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百日草の同期  作者: 兎束作哉
第3章 青春の同期
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case10 心配してくれるから



「……るちゃん、春ちゃん」

「……んん」



 名前を呼ばれたような気がして、ゆっくりと目を開ければ、俺の顔をのぞき込み、少し青ざめたような表情の神津がいた。ぼんやりと膜が張っていたような視界がクリアになっていく頃には、頭の中もスッキリとして、先ほどサウナでのぼせたことを思い出した。



「神津……ッ!」

「つう~~!」



 ゴツン。


 勢いよく身体を起こしたせいで、神津の額と自分の額が酷い音を立てその瞬間頭に激痛が走った。

 あまりの痛みに俺は頭を押さえて悶絶していると、神津は涙目になりながらもクスクスと笑った。



「その様子なら大丈夫そうだね」

「お、おう……」



 額を赤くしながら言われてもという感じだったが、神津も怒っていないようだしいいかと流し、俺は改めて彼の膝の上から身体を起こした。神津は名残惜しそうに、俺が離れていくのを見ていたが、とくに何かを言うわけでもなく「よかった」とだけ呟いて俺を見つめていた。

 しかし、全く恥ずかしいもので高嶺との勝負に負けたくないがあまり、限界までサウナにいたせいで気を失って神津に倒れかかるとか23になったと言うのにどうしようもないと、自分でも思う。

 そんなことを思いながら辺りを見渡してみれば、そこは脱衣所で、神津によって着せられたのか服も元通りになっていた。髪の毛は若干濡れているような気がしたが、さすがに気を失った人間の髪を乾かすなど普通は考えられないだろう。だが、よく救急車や医務室に運ばれなかったものだと思う。



「みお君がね、寝かせておけば治る!とかいったから。僕は、すぐに救急車呼ぼうとしたんだけどね。そら君もダウンしてたし、2人揃って救急車とかいやかなあって思って」

「それで、俺が死んだらどうするんだよ」



 意地悪に聞けば、神津は困ったような表情を浮べた。

 さすがに言い過ぎたかと、訂正しようとすれば「後追いする」と真面目に言ってきたため、思わず神津の胸倉を掴んでしまった。



「冗談でもそういうこと言うな」

「分かってるって、でも、冗談じゃないよ」



 神津はフッと笑うと、俺の手首をそっと掴んで下ろさせた。



「春ちゃんがいない世界なんて耐えられないよ。だから、春ちゃん、僕が後追いして欲しくなかったら死なないで」



 懇願するように言う神津を見て言葉が出てこなかった。



「……勝手に殺すな。俺はそんなに柔じゃない」



 ようやく絞り出した声は掠れていて、震えてもいた。

 神津は俺の言葉を聞くと嬉しそうな笑顔を浮かべたが、その笑顔はどこか寂しげで、まるでもうすぐ死ぬんじゃないかと言わんばかりの表情だった。

 俺は、それが怖くて仕方がなかった。



(俺よりも、お前の方が死んじまいそうじゃねえか)



 そんな不安を抱えつつ、俺は神津の頬に手を伸ばして触れた。

 神津はその手を握りしめると、自分の頬に当ててすり寄ってくる。

 俺の手の感触を確かめるように、そして存在を確認するかのように何度も撫でてきた。それはくすぐったいものだったが、心地の良い感覚でもあった。

 この手がなくなる日が来るかもしれない。

 そう思っただけで、胸が締め付けられる。

 そんな恐怖心を抱きつつ、神津を見れば彼は穏やかな微笑みを浮かべていた。その瞳は優しく、愛おしそうに俺を見つめてくるものだから、俺は、安心感を抱き目を伏せる。



(考えすぎだ……そんなことあるわけねえのに)



 絶対と言い切れないのが悔しいところだが、神津はもう俺の前からいなくならないだろうと考えている。

 けれど、嫌な胸騒ぎはするし、夢に出てきそうだった。考えない方がいいと思っても、もしもの可能性を考えては沈んでしまう。



「そういや、高嶺達は?」

「うーん、そら君の方が早く目覚めたからアイス買いにいってくるって2人で行っちゃったよ」

「そうか」



 彼奴らの仲の良さは本当に見習いたい。颯佐も良く体調が戻ったなと驚きつつ、まあ、いつものことだと俺は苦笑いした。

 彼奴ららしい。



「僕達もいく?」

「お?おう、そうだな」

「あ、えっと……体調の方はもう大丈夫?」

「お前、順番逆だろ。大丈夫だ。つか、喉渇いたし、何かのみにいこうぜ。さすがに、アイスは食える気がしない」



 神津は嬉しそうに笑うと、立ち上がって俺の腕を引いてくる。

 それにつられるようにして立ち上がりながら、「待ってくれ」と言って神津を呼び止めた。



「どうしたの?」



 不思議そうに首を傾げる神津に、俺は手を差し出す。

 すると、神津は意味を理解したのか照れた様子で笑っていた。

 そして、差し出された手に指を絡めて握れば、俺より少しだけ大きな手で包まれる。



「素直だね、春ちゃん」

「ちげえし、まだ足下がフラつからだ」

「そういうことにしておくね」



と、神津はそれ以上突っ込まなかった。


 ただ凄く嬉しそうで、その顔を見ていると恥ずかしくなったため俺は無意識に顔を逸らした。悪くねえなと思っている自分がいたのは確かで、神津の笑顔をそう締めしている優越感にも浸っていた。

 勿論、足下がふらつくなど言い訳だ。だが、そうでもしないと神津と手を繋ぐ理由がなかった。



(少しでも、歩み寄らなきゃ……いけねえよな)



 取り敢えず、10年が埋まらずとも倦怠期は抜けたいと切実に思う。



「そうだ、春ちゃん何飲む?矢っ張り、お風呂上がりは牛乳?」

「腹痛くなるからのまねえ、フルーツ牛乳がいい」

「それも結局牛乳じゃん」



 そう神津は笑って、俺の手を引いて歩き出した。

 まだ、完全に乾いていない髪が寒くて仕方ないのに、繋がれている手は温かくて俺はその温もりに全てを委ねていた。



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