after 38
リリーはギルフォードの後を追いながら、広大な庭を歩いていた。
一歳半になったギルフォードは、とにかく歩き回るのが大好きで、毎日のお散歩を欠かさなかった。
大人が付き添っているのは、最近、木登りに興味を示し始めたからだ。
けれど、今日は木には目もくれず、自分の影を追うことに夢中になっている。
てくてく歩いては立ち止まり、影へ小さな手を伸ばす。
その姿が何とも可愛らしい。
「ギルフォード様は本当に好奇心旺盛ですね」
リリーと一緒にギルフォードの後ろを歩いてくれているシルビアは、感心したように言った。
「私がギルフォード様の歳の頃は、お部屋でのんびり過ごしていたように思います」
「私もそうだったわ」
「じゃあ、男の子だから活発なんでしょうか」
「うーん、どうかしら?」
見た目こそリリーに似ているギルフォードだが、言動も興味の向く先も、リリーとはまるで違っていた。
弟のピーターも、外で遊ぶより室内で過ごすのが好きな子どもだった。
そう考えると、活発さは性別よりも、それぞれ持って生まれた資質によるものなのかもしれない。
「あの子の性格なんでしょうね」
リリーもダレンも、ギルフォードがどんな子に育とうと、そのままの彼を愛している。
のびのびと健やかに育ってくれたら、それで十分だった。
「それに、ギルがあんなに元気いっぱいに身体を動かせるのは、あなたのお洋服のおかげよ。本当にありがとう」
今、ギルフォードが着ているものは全て、シルビアがデザインから仕立ててくれたものだ。
白いシャツにダークグレーのウエストコートを合わせ、脚に沿った細身のトラウザーを穿いている。
その姿は、贔屓目を抜きにしてもよく似合っていた。
ーー普通、この年齢の子は男女問わず、幼児用ドレスを着るのが常だけれど、どうしてもギルが嫌がったのよね。でも、こっちの方が私は好きだわ。
まるで、小さな紳士といった装いのギルフォードを、リリーは微笑ましく見つめた。
「ブランドを立ち上げたらどうかしら」
「子ども服のブランドですか?」
「ええ。あなたのデザインなら、きっと人気が出ると思うわ」
「考えてもみませんでした。でも、良い案だと思います。彼に……パトロンに相談してみます」
シルビアの才能には、目を見張るものがあった。
きっと成功するだろうと、リリーは確信して頷いた。
その時、リリー達と同じく、ギルフォードについて歩いていたレイチェルが、急に立ち止まった彼に声をかけた。
「ギルフォード様、どうかなさいましたか?」
「もしかすると、眠たいのかもしれないわね。ギル、一度、お部屋に入る?」
ギルフォードの様子から眠気を察したリリーが尋ねると、彼はこくりと頷いた。
リリーは優しくギルフォードの頭を撫でると「レイチェルと一緒に行っておいで」と促した。
ギルフォードは素直にレイチェルと手を繋いで屋敷の方へと歩いていった。
それをシルビアと二人見送った後、リリーはシルビアに「私達も中に入りましょう」と言った。
客間へ入るなり、シルビアは「ふう」と小さく息をついた。
「ギルフォードのお散歩に付き合わせてごめんなさいね。疲れたでしょう?」
リリーが自ら紅茶を淹れて手渡すと、シルビアは小さく首を横に振った。
「いえ、違うんです。少し、緊張していて」
「緊張?」
「はい、実はご報告したいことがあって」
シルビアの表情的に悪い知らせではないようだが何だろうと、リリーが促すと、シルビアは頬を赤く染めて言った。
「私、先日、婚約いたしました」
「まあ!なんて素敵な報告かしら。シルビア、本当におめでとう!」
リリーが思わずシルビアの手を取ると、シルビアは照れたように「ありがとうございます」と言った。
「あなたのような素敵な女性と婚約できたなんて、その殿方は幸運ね。どなたか伺っても?」
「はい、レディー・リリーも会ったことがある方かと。相手はウォーターフォード伯爵なんです」
サイラスのことではない。
彼の死後、爵位を継いだ現ウォーターフォード伯爵のことだ。
サイラスの遠縁にあたる彼とは、遺産の件で顔を合わせたことがある。
生真面目で誠実そうな青年だった。
シルビアの相手として申し分ないだろう。
しかし、気になるのは、二人にどんな接点があって婚約に至ったのかということだった。
「彼は、私のパトロンなんです。ブランドを立ち上げる際は、随分と援助していただきました」
シルビアは"S"の名で活躍するデザイナーだ。
それを金銭面で手助けしていたのが、現ウォーターフォード伯爵だったということらしい。
つまり、二人は仕事を通して絆を育んできたのだろう。
仕事上の付き合いだった二人が、どうして婚約するまでに愛を育んだのか、その経緯をあえて尋ねることはしなかった。
それは二人だけの、大切な思い出だからだ。
ーーパトロンがいるのは知っていたけれど、それがウォーターフォード伯爵だったなんて……。
そういえば以前、サイラスが融資の話を持ち出した際、投資を生業としている知人を紹介すると言っていた。
あの時の知人が、現ウォーターフォード伯爵だったのだろう。
サイラスが繋いだ縁が、こうして二人の結婚へと結びついたのだ。
もし、サイラスがここにいたなら、さぞ喜んだことだろう。
リリーはサイラスの代わりに、もう一度シルビアに「婚約おめでとう」と言った。
シルビアは幸せそうに微笑んだ。
それは恋をしている人だけが浮かべる、柔らかな笑みだった。




