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69:逃亡後の彼ら4(別視点

更新、遅くなり申し訳ございません。





 あぁ、また始まった。 


 気持ち悪い。


 ずっと不快感が付き纏う。


 体は勝手に動き、言いたくもない思ってもない言葉が口から流れ出る。


 必死に抵抗しても無駄であることは既に分かっている。


 これは夢であって夢ではないと理解し、どう行動すべきか教えられたことを思い出すまで必死に抵抗し、色々とやったものだ。それも夢から覚めれば、内容は覚えておらず、また夢を見ることで以前見た内容を思い出すのだ。現実で対処方法を探そうにも覚えていなければ何も出来ない。


 夢での自身の役割を理解していても、身体の自由が利かず、為されるがまま、自身の意思に反する行動を強制されることは精神的負荷が強かく、寝ている間は魘されているそうだ。目覚めた時には、夢での精神的負荷と不快感に、訳も分からず自傷行為とも取れる行動を繰り返してしまう。

 最初は大騒ぎしていた従者達も数を重ねるごとに慣れていき、今では毎朝作られる左腕と首の生傷を早急に治させるために王宮治癒師を供だって来るようになってしまった。


 毎夜魘され、目覚めれば自傷行為を繰り返しているのだが、誰も無理やり起こしたり、私の体を拘束することはしない。父上から私の行動を妨げず、眠りも無理やり覚ますようなことはしないよう指示を受けているためだ。それにより、従者と王宮治癒師、近衛は毎朝、私が正気に戻るのを何も言わずに扉外で見守ってくれている。皆、私に気遣い普段通りに接してくれているが、彼らの掌の傷が彼らの気持ちを雄弁に語ってくれる。その傷は強く握り過ぎて己の爪を食い込ませてできた傷が特有の形になっているのだ。

 

 彼らには申し訳ないが、父上の指示の意味を理解している私は、この夢が終わるまで我慢してもらうしかなかった。それに、この夢は見終わるまで続く、魘されているからと起こされても、夢見る期間が長くなるだけで、改善が見込めるわけではない。自傷行為もそうしなければ、私の精神が持たないのだ。自傷行為をすることで、意味も分からない不快感が霧散するように感じて、早めに正気に戻ることができるからな。 



 今日も夢を見る。

 この夢での私の役割は、できる限り正確に情報を収集し記憶に焼き付けていくことだ。この役割の大切さは理解できているのだが……それでも、私が冷静になれなくなってしまうことがある。


 ――――――彼女だ。

 

 綺麗な銀色の髪が、透けるような白い肌が、強く握ったら折れてしまうのではないかと思うほどの華奢で

しなやかな肢体が、宝石の様な碧と緋色のオッドアイが、彼女の顔を認識できないのに、輝いて見え、愛しさが溢れてくる。

 

 なのに……なのに、なのに!なのに‼

 

 擦り切れボロボロのワンピースをきた彼女は、屈強な騎士2人に腕を掴まれ引きずられてどこかへ連れていかれているのを目の端で一瞬、掠め見ることしかできない。彼女を助けることができないのだッ‼


 彼女を見たら、自身の役目も忘れて、彼女を助けようと必死に抵抗して、神経が焼き切れるかと思うほどに様々な魔法を行使する。それは全て何の意味もなさないことを分かっているのに……。これは既に起こってしまったことで、いくら抵抗しようとも変化させることは叶わない……絶対に。

 分かっている。分かっているけれど、抵抗せずにはいられない。彼女を助けなくてはと気持ちが焦る。どんなに抵抗しても助けることができなくて、心が擦り切れそうになる。


 今日見た彼女は以前見た時より痩せてしまっていた。陽の光を受けて蒼く煌めいていた美しい髪は歪に切られ、艶めきを失い、宝石のように煌めいていた瞳にも影が落ちていた。


 彼女がどんな仕打ちを受けているか、彼女の反応を面白おかしくまとめて、侮辱と恥辱に塗れた報告書を提出された場面を見たため知っている。全てが悪夢だが、その中でもあの場面は特に嫌悪感が強かった。


 夢の中では、重要だと思われる場面は通常の時を刻み、それ以外は一瞬で時が流れていくのだ。通常の時が流れる際には、だいたい彼女かあの女がいる。


 彼女への行われていることに対する報告があがってきた時もあの女がいた。

 あの女は報告書を私から奪い取り読み終わると、クルクルと執務室内を行儀悪く回りながら、耳障りな甲高い声で嗤った。本当に嬉しそうに嗤っているようだが、その姿は恐怖を抱かせるに十分すぎるほど狂っていた。それなのに……。

 

 「どうしたのだ? 嬉しそうにして、何かいいことでも書かれていたか?」


 私の口から出たのは甘く優しい声で、絶望しかない。

 私の声に反応して振り返った女は、ニンマリと口を結ぶと、カーネリアン色の大きな瞳に優越感を満たしながら、胸をすくい上げるようにして胸の前で報告書を丸めて両手で持った。


 「ふふふ、これが笑えずにいられる? あの女が持っていた物全て、私の物になったのよ。あんな女が持っているには過ぎた物ばかりだったもの。本来なら、私が持っているべきものだったのよ! これであの男も目が覚めるはずだわ! ふふふ、でも今更、私を求めても遅いわ! だって、私にはアーサー達がいるもの。私はエリスタ王国の王妃で聖女だから、あの男が私を求めても妻にはなれないの。でも、私に跪いて許しを請うなら、彼の妻になってもあげてもいいわね。私は聖女だからこの世界のために多くの人に愛を与えなくてはいけないもの。うふふふ。そうよ! 私は全ての国の美しい王の王妃になるの! これって素敵なことじゃない? ね?」


 「そうだね。●●●●は、聖女だから皆に愛を与えなくてはいけない。私の身勝手が独り占めしてはいけないね。でも、私を一番にしてくれるだろ?」


 「当たり前じゃない。アーサーは、私の1番目の夫だもの」


 狂っているとしか思えないような言葉を当然であるかのように吐くあの女が、鬼女にしか見えなかった。そんな鬼女に同意を示し、鬼女を抱きしめる私に拒否感しかなく、夢の中で吐いてしまった。

 夢の中ではなければ、私の服などは大変なことになっていただろう。


 私の反応に気を良くした鬼女が、私にキスをして離れると、執務室の雰囲気に合っていない猫足のピンクの椅子に座って足をばたつかせる。


 「あっ、そうそう。この紙に書かれていることだったよね。もう笑っちゃうの! あの女、初めてだったみたいよ。あの歳で処女とか、笑っちゃうわ。うふ、それももう無くなっちゃったけどねぇ。泣いて、抵抗して、自死しようとしたみたいだけど、それも叶わず、初めてがあんなオジサンなんてかわいそぉ。ふふっ。まぁ、嘆く時間なんて無かったみたいだけどねぇ。抵抗したからお仕置きで鞭打ちしたら、豚みたいに鳴いたんだってぇ! やだぁ、今度見に行かなくっちゃ!!」


 聞いていられなかった。

 周りの者達も一緒になって報告書を読みながら、嘲笑い彼女を侮辱する。

 狂っている。

 貴族の令嬢は、結婚し相手に身を奉げるまで純潔であることが当たり前なのだ。結婚前に、それも婚約者でもない者に純潔を散らされるなど、死より辛かったことだろう。なんて酷いことを……。


 彼女のことを思うと胸が切なく、苦しくて、彼女がもう私の手に()()()()()()()と分かった絶望感で涙が自然と流れ落ちた。

 

 誰が聞いても眉をしかめる様な内容のはずが、あの女が一声「ね?」と言えば、何故か皆あの女に同意・同調するのだ。まるで、あの女の都合の良いように操られている人形のように……。

 毛先にいくほどピンクが濃くなるピンクブロンドの髪を靡かせ、カーネリアン色の大きな瞳のこの女が、この国を、家臣を、私を狂わせた元凶。彼女の苦しむ姿を見て、嬉しそうに歪む口元は醜く、顔を認識できなくても、美しいなどとつゆほども思わない。なのに、私の口からは私の意思と反する言葉が流れでる。


「●●●●、今日も可愛いね。愛しているよ」


 吐き気がする。あの女が纏わりついている左腕が、思っていもいない言葉を強制的に話す喉が、気持ち悪くて、気持ち悪くて、削ぎ落としたくなる。



 今日も私の執務室にあの女が来る。ノックも何もなしに自身の部屋であるかのような態度で入室してくる。それを止める者も苦言を呈す者もいない。皆、快く受け入れ、あの女の手に唇を落とす。中には、あの女の腰を引き寄せて、はしたなく開けている胸元に唇を落とす者までいる始末だ。


 なぜ誰もおかしいと思わないのか……。

 年若い私でさえ、おかしいと思うのに、誰一人おかしいと思っている者がいないのだ。

 護衛の騎士さえ、王族の私ではなく、あの女に跪き忠誠と愛を誓うのだ。

 狂っている。これが今後起こりうるこの国の未来だとするならば、破滅しかないではないか。私もこの体のように狂い、彼女を地獄へ落とすような非道を行使するのならば、そうなる前に……。

 

 まだ、あの女の謎が解けていない。

 分かっていることは、あの女と目を合わせて声をかけられると相手の思考が侵され始めること、そして、あの女に触れられることで相手は完全に侵され、あの女を中心とした狂った世界の住人となることだ。

 だが、そのカラクリが分からない。魔法で相手の精神を操るなど不可能であることは帝国の人非道な研究で判明している。なら、今見ていることの説明がつかない。1人2人ならまだ可能性はあるだろう、だがこの国のみならず、マルリナ聖国の上層部も同様な状態であるようなのだ。一体何人操れるのだろう。

 あの女から距離を置いたからといって正気に戻ることがないのは、マルリナ聖国の状況を書類でみて把握している。なら、あの女の手から逃れる方法は? 彼女と父上・母上、それにあの方も、あの女の手に落ちなかった。私と父上たちとの違いは何なんだ? それを探ろうと必死に視界に移る情報を焼き付けていくが、いまだに分からない。


 あの裁判とは到底思えない、ただただ彼女を貶め、それをあの女と腐った貴族共が劇を見るかの如く楽しむだけの場だった。彼女への罪状も、何の証拠もないでっち上げだった。なんだったら、見物に来ている貴族たちが昔行った罪ばかりだった。


 「あの罪は儂が進言したんですよ」

 「ほほう。随分あくどいことをしてたんですな」

 「よしてください。あれはあの女がやったことになったじゃないですか。それに今読み上げられた罪は貴方様が進言したことではないですか」

 「あはは。そうでしたな。お互い清い身となれ、出世もできるなど、聖女様には感謝しかありませんな」

 「本当に。それに聖女様は美しく慈悲深い。次に慈悲をくださるのは何時になるやら…」


 耳が腐る。

 この場にいるほとんどの者が同じような発言をしている。まるで自慢するかの如く……

 本当に腐っている。罪を認めるような発言に、その罪を恥とも思わないここの連中に虫唾が走る。

 それを彼女に擦り付けるなど、怒りしかわかない。


 彼女を守りに走り出したいのに、動くことのない自身の体に苛立ちが募る。隣にさも当然のように座す、あの女も殴り殺したいほどなのに、私の体は私の意思に反することをする。必死に唇を噛みしめ我慢して、顔を判別できないここにいる奴らの着ている服や装備品、帯刀している物からどこの家の者か把握していくことを優先していく。

 

 この夢は既に通り過ぎてしまったもので、私が覆せるものではない。今は、罪状とそれを侵した家を把握することに勤めるんだ。泣いても叫んでも、どんなに抵抗しても変わらないのだ。だったら、今私にできることはこの情報を記憶に刻み込むことだけだ。辛いのは私より彼女だ。


 名も顔も分からない彼女だが、彼女を見ると愛おしくてしょうがなくなるのだ。そして、彼女が辛い身に合うと半身を引き裂かれるように心が痛くなる。現実の彼女を守る一助になるならと必死に情報を刻んだ。 


 

 とうとう彼女の処刑が決まった。

 あの女が飽きたようだ。

 

 「もう! 私がせっかく持ってきた玩具をすぐに壊しちゃうしぃ、反応も悪くなったから、もういいや。なんか下民共もうるさいしぃ、ぜぇんぶあの女のせいにして殺しちゃって。あっ!! 公開処刑しよう! その方が下民共の大人しくなるでしょぉ。それにぃ、処刑されたあの女を私が祈ってあげたら、皆、慈悲深い私に跪くはずだわっ‼ なんて言い考え! ね? そう思うでしょ?」


 「あぁ、そうだね。●●●●は本当に優しいな。あんな罪人に最後は祈りを上げるなんて」


 「ふふふ。そうでしょっ! あッ! 新しいドレスも作らなきゃ。あの女はボロボロの囚人服でぇ、私は綺麗なドレス。うふ、うふふ、私の隣には美しい国王に、私を愛する家族に、私を敬う家臣達。あの女は全員に嫌われてぇ、一人で死んでいくのっ! でも、私は優しいからぁ、皆に見られながら死なせてあげる。そしてぇ、綺麗な涙を流しながら罪人に祈る●●●●ッ! うふふ、慈悲深い聖女に皆、感激して涙を流すでしょうね」


 最近では、彼女が私の視界に入ることはなかった。夢ではずっとあの女やあの女に侵された狂人との場面が多く、彼女の状況は報告で上がってくる内容でしか把握できなかった。それも、彼女の身に起こっている一部でしかないのだと分かっていた。


 何もできない自分に嫌気がさす。


 

 ついに最後の時が来た。

 屈強な兵士たちに引き摺られて処刑台にあげられた彼女を見つめる。胸が締めつめられるような感覚に襲われながら、必死に抵抗した。習得している様々な魔法を行使したはずなのに何も起きず、隣の嘘泣きをしている女を慰めるように抱き寄せる。

 死にたくなった。

 

 一瞬、彼女と目が合ったが、彼女の目には既に感情が乗っていなかった。

 冷めた目でただ前を見て、粛々と処刑を待っていた。


 彼女にそんな目をさせてしまった自分が憎かった。

 彼女にあんな仕打ちを指示する自分が恐ろしかった。

 彼女に助けの手を伸ばすこともできない己の未熟さに怒りが湧いた。

 彼女にした()()一つ守れない自分に死にたくなった。


 無情にも時が流れ、彼女の処刑の合図を私が下した。

 

 首切り処刑の刃が落ちる。


 コロンッと彼女の首が落ちて転がった。


 瞬間、――――――――――――――光が落ちた。

 



 「うああ”あぁあぁあぁあ”あぁあぁぁぁぁぁあ”あ”ぁぁぁぁぁ!! っぐ、うぇ、げ、ヴぇぇ、んぐッ」


 不快感や吐き気など様々な嫌悪感に振り回されて、頭が回る。

 自身の首と左腕を搔き毟り。それだけで治まらずにナイトテーブルに乗っていたグラスや花瓶を叩き落とし、一気に流れ込んできた情報に耐えられずに吐いた。


 いつもより酷い寝起きに、扉前に控えていた従者と王宮治癒師、護衛騎士までも駆け込んできた。


 「殿下! お気を確かに」

 「今、治癒をかけますからな」

 「新しいタオルと水を持ってきます」

 「お湯は用意できております。ご身体の体調的に清拭の方が良いでしょうか」


 慌ただしく動く従者たちに、頭を押さえながら制止をかける。


 「だ、大丈夫だ。心配をかけたな。父上に、国王に謁見を求めてくれ。……全て見てきたと」





いつもコメント・ブックマークありがとうございます(^^♪

この度は、更新が遅くなりまして申し訳ございませんでした。

現実のお仕事場は荒れに荒れており、製作が遅れてしまいました。

待っていてくれた皆さん!!

本当にありがとうございます(*´ω`*)

これからは、アップしていけると思いますので、頑張ります('◇')ゞ

どうぞ、これからも応援よろしくお願いいたします!!


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― 新着の感想 ―
更新が約4年前か…体調とかも心配ですが、一般公開の場では書かなくなり、脚本として漫画家さんに小説(ストーリー)提供している事もあるのでもしかしたら原作小説はもう終わりかなぁ。 あとはモチベーション下が…
コミック版も第一部の終了のような内容で終わりましたが原作もこのままでかなりの年月が 経っているんですね。 もうこのままエンドと考えるべきなんでしょうか
ついにコミカライズ版が原作を追い抜きましたね。 原作小説はどこかで続いているのでしょうか?
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