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21/21

after 21

舞踏会以降、女王はリリーを見るなり、過去の噂について尋ねてくるようになった。

答えづらいものもあったが、リリーに非はなく、そのほとんどがガセ情報だったこともあり、リリーはただ誠実に受け答えさえすれば良かった。

女官長には再三に渡って謝られたが、女王も高貴な生まれの人間らしく、節度を守っての問いかけだったので、度を越したような追及はなかった。

どうして女王がリリーの過去を知りたいのか、その理由に何となく心当たりがあったこともあり、リリーとしてはある程度、寛容でいられた。

とはいえ、四六時中、質問攻めに合うのは、気疲れするものだ。

女王が執務中なのをいいことに、リリーは少しだけ休憩をもらい、宮廷自慢の庭を散策することにした。


珍しく暖かい日差しがリリーの体を包む中、鼻腔を掠めるのは、微かな花々の香りだった。

目にも華やかな彩りが、その中庭がよく手入れされていることを物語っている。

五感全てが癒される、そんな場所だった。


「あら?」


ちょうど薔薇が植えられている辺りだろうか。

子犬がせっせと地面を掘っていることに気づいたリリーは、瞬きをした。

周囲に土が点在している様は、何とも素敵な花壇の風景を完全に台無しにしてしまっている。


「ほら、おいで」


リリーが優しく手を伸ばすと、人慣れしているのか、子犬はクンクンとリリーの手を嗅いでから、近付いてきた。

優しく撫でてやると、子犬は嬉しそうに尻尾を振った。

警戒心がないので、飼い犬だろう。

リリーは、そっと子犬を抱き上げた。


「よしよし。いい子ね」


大人しく撫でられ続けている子犬を見つめる。

一体どこからやって来たのだろうか。

ここは宮殿の庭だ。

そうそう簡単に入ってくることはできない。

ということは……。


「レディー・リリー!」


呼ばれ、顔を上げる。

表情が真っ青になっている使用人が、慌ててリリーに近づいて来るところだった。


「そ、その子犬をどこで……」

「え?ああ、先ほど、そこの花壇で見つけたのよ。花壇の土を掘っていたから、抱き上げたのだけれど」

「そ、それはお手間をおかけしたようで申し訳ありませんでした!」

「構わないわ。それよりも、この子はあなたが飼っているのかしら?」

「い、いえ。でも、お預かりしている大切な子犬でして……」


聞けば、とある人物にお世話を頼まれたものの、少し目を離した隙に逃げられて探していたのだとか。

うっすら汗をかいている様から、よほど必死に捜索していたと見える。

リリーは労うように微笑んだ。


「あなたも大変だったわね。では、この子はあなたにお返しするわ」


手渡そうとすると、子犬が使用人に向かって吠えた。

使用人はビクリと肩を揺らし、大きく一歩下がった。

明らかに、犬が苦手な人の態度だ。

リリーは何となく状況を悟ってしまった。


「あなたさえ良ければ、私がこの子を連れていくわ。案内してくださる?」

「で、でも、そんなことを貴女に頼む訳には……」

「気にしないで、私がそうしたいのよ。さあ、案内をお願い」


リリーが促すと、使用人は申し訳なさそうに眉を下げながらも「こちらです」と言って、素直に案内してくれた。

リリーは子犬を抱えたまま、その案内に従って歩みを進める。


「ところで、この子の……」


お名前は?と尋ねようとした、まさにその時「バディー!」と言う大きな声が響いた。

振り返ると、女王が血相を変えて、こちらに向かって来るところだった。

リリーはそこで全てを悟った。


「ああ、良かった。探したのよ。さあ、おいで」


リリーには見向きもせず、女王が両手を差し出したので、リリーはバディーと呼ばれた子犬を、地面にそっと置いた。

バディーは嬉しそうに女王に向かって走っていき、その両腕に収まった。


「良い子ね、バディー」


よしよしと撫でる様は、本当に嬉しそうで、女王のバディーに対する愛情が見てとれた。

そもそも、バディーと名付けているあたり、愛犬をただ愛でるだけの存在ではなく、相棒や友人のように考えていることが伺える。

もしかすると、女王には今までバディー以外に頼れる存在がいなかったのだろうか。

ふと、そう考え、リリーは首を振った。


ーー考え過ぎね。陛下には母君がいらっしゃるもの。


父亡き後、立場が不安定な中、女王の母親であるラント公妃が、いかにして娘を女王たらしめるまで育て上げてきたのか。

そのことに思い至ったリリーは、気を取り直したように微笑んだ。


「陛下、ご機嫌よう」


そこで初めて、リリーの存在に気付いたかのように、女王はチラリと視線を寄越した。

ややあって「ご機嫌よう」と返ってきた表情は、少し恥ずかしそうで、何とも微笑ましかった。

女王は一瞬だけ、なぜリリーがバディーと一緒にいるのかという懐疑的な視線を、使用人に向けた。

が、「陛下がこんなに可愛らしい子犬を飼われていたなんて存じ上げませんでしたわ」とリリーが水を向けると、愛犬を褒められて嬉しかったのか、使用人への疑問を打ち消したように、女王は小さく頷いて応えた。


「小さい頃から、ずっと犬を飼いたかったのよ。お母様に反対されて叶わなかったけれど……」


だから、戴冠してすぐにバディーと出会った時には運命だと思ったのだと、女王は続けた。

遠くを見つめるような視線で、女王が当時の自身に想い馳せていることを、リリーは悟った。


「私を見つめるこの子の目から視線が逸らせなかった。何だか、私自身を見ているようで。だから、出会ってすぐに飼うことを決めたわ。それからは、ずっと一緒なの」

「素敵な出会いですね。陛下が本当に犬がお好きなんだとわかります」


しみじみ言うと、女王は撫でる手を止め、リリーを見やった。


「あなたもそうでしょう?昔、犬の保護活動をしていたわ」


おや?と、リリーは思った。

確かにリリーは数年前から動物の愛護活動に勤しんでいる。

しかし、それを女王が知っているとは思わなかった。

しかも、女王の発言はまるで実際に見たことがあるような言い様だった。

リリーはあまり目立った活動をしている訳ではないのに、なぜ?と首を傾げると……。


「数年前、あなたが活動の一環で修道院跡地の教会に来た時、私もその場にいたのよ」


ーー犬の子どもも、コウノトリが運んで来るの?


ふと、リリーの頭をよぎったのは、小首を傾げながら尋ねてくる上品な女の子のことばだった。

あれは怪我を負った動物たちの保護を目的とした活動の一貫で、修道院跡地の教会にある救貧施設を訪問した時のことだ。

保護した犬たちを大層可愛がってくれた女の子がいた。

大きな外套を羽織っていたので、服装まではわからなかったけれど、明らかに他の子どもたちとは印象が違っていたから、よく覚えている。


「もしかして、あの時のコウノトリの女の子は……」

「ええ、私よ。あの時は、犬の子どもがどこから来るのか尋ねて、貴女を困らせてしまったわね。でも、母からは子どもは皆、コウノトリが運んで来ると聞かされていたから、つい確かめたくなったのよ。ごめんなさいね」

「それは構わないのですが……。でも、陛下はなぜあの場所に?」

「一時的に教会に身を寄せていたのよ。お母様は、淑女教育の一貫だと言っていたけれど、邪魔な私を体良く追い払いたかっただけなんだわ」

「そ、そんなことは……」

「いいえ、そうなの。その証拠に、お母様は私を外国の修道院寄宿学校に無理やり追いやった。お母様が言うところの"知人"の勧めでね。お母様はその人のことが好きみたい。だから、自分の幸せの為に邪魔な私を遠のけたのよ」


リリーは返答に困った。

女王の母親であるラント公妃の事情がよくわからない以上、女王の言い分が正しいのかどうか判断できかねたのだ。

リリーの無言をどう捉えたのか、女王は「もう今となっては昔のことだわ」と言って、顔を逸らした。

バディーをギュッと抱える女王のその態度に、彼女たち親子の間にある複雑な感情のもつれを、リリーはひしひしと感じざるを得なかったのだった。

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