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白帝の剣  作者: gaffiot
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樹園とエランの街


 白の青年は、ヘビウルシの青い香りに目を覚ました。蛇の名を冠するこの蔦は、大樹を這って締め付けるように枯らしてしまう。蔦を斬れば濃く匂う液が滲み、これを木器に塗り込めば艶出しとなる。青年が暮らした白家の領地では秋口(クォーリア)によく薫ったものだ。


 青年が身を起こすと、そこはどことも知れぬ薄暗い花園であった。奇妙なのは植生である。(ディルティア)の赤と初夏(ベルギス)の緑が入り混じっているだけではない。白家のヘビウルシ、紅家のオオボタン、黒家の扱う霊樹の類までが、青年の知らない植物に入り混じって生えていた。これほど交雑した植生は青年にとっても初めて見るものである。

 改めて見分してみると空気そのものも尋常でない。途方もない密度でひしめく精霊たちに取り巻かれる様は、粉砕され液状にされた森そのものに浸かっているかのようである。現世うつしよではないことが明らかであった。


 ニルスの草原に大精霊はいないと聞いていたが、怒りを買ったか。辺りに色濃くみちる精霊はこの地が精霊の住処であることを示していた。

 そう巡らせた青年の思案は、しかしすぐさま修正を余儀なくされた。

 眼前に暗いローブを纏った人影。人影の顔にあたる部分をよく直視すれば、そこには照らされるべき何ものもなく、昏いふちが開いているだけであった。青年が連想したのは湿り腐った木のうろである。ぐずぐずと腐り果てながら虫が湧いている。ああ、この闇はいけない。邪なるものと察して青年は腰の刀を抜こうとした。


 と、昏い人影が手を青年へと向ける。駆けようと踏み込んだ脚が地を踏み抜き、ずぶりと闇色の沼に沈む。抜け出そうと逆の脚を動かし、同時に飛翔の魔術を行使するも、体が浮くことはなかった。


 「白きみかどよ、汝の運命さだめまっとうするが良い」

 闇色の声を聴きながら、青年の意識はとぷりと沼に沈んでいった。



 

 白の青年の意識が次に浮かび上がったのは、ある街に住まう商人夫婦の赤子としてである。

 事情を把握するや青年は驚かざるをえなかった。生まれ直しという話など聞いたこともない。幻覚の類かと疑うほどであった。だが卓越した精霊魔術師でもあった青年は、これが現実であると気付かされた。赤子ながらも周囲の精霊を感じ取ることができたからだ。


 何がおきたのか。なぜ起きたのか。

 あの昏い人影は何ものであったか。

 蒼皇は、あの蒼の少女はどこにいったのか。

 考えるべきことは山ほどあったが、さほど考えが進むことはなかった。


 赤子の体に振り回されたからである。

 腹がすけば泣き、乳を吸わされれば充たされる。

 粗相をすれば拭われるまで癇癪がとまらぬ。

 堪え性のない体は、青年の智慧ちえを両親に悟らせることなく、赤子のように振る舞わせた。


 両親の言葉遣いやエランという街にも青年は疑問をもつこと大であったが、青年は思案するによわいが足りないと痛感させられた。ともかくも自由に動き回り思考できるよわいまで。青年は思案を先送りにした。


 青年は前世と変わらぬ白い髪の少年として、すくすくと育った。




 白の少年はアデルと名付けられた。

 白い髪のアデル。それはエランの街の神童の呼び名である。

 曰く。エランの街には冒険者に鍛えられた白い髪の神童がいる。

 その少年はよわい三にして文字と算術を解し、四になるころには魔術を用いた。

 五つのころには剣を修め、いまや六歳にして氷の精霊魔術と卓越した剣技を操る。

 いずれはひとかどの人物になること疑いなし、というものである。


 君主の重責をもはや持たぬ少年は、自らの才覚を余り隠そうとはしなかった。せめて奇妙に思われないように、と配慮をした程度である。かつて人外の蒼い少女と斬り結んだアデル少年からすれば、人前で見せる魔術も剣技も児戯にひとしかった。


 白の少年は、かつての青年時代に持っていた重責から解放されていた。

 それは、この地がどこか見知らぬ土地であることがはっきりしたからである。


 動き回り言葉を話せるよわいになるや、少年は再び大いに驚かされた。

 どうやらこの地はイフラーヴァとは違う大陸のようだからであった。

 違和感は初めからあった。少年はイフラーヴァ大陸に関わることなら大抵はっていたにもかかわらず、この街が果たして大陸のどこに位置するのか全く分からなかった。耳に入ってくる言葉もイフラーヴァの公用語に似ていたが、言い回しがふるく、古語で話しているかのようであった。  


 少年は焦らなかった。ただ、イフラーヴァへと向かう方法を探しながらも、生活の多くを鍛錬に費やした。青年の身に着けた技を適切に用いるためには、体力と膂力が必須だからである。あの昏い人影のたくらみがなんであろうと、鍛錬は無駄にならないという考えからであった。



読んでくださってありがとうございます。

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