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after 19


「はぁ……」


女王の可愛らしい口から、大きなため息が漏れた。

リリーをはじめとする女官達は、一瞬、ティーカップに口を付けるのを止め、お互いの表情を探り合った。

こういう時、普段は決まって女官長が真っ先に「どうかなさいましたか?」と問いかけるのだが、今、この場に女官長はいない。

いや、いないからこそ、女王は素直にため息を漏らしたのだと、女官達は悟った。

とはいえ、余計なことを言って、女王の不興を買いたくないのだろう。

女官達は、こぞって下を向いた。


ーー彼女達の気持ちはわかるわ。


でも、と、リリーは思った。

女官はこういう時こそ、少しでも女王の気持ちが穏やかになるよう、彼女の話に耳を傾ける必要がある。

リリーはカップを一旦置いて、女王に向き直った。


「陛下、ため息など吐かれて、どうなさったのですか?何かお悩み事でも?」


女王はチラリとリリーを見やり、コクリと頷いた。

その素直な反応に、彼女は話を聞いてほしいのだろうと悟ったリリーは「私でよければ、お話をお聞かせくださいませ」と水を向けた。

女王はすぐさま身を乗り出し「実は……」と話し始めた。


「今度開かれる戦勝記念舞踏会のことで悩んでいるのよ。アルベルト公子を招待したのは知っているでしょう?その……彼のことをどう思う?」


結局、女王は首相の意見を取り入れ、公子を招くことにしたらしい。

もしかすると、ダレンが両者の橋渡しをしたのかもしれないが、その真偽まではわからなかった。

とはいえ、女王が認めたのであれば、当然リリーとしても否やを唱える気はないので、公子の来訪は喜ばしい事柄であった。

が、彼自身をどう思うかと問われると困ってしまう。

リリーは公子について、肩書き以上のことを知らなかった。


「コバーク公のご次男でいらっしゃいましたわね。頭脳明晰な方だと伺っておりますが」

「つまり、頭でっかちという訳ね。ああ、憂鬱だわ。ダンスのダの字も知らないような人だったら、どうしましょう。そんな人と踊りたくはないけれど、立場的に彼と一番に踊るのは、まず間違いなく私なのよ」


周囲に諭され、公子を招待はしたものの、そもそも乗り気ではないのだろう。

ガックリと肩を落とす女王を見て、リリーは何とか慰めてあげたくなった。


「陛下がリードしてさしあげればよろしいのではありませんか?陛下のダンス上手は、宮殿でも有名でございます」

「殿方というのは、いつだって自分が手綱を引きたがるもの。己の立場を優位に立たせたいんだわ。私がリードなんてした日には、公子はカンカンに怒ってしまうわよ」

「実際、陛下は尊き立場の方。公子といえど、そこに文句は言えませんわ。陛下の方が肩書きが上なのは周知の事実ですし、ダンスのリードくらいで無碍にされたとは思いませんよ。だから、陛下はただ、いつものように威厳を持って接すればいいのです」

「そうかしら」

「はい。持って生まれた立場とは、そういうものです。それに、陛下ほどのダンスの腕前であれば、相手にリードされていると悟られずにリードすることができるのではありませんか?」

「それは……勿論できるけれど」

「さすが陛下ですわ。であれば、何もご心配なさる必要はございません。皆さんも、そう思いでしょう?」


そこで、リリーは二人のやり取りを伺っていた女官達に向き直った。

彼女達は現金なもので、話が上手く纏まりそうと見るや、矢継ぎ早に「陛下ならできます」「陛下の華麗なダンスが今から楽しみです」等々、肯定的なことばを並べ立てた。

リリーは若干あからさまな感じも受けたが、女王は気にならなかったようで、満足そうに微笑んでいる。

その素直さに、リリーは好感を持った。


「であれば、後はお召し物をどうなさるかですわね」


女官の一人が水を向けると、たちまち女王の表情が曇った。

女官達は思わず顔を見合わせる。

その内の一人が勇気を出して「どうかなさいましたか?」と問いかけると、女王は最初と同じくため息を漏らしながら言った。


「実は、まだドレスが決まっていないのよ。他国の公子を招いての舞踏会ですもの。恥ずかしくないものを着たいのだけれど……」


なかなか、これ!というドレスが見つからないのだと言う。

最近、客人が多かったことを思い出したリリーは、あれはもしかするとドレスの生地やデザイン等を決める為のものだったのかもしれないと思った。

それでも、まだ決まっていないということは、女王なりに、何かこだわりがあるのかもしれなかった。


「公子の国は、最先端のファッションの地として有名でしょう?もし、私が下手なものを着れば、鼻で笑われてしまうわ」


実際に、そんな失礼なことはしないだろうが、女王の言い草的に、おそらく誰かにそう忠告を受けたのだろうと、リリーは悟った。

それに、女王とてまだ年若いのだ。

自分の身だしなみに敏感になるのは、仕方がないことでもあった。


「国の代表として、相応しいお召し物をとお考えなのですね。素晴らしいことだと思いますわ。そういえば……」


そこまで言って、女官の一人がリリーをチラリと見やった。

考える素振りを見せ、いかにも思い切ってといった感じで、口を開く。


「レディー・リリーはデザイナーの伝手がおありだと伺ったのですが」

「わ、私ですか?」

「ええ、よくお召しになっているドレスは、どれもSのデザインだとお見受けしますわ。陛下はSのことをご存じで?」

「知っているわ!」


女王はいかにも年相応の少女然とした様子で、身を乗り出した。

瞳をキラキラと輝かせて、女官とリリーを交互に見つめた。


「謎の新進気鋭デザイナーSでしょう?実は、私、その方のファンなのよ。あなたが着ているドレス、いつも素敵だなと思っていたけれど、まさかSのドレスだったなんて!羨ましいわ、Sのドレスは人気過ぎて、伝手がなければ作って貰うことも叶わないんだもの」


ウットリと目を閉じた女王は、両手を胸の前で合わせ、物思いに耽っている。

それを満足そうに見つめていた女官は、次の瞬間、リリーに向き直って口を開いた。


「レディー・リリー、あなたが女王をお助けしなくては。あなたなら、Sに女王のドレスを作って欲しいと頼むことができるのでは?」

「まぁ!それは本当?」


期待の眼差しで見つめられ、リリーは困ってしまった。

デザイナーSことシルビアは、リリーの友人ではあるが、この件に関して安請け合いしてはいけないと思ったのだ。

女王のドレスを作るというのは、それだけ大事おおごとであり、リリーが勝手に決めて良い事柄ではなかった。

それこそ人生が変わってしまうレベルの大事なのだ。

本来なら「陛下の御為なら喜んで」と言ってあげたいところだが、リリーにとってシルビアもまた大切な人である。

ここは即答を避けるべきだろう。

リリーは「確約はできかねます。申し訳ありません」と謝った上で、時間をくださいと願い出た。

打診はしてみるが、Sにも色々と事情があるのだと暗に伝える。

それでも女王は満足したようだった。

「構わないわ」と言って笑う様は、何とも少女らしい、あどけなさを残していた。

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