after 20
リリーの心配をよそに、シルビアは女王のドレス製作を快諾してくれた。
もしかすると、リリーの立場が悪くならないように請け負ってくれたのかもしれないと思ったが、シルビアは決してそれを認めなかった。
「良いビジネスチャンスだから請けたんです」と言って笑うシルビアは、本当に優しい女性だと、リリーは思った。
だから、戦勝記念パーティーの日程が近づくにつれ、目の下に濃いクマができ始めたシルビアを見るにつれ、リリーはシルビアの体調を心配すると共に、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「気にしないでください。私はドレスを作ることが生きがいなんです。全然、苦じゃありません。それに、これは私の勘なんですが、このドレスはきっと、私にとって特別な一着になる気がするんです」
シルビアがそう言った通り、出来上がったドレスは、今後のファッション史に大きな流れを投じるものであり、彼女のデザイナーとしてのキャリアを確かなものとした一着でもあったが、それはまた別の物語である。
「陛下、大変お似合いですわ」
シルビア渾身のドレスを身に纏った女王を囲む女官達は、皆一様に感嘆のため息を漏らした。
それもそのはず、女王の為に作られたドレスは、まさに女王の美しさを最大限に引き出したものであった。
なで肩を包む小さな袖は女性らしい可憐さを演出し、下に向かって縛られたウエストラインが、その腰の細さを強調して、何とも繊細な印象を与えている。
その中でも、特にふんわりと膨らんだ三段のスカートが目を引いた。
背の低い女性が着ても、決して見劣りしないだけの華やかな装飾が施されているからだろうか。
美しい、その言葉に尽きるドレスだった。
「あとは、私がこのドレスに似合うだけの完璧な振る舞いができるかどうか、ね」
女王は自身の装いに、大変満足しているようだったが、それでも緊張の面持ちは崩さなかった。
彼女にとって、この催しは、それだけ意味があるものだった。
「陛下なら大丈夫ですよ」
女官達が口を揃えて、そう言うと、女王はぎこちないながらも頷いた。
「そうね、私ならできるはずだわ」と自身を鼓舞しながら、来客が待つ大広間へと歩みを進めた女王の後ろ姿は、まだ十代の少女とは思えぬほど威厳に満ちていたのだった。
女王の言葉通り、彼女は立派にこの宮殿の主人として役目を果たしていた。
客人と話す姿は何とも上品で、気品に溢れており、女王が危惧していた公子とのダンスも、心配していたのが嘘のように堂々とやり遂げた。
リリーはその様を、何とも誇らしい気持ちで見つめていた。
これが我が国の女王であり、その方に仕えることができる幸せを噛み締めずにはいられなかった。
「どうやら、パーティーは大成功のようだね」
そう言ったのは、ダレンだった。
いつの間に、リリーの隣までやって来たのかはわからないが、口振りから、声をかけるまでの時間は長かったのではないかと、リリーは思った。
リリーは思わずといった風に、微笑んだ。
「もう、いつからそこに居たの?早く声をかけてくれれば良かったのに」
「君に見惚れていたんだ。今日の君も一段と素敵だね」
何でもないように言われ、リリーは頬を赤めた。
ダレンは事あるごとにリリーのことを褒めてくれる。
その日の装いやリリー自身の言動、果てはリリーの何気ない表情まで全てだ。
社交辞令ではなく、好かれようという下心でもない、ただ純粋に思ったことを口にしてくれている。
そうわかるからこそ、リリーは心底嬉しかった。
「どうもありがとう。あなたもとても素敵よ」
照れ隠しのように、熱った顔を手で仰ぎながら言うと、ダレンは少しだけ笑ったようだった。
彼の笑い声は好きだ。
心が温かくなり、幸せな気持ちになる。
ダレンにとってもそうだといいなと思いながら見上げると、まるでリリーの心の声が聞こえていたかのように、ダレンが頷いたので、リリーは更に嬉しくなった。
「おや、見てごらん。陛下がこちらにおいでになられるようだ」
ダレンが言った通り、女王は確かな足取りで、真っ直ぐリリー達の傍までやって来た。
初めにダレンを見上げて微笑み、次にチラリとリリーを見やってから、またダレンに視線を戻した。
「こちらにいらっしゃったのね。お姿が見えなかったから、探しましたよ」
「それは申し訳ありません。陛下にお手間を取らせてしまって。もしかして、私に何かご用がおありでしたかな?」
「ええ、あなたのアドバイス通り、公子をご招待しましたが、あなたの目から見て、この舞踏会はどうかしら?他国に恥ずかしくない立派なものになって?」
「勿論です。まさに戦勝記念に相応しい、立派な舞踏会かと思います。きっと陛下の立ち居振る舞いが素晴らしいからでしょう。先ほど拝見しましたが、公子とのダンスも大変エレガントで、目を惹きましたよ」
手放しで褒められ、女王は心底嬉しそうに微笑んだ。
頬が紅潮し、煌めく瞳の眼差しは一身にダレンへと向けられている。
まさに、先ほどのリリーと同じように。
「では、ぜひあなたとも一曲踊りたいわ」
女王は、ダレンに手を差し伸べようとして、ふと、その手を止めた。
思い出したかのように、傍にいるリリーを見つめる。
その視線は少し探るようなものであった。
「そういえば、あなた達はご婚約なさっているのよね?私が先に踊っても?」
「勿論です」
婚約者と一番にダンスをしなくてはいけないというルールはない。
むしろ、女王とダンスができる程の立場の人間は限られるので、ダレンと踊って欲しいと思った。
女王がこの日の為に、どれほどダンスを練習したのか知っていたリリーは、是非女王の練習の成果を沢山の人に見て欲しかったのだ。
だが、女王は「そう……」と呟いたきり、一向に手を差し出そうとしなかった。
リリーが内心で首を傾げていると、女王は「そういえば」と言って、話を切り出した。
「まだあなた達二人の馴れ初めを伺ってなかったわね。どういった縁で婚約を?」
あまりに直球な問いかけに、リリーは思わずたじろいでしまった。
探るような視線だったのが、一気に見極めてやろうというものに変わったからだ。
ダレンはさすがと言うべきか、すかさず女王の視線をリリーから逸らすように「娘がお世話になったんですよ」と笑みを絶やさずに答えた。
「早くに母親を亡くした娘を導いてくれたのが、彼女でした。やはり男親ではわかってあげられないこともありますからね。おかげで、娘は立派なレディーに成長し、幸せな結婚生活を送ることができています」
「あら、それは知らなかったわ。レディー・ジニーは私とそう歳は離れていなかったように思いましたが、もうご結婚なさっていたのね。それはおめでとうございます」
「ありがとうございます。もし機会がありましたら、是非娘にも会ってやってください」
その後は、女王の好きそうなファッションの話をダレンが振り、それ以上、リリー達の馴れ初めについて詮索されることはなかった。
ホッと安堵すると共に、何となくリリーにはわかってしまった。
女王のダレンに対する気持ちを。
「レディー・リリー」
いつの間に近くにいたのか、女官長が申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめんなさいね。嫌な気持ちにさせてしまって。陛下は、その……」
「大丈夫ですよ。わかっていますから」
リリーは最後まで言わせなかった。
女官長が何を言い淀んだのか、リリーにはわかっていたからだ。
女官長は更に申し訳なさそうに頭を下げたが、別に謝ってもらうようなことではないと思った。
リリーはそういう周囲の反応を覚悟で、ダレンと一緒になることを決めたのだから。
そもそも女王の気持ちは理解できるし、むしろ真正面から聞いてくれて良かったのだ。
唐突だったので、戸惑ってはしまったものの、聞いてくれれば誤解なく説明ができる。
裏でコソコソ噂されるより、よほど良心的だ。
リリーは件の女王を見つめた。
ダレンと話している彼女の表情は、まさに憧れの人を前に高揚する少女そのものだった。




