NAI・NAI 1
そうしてたどり着いた場所は、どうやら古いトンネルのようだった。
「……見るからに不気味なトンネルでゴザルね」
スイクンの言う通り、夜どころか昼でさえもあまり近づきたくない、実に趣深い見た目をしている。
「あんたたち、まさか”Kトンネル”も知らないの?」
ツインテが馬鹿にしたような顔をこちらに向けて来るが、こんな古びた小さいトンネルなんて普通に考えて知っているはずが無い。
「もしかして、ここは心霊スポットってやつでゴザルか?」
「ご名答! ここは県内でも有数な心霊スポットよ? 魔法少女をやるならそれくらい調べておきなさい!」
私はずっと霊的な物を出来るだけ排除するように生活してきたため、そりゃあ無理な話だぜツインテさんよぉ!
「しかしKトンネルって名前って事は、ここはK町か……そんな遠くまで飛んできてたなんて」
正直、そんなに高速で飛んでいる自覚は無かったのだが、空を飛ぶ速度は私が思っているよりも早いらしい。
「はぁ……今からこんなヤツらと仕事をしなきゃならないの? 先が思いやられるわ」
「精一杯、ツインテ殿の足を引っ張らないように努力するでゴザル!」
「はいはい、精々頑張って貰えるかしら?」
何か、すごく感じが悪いなぁ……。
「でも、そんなすごい心霊スポットなら、私達みたいな初心者には荷が重いんじゃないですか?」
「そうでゴザルな……まだフィルターを外していないのに、なんか霊が近くにいるような感じがするでゴザルよ……」
私達がそう口にすると、不機嫌そうだったツインテが急に誇らしげな顔になる。
「そうよ! 本当ならここは初心者なんかじゃ一瞬で取り殺されてしまうような、すごく怖い場所なの!」
彼女は腕を組みながら、そんな事を言ってくる。
「でもね、今はウチのパーティーが定期的に浄化しているから大丈夫なの! 本来なら優秀なパーティーしか来れないけど、今日はウチが特別に連れてきてあげたのよ! ありがたく思いなさい!」
急に早口でベラベラと話すツインテ。
まさか、私達がこの場所を知らないせいでリアクションが悪かったからら拗ねてたのか?
……いや、そんなまさか。
「……ユアチューバ―が来てた」
「!? なんだあなた! 知ってるんじゃないの!」
突然口を開いた黄色に、ツインテが目を輝かせながら食いついた。
「そうなのよ! ここは県内だけじゃなくて県外からもユアチューバーが来るぐらい有名な心霊スポットで、この前はあの――」
これはその、まさかのパターンだったかもしれない……。
「すごいんですね! ええと……私たちはそんな場所で何をすればいいですか?」
なんか面倒な事になりそうだったので、私はツインテが黄色に絡み始める前にそう切り出した。
「そうね、じゃあとりあえず、仕事現場についたらまずやる事は何か答えて見なさい。じゃあ猫猫!」
話の腰を折った形になったため何か言われるかと思ったが、彼女は言いたいことはちゃんと言えたようで満足そうだった。
「フィルターを外す所からですかね?」
「正解! じゃあ早速やってみなさい?」
言われた通り、私はフィルターを外してみる。
――!?
するとその瞬間、私は猛烈な寒気に襲われた。
「……つ、ツインテール殿。これは本当に大丈夫なのでゴザルか?」
スイクンもそれを感じだのか、肩をすぼめて目線をトンネルから外していた。
私の背後では、お約束の様に黄色が私の服の裾を掴む。
「はぁ……情けないわね。このくらいでビビっちゃって」
私はそっと顔を上げて周囲を用心深く見回す。
「猫猫殿。どう感じるでゴザルか?」
「……幽霊自体は多いけど、正直……見た目だけなら先週のあれとあまり変わらない気がする。でも、何か物凄い違和感を感じるな」
確かに、そこかしこに幽霊の姿が見えはするが、それはどれも低級な霊であり、その意味で言えばむしろ、前回の現場の方が危なそうに見える。
「まだ魔法少女になりたての癖に、なにいっちょ前の事言ってるのよ?」
しかし問題はそこではなく、この程度の幽霊でここまでの寒気を感じるはずが無いと思う。
ただ、ツインテの言う事もごもっともで、私にはそれを判断する経験が圧倒的に足りていない。
「気のせいで無ければ、前回のあれのような気配がするのでゴザルが……」
「……同じく」
どうやらそれを感じて居るのは私だけではないみたいだ。
「じゃあまずは、一人づつあのトンネルに入って、向こう側まで行って帰ってきなさい!」
……は?
「え、ここには幽霊を退治しに来たのでは?」
急に肝試しの様な事を言われたせいで、私は思わず、彼女に対して口答えをしてしまう。
「初心者のあなたたちに、いきなりそんな事させられるはずないでしょう? 仕事には段階と言うものがあるのよ!」
でもその理屈で言うと、先週のかがみんのあれは何だったのだろうか。
「じゃあまずは青いの! 行ってきなさい」
ツインテはトンネルを真っ直ぐ指差しながら、スイクンに顎で指示をする。
「……わ、分かったでゴザル」
スイクンは恐る恐るトンネルに目をやりながら返事をした。
「ちょっと待ってもらえますか?」
私は嫌な予感がして、彼女の機嫌を損ねることを分かりながらそこに口を挟んだ。
「……何?」
案の定、眉間に皺を寄せたツインテが、低い声でそう言ってくる。
「テルみん。どこだテルみん!」
「呼ばれて飛び出てにゃにゃにゃにゃーん!」
私が呼ぶと、何もない空間からポンとテルみんが飛び出して来る。
「私はヤバいと思うんだが、お前の意見を聞かせてくれ」
「まあ、ヤバいにゃ」
そして、しれっとそんな事を言い出す。
「お前さ、何でそう言うの早く行ってくれないの?」
「何でもかんでもボクが言ってたら成長しないにゃ? それにボクらが魔法少女の行動を制限できないのは前に行ったはずにゃ」
「それさ、聞こうと思って忘れてたんだけど、それで私達が死んだら元も子もないんじゃないのか?」
「分かっていればもちろんお知らせするにゃ。あとは例外として、禁則事項を起こしそうになった時には、強引に止める権限があるにゃ?」
「でも今、知らせなかったよな?」
「猫猫なら気付くと思ってたにゃ。そもそもボクらも魔法少女たちが得た情報以上の事はあんまり分からないにゃ」
「ちょおっとぉ! 何勝手にあんたたちだけで話してるのよ! あと、死ぬとか物騒な事言わないでくれる?」
コイツさっき、取り殺されるとか何とか私達に言ってなかったっけ?
「まあとりあえずそう言う事なので、申しわけないですがその提案には乗れません。場所が変更できるならもう少し簡単な所にしていただけませんか?」
私はダメ元で彼女にそう提案してみる。
「駄目よ。先輩の命令は絶対!」
しかし、やはり明らかにムキになった様子で、強い口調のツインテが提案を即却下する。
「実は私達、先週の研修で死人が出るのを見てるんです。ここからはその時のような気配を感じます。私達を成長させたいと言うお気持ちは有難いのですが、場所を移して頂けませんか?」
「はぁ? 死人? 嘘つくならもっとマシな嘘をついたらどう?」
「ツインテール。それは事実なんだクポ」
彼女の使い魔がそう言うのを聞いたツインテが、口を開けたまま固まる。
どうやらその事実は、他の魔法少女には共有されないようだ。
「……そんな……ありえないわ!?」
「本当です。私はベテランの魔法少女が目の前で亡くなるのを、この目で見たんです」
そう、二十一歳のベテラン魔法使いが目の前で肉塊に変わるのを見たのだ。
ツインテはそれを聞いて、私を睨みつけながら渋柿でも齧ったかのような表情をする。
「あ、あなた何様なの!? その口調もすました顔もムカつくのよ! どうせ可愛くて胸がデカいからって何を言っても許されて来たんでしょ? でも大人の世界ではそんなのは通用しないのよ!」
こういうめちゃくちゃな事を言う奴がいるから、私はこの自分の容姿が嫌いなのだ。
「何してるのよゴザル!! あなた早く行きなさいよ!」
「スイさん、断ろう? 私も先輩相手にこんな事は言いたくないけど、ツインテールさんは頭に血が上って冷静な判断が出来てない」
私は毅然とした態度で、スイクンに対してツインテの命令を断る様に伝える。
「……そ、そう言われてましても……。知世殿? これは如何すればよいのでゴザルか?」
戸惑ったスイクンが、自分の使い魔に助けを求める。
「テルみんが”危険信号”を出してるから、これを断った所でスイにペナルティーが行く可能性は低いホエ。ただ、”臨時メンバー”であるツインテールから”低評価”を付けられる可能性はあるホエ」
どうやら魔法少女同士でお互いを評価をする制度があるようで、低評価があまりに多い場合は、更生のために特別なカリキュラムを受けなければならなくなったりするらしい。
「……でしたら、申しわけないでゴザルが、拙者も断らせてもらうでゴザル……」
「はぁ!? チッ……。あなた達ぃ……!!」
この魔法少女の仕事には”強制依頼”と”任意依頼”と言う物があり、前者はどうしようもない理由が無い限りは原則断る事が出来ない。
今回は確か”強制依頼”扱いのはずだが、知世が言う事が事実なら”危険信号”と言う物を出していればその原則からは外れると言っているように聞こえる。
この辺の事も、後でテルみんに確認して置く必要があるだろう。
「うぅう……もういい!! じゃあウチが見本を見せればいいんでしょ!! それで安全だってなったら、あんたたちもやりなさいよっ!!」
こういうタイプが切れた場合、もう帰れと言うか、今みたいなことを言い出すのがお約束だ。
「お願いですツインテールさんっ! この通りですから!」
私はワンチャンを賭けてツインテに対して深々と頭を下げる。
彼女の中に少しでも冷静な気持ちが残っていれば、これで留飲を下げてくれるはずだ。
「腰抜けは黙ってなさい! さあ”モグりん”、行くわよ!!」
こうなった彼女は誰が何を言っても止まらないだろう。
「テルみん? ”スキャン”してもいいか?」
「いいんじゃないにゃ? だたそれが原因で襲われる可能性はゼロではないにゃ」
今回は私の聞きたいことが良くわかっている。
「『スキャン』」
私はトンネルの中目掛けて”スキャン”のスキルを放つ。
ピキィン!
「!? ちょっと勝手に何を!?」
なるほど、こんな感じで見えるのか……。
スキルを使うと、範囲内にいる5レベル以上の霊が全てフォーカスされる。
私の能力が高いせいか、その範囲は想像していたよりもかなり広かった。
「あなた! これが終わったらリーダーの命令違反で運営に通報するわ!」
なんかそんな制度があるのは聞いたが、テルみんが何も言わないのを見ると、それが私の致命傷にはならないだろう。
使い魔にはまだ良く分からない事はあるが、嘘は言わないという部分に関しては今の所、信頼できる。
ただ問題は、私が独断専行してまでスキャンを敢行して得た物は……。
「何も映らないな……」
残念ながら何も無かった。
「これでウチが正しいことが分かったでしょ? 分かったらあなたはそこで指を咥えて見てなさい」
その表現がこの場面で正しいのかは疑問だが、彼女の煽りのワードチョイスは、なかなか私好みの物である。
「何も映らないと言うのは、全く霊がいないと言う意味でゴザルか?」
「私が5レベル未満の霊を映さないようにスキルを設定しているから、全くいないと言う意味じゃないよ」
「実は、”スキャン”のスキルは姿を隠している相手に対してはあまり有効じゃないにゃ」
「……だからそういうのを先に教えてくれって、毎回言ってるだろ?」
「猫猫の能力ならワンチャンあるかと思ったんだにゃ。ゴメンにゃ」
またそれか……と思ったが、今回はちゃんと謝ってくれたので許そうと言う気分になった。
さて、この寒気の正体が何なのかは結局分からずじまいだが、願わくばこれが杞憂であることを願うばかりである。




