そんな事は無いと思うが、私は念のため気分が回復するのを待たずに、トンネルの逆側へ急いだ。




