また会う日まで (魔法少女のお仕事編・完)
目を開けると、見慣れた天井が飛び込んで来た。
どうやら、私は生き延びたようだ。
しかし、視界は泥のように重く、頭はぼうっとして頭痛に似た何かが常に居座っている。
もう一度寝ようと目をつむる。
しばらくすると、激しい耳鳴りと同時に体が硬直した。
金縛りである。
「でぁぁうはぁ…………」
変な声を出しながら何とか目を開けるが、視界がぼやけて焦点が定まらず、これが夢の中なのか現実なのか分からない。
「う……うぅうん……」
「大丈夫にゃ? アヤメ」
その声が聞こえて、おでこにペタッとした何かが押されたような感覚。
「……テルミン」
ようやく、完全に意識が覚醒した。
「私、ちゃんと生きてる?」
「生きてるにゃ」
生きてる。
……いや。
「これは、夢の中じゃないのか?」
「違うにゃ」
「信じられない」
「別に信じなくてもいいにゃ」
「その言い方は冷たくないか?」
「冷たいにゃ」
「お前、そんなんだったっけ?」
「おねしょして冷たくないかにゃ?」
「はぁあっ!?」
私は飛び起きて、急いで自分の股間を確認する。
「うはぁあ!? えっ……んえぇ?」
なんか濡れてる気もするが……いや、濡れてない!!
「漏らしてねぇじゃねぇかっ!!」
「尿に始まり、尿には終わらなかったにゃ」
「うるせー!!」
思い返せば、コイツと初めて会った時の出来事が、遠い昔の事だったように思う。
あの時もっと冷静に物事を判断できなかったのかと、あの時の自分を問い詰めたい。
しかし、それは今の記憶があるからで、当時に戻ったとしても、私は恐らく好奇心に負けて全く同じ選択をする事になるだろう。
そしてこれから先も同じような事が続くのかと思うと、またドッと疲れが湧いて来る。
「うはぁ……寝汗やっば……」
それこそおねしょと見紛うような、パジャマが肌に張り付いて、なかなかの不快感だ。
「本当に、大丈夫なんだよな? 私」
「魔力切れで倦怠感があると思うにゃけど、休んでれば時期に回復するにゃ」
「そうか……って! 学校っ!!」
「今日は日曜日にゃ」
「……そうだった」
昨日のお泊りから、まだ一夜を明かしただけなのか。
それこそ、もう数日が経ったような、そんな濃密な時間だった。
「ほかの皆は?」
「それはちょっと分からんにゃ」
「あの後、何があった?」
「時空統制機構の応援が来て、その後は僕もスリープモードにされたから、それ以降の記憶は無いにゃ」
「時空統制機構って、ローレルの方だったっけ? あっ! ローレルってどうなったんだ!?」
「それも、分からないにゃ。 でも、彼女はアヤメに魔力を分け与えてから、すぐ動かなくなったにゃ」
それって、死んだんじゃないだろうな?
だが、あの時ローレルは、自分は化身だから大丈夫とか言っていたような気がする。
とか考えていたら、最後のアレを思い出してしまった。
「……ちゃんとゲロの味がしたな」
「汚ねぇ神様にゃ」
本当に、アニメの魔法少女とは似ても似つかないような。
それこそ、塹壕の汚泥と血にまみれたような、戦争映画の方が近いのではないかとさえ思う。
「でも良かったにゃ。本物の神様の胃液は濃塩酸クラスだって話だから、あれが本体だったらアヤメは大変な事になってたにゃ」
「要らない知識だな! そもそも、あれが本物の神様だったら、あんな事にはなって無かっただろ?」
しかし、あれが得体の知れない存在なのは確かだが、未だに私には、あのふざけた女が神様だとは全く思えない。
そして、兄がその得体の知れない物の関係者だったのもショックだった。
「ああっ!! そうだっ! お兄ちゃんは!?」
不覚にも、親愛なるお兄ちゃんよりも先に、ローレルの事が頭を過ってしまった私に嫌悪感を覚える。
「だから、それも分からないにゃ。でも、最後は普通にしてたから、大丈夫じゃないかにゃ?」
そして、記憶がよみがえってくる。
あ……あぁああああああああ!!!!」
「わあぁあああああああああああああああ!!!!」
見られたっ!!
というか、見ちゃった!!
色々と!!
色々とぉおおおおおお!!!!
「んぁああああああああぁああああああ!!!!」
——ドタドタドタドタッ!!
「ちょっと彩芽!? 大丈夫!?」
扉の向こうから、母親の声が聞こえて来た。
「あっ! ああ……だ、大丈夫!!」
「どうしたの彩芽!?」
「い、いや、ちょっとあの……変な夢見ちゃって……」
「大丈夫なの? ……ならいいけど」
「あ……うん。大丈夫!」
「そろそろご飯だから、降りて来なさい」
母はそれを言うと、ゆっくりと階段を下りて行く。
咄嗟にベタな言い訳をしてしまったが、異次元に迷い込む前にこっちでも事件があったことを考えると、悪夢くらいみても不思議では無いだろう。
時計を見ると、今は朝の九時のようだ。
日曜日は大抵、みんなゆっくりするので、このくらいの時間に朝食を取る。
しかし、今の私に食欲など全くない。
「一生もんのトラウマだろ……あれ」
「あれ? 何の事を言ってるにゃ?」
あの事は、ローレルが絶世の美女だったのが、唯一の救いだろう。
てか、その前にあいつには、思いっきりファーストキスを奪われてしまった。
そして、それに対してはあまり悪い気がしていない私にもモヤっとする。
「ローレル……かぁ……」
口に出して、私はずっとローレルの事を考えている事に気づいた。
何故か、彼女の顔が脳裏から離れないのだ。
リミナルスペースに似つかわしい、ある種で魔王よりも異質な女。
吐瀉物に塗れた姿でさえ、絵になる存在。
「違う違うっ! ……お兄ちゃん……お兄ちゃん」
本来の予定であれば、お兄ちゃんが帰るのは今日であるはずだ。
だったら、今降りて行けばお兄ちゃんの無事が確認出来るのではないか。
しかし、どうやって兄と顔を合わせればいいのだろう。
おそらく、お兄ちゃんは何事もなかったように私に向かって「おはよう」と言ってくれる。
そこに妹の凛と、母親。
父と弟はまだ寝ているかもしれない。
そして、ローレルは……。
待て、ローレルはどういう扱いになっている?
ローレルもまだ、ウチに居候している”設定”になっているはず。
「テルミ……」
テルミンにその事を聞こうとして、すぐに口をつむる。
何でもかんでも、テルミンに聞いてしまうのが癖になっている。
それに、先ほどローレルの事は分からないと言われたばかりでは無いか。
しかも、またローレルの事を、私は考えてしまっているのか。
一階に降りて確かめたい気はする。
しかし、あまりそれを知りたくもない気もする。
「彩芽―! 出来たわよー!」
下から、母が私を呼ぶ声が聞こえる。
……悩んでる時間は無さそうだ。
「ふぅ……んっ!!」
私は意を決して、起き上がると、ぐっと背伸びをする。
倦怠感はあるが、目立った体の痛みは無い。
汗で濡れた背中が、ひんやりとした。
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「おはよう」
「おはよう」
私が挨拶すると、母から挨拶が返って来る。
「おはよー!」
妹の凛からも、挨拶が返って来る。
菖太と父。
そして、兄の姿も、ローレルも見当たらなかった。
私がその事を尋ねようとした時。
「お兄ちゃんとローレルさんは、夜の遅い時間に用事で帰ったよ」
「えっ!?」
母が、聞くよりも早くそれを私に伝えて来た。
「ゴメンだけど、彩芽を起こす暇もなくて……。一応挨拶だけでもって言ったんだけど」
聞きたいことを、どんどん伝えて来る母親。
「ああ……うん。そうなんだ……」
私はそう返すほか無く、ガッカリした気持ちを取り繕う事も出来なかった。
「えぇ!? おにいちゃんいないのぉ!?」
そして、代わりに大きな声で反応したのは、妹の凛だ。
「なんでぇ~~!!」
「お仕事があるんだって」
癇癪を起す前段階の凛。
私も、泣きわめければ楽なんだろうなと思ったが、そもそもそんな元気は今は無かった。
「彩芽。菖太を起こして来てくれる?」
「あ、うん。……お父さんは?」
「二人を送って行って、ついでに用事を済ませて来るって」
つまり、まだ帰って来てないって事か。
しかし、深夜に用事?
三人が出て行った正確な時間は分からないが、おそらく丑三つ時から早朝に至るまでの時間だろう。
そんな時間に昨夜の事で警察に呼ばれるとも思えないし、用事とは、どんな用事なのだろうか。
考えても仕方がないので、弟を呼びに彼の部屋まで歩く。
その短い道中、兄が魔法少女の関係者だったことが頭を過る。
まさか、父や母もこの事を知って……。
『ピロンッ』
そんな時、電子音のような物が頭を過る。
これは、魔法少女のスマホが、何かのメッセージを受信した時の音だ。
私は周りを確認し、素早くスマホを出現させて中を確認する。
『サン:大会の練習しよ』
……何を言っているんだこのガキ。
それは、黄色からのメッセージだった。
あんなことがあって、まだ数時間しか経っていないはずなのに、また何を考えてこんなメッセージを送って来たのか。
『スイ:いいでゴザルね! 今夜でゴザルか?』
お前もかよっ!!
『サン:今』
今!?」
『スイ:それは流石に無理でゴザル(汗)』
そりゃそうだ。
『サン:今』
てか、全員魔力空っぽだし場所もないのに、どうやって練習すると言うのだろうか。
『サン:今』
『サン:今』
『サン:今』
『サン:今』
『サン:今』
はぁ……また始まったよ。
私はスマホを閉じて、目の前の、弟の部屋の扉に目を向ける。
頭の中で断続的に鳴り響く着信音を無視して、私はその扉をノックした。
これにて、第七幕および第一部が完結となります。
現在、この作品を書き直すか書き直さないか悩んでいる状況ですが、この第七幕を持ちまして区切りとし、一旦、完結扱いにさせて頂きます。
(これに至る詳細は活動報告をご確認ください)
この後は、魔法少女新人戦編(仮)を予定としておりますが、このまま継続するにしろ書き直すにしろ、大幅な設定の見直しを行いますので、またしばらくの時間をいただきたいと思います。
何度もお待たせして申し訳ありませんが、悪しからずご了承くださいませ。
そして、ここまで長い間お付き合いいただいた読者の皆さんに、お礼を申し上げて締めとさせて頂きます。
本当に、ありがとうございます。
倉井典太




