15、さあ、いくわよ!
本日は、晴天。どこまでも透き通る青空。
大陸の南に位置する我が国は、冬でも暖かい……らしい。
カットゥーロが昔言っていた。帝国の北方では初夏の頃まで雪が残る所があると。
……人の背丈以上の雪が積もるってどんな感じだろう、スイヤーフでの行軍ってできるのかしら。
炎魔法で雪を溶かす?それとも、風魔法で吹き飛ばす?
やはり、この国にはいない北方特有の魔獣もいたりする?
それは、一度遭遇してみたい。どんな魔術が効くのか。
考えるだけでわくわくする!
総隊長に聞いてみようか?冒険者として帝国にも行ったことがあると聞いたもの。
「……ご当主様、本日は辺境軍との演習ですので、いい加減身を入れて臨んでください」
「無理ってわかってるでしょ。今回の演習は、辺境に視察に来られた第二王子殿下へのご機嫌とりだからね。領地経営「しか」勉強していなかった私が、この演習に参加はできないもの」
カットゥーロに、わざとらしい笑顔を見せると彼は、大きなため息をついた。
「今回の演習、ご当主様の身が入らないのは理解しておりますが、それでも対外的に真剣に取り組む姿勢だけは、お見せになられた方がいいかと」
「魔術を使うこともできない、私が直接指揮を執ることもできない。やることないでしょ。しかもこちらの手の内も見せられないんだから」
辺境軍に対するのは、辺境伯家の寄子貴族家の護衛達による混成部隊。第二王子による辺境地への視察のついでで、急遽決まった演習だ。
こんな急ごしらえ連携なんて取れないじゃない。辺境軍の一人勝ちね。
しかも、他の貴族家当主達は、軍議に参加しているのに、私は何故か他貴族家の令嬢と一緒に第二王子の天幕にいるのよね。
なんでこんなことに。
……給仕をしながらのカットゥーロとの、ひそひそ話しか楽しみがないじゃない。
第二王子殿下の周りには、辺境伯家の令嬢とその取り巻き達がいるから助かっているけど。
私は天幕の一番後ろの隅の方で、気配を消してカットゥーロに給仕してもらったお茶をのんきに飲んでいる。
「……ご当主様、漸く侯爵家からの間者が入ったようです」
「……おっそ……漸く?」
「グラッソ商会から二人、行商人に扮しているのが五人、……あと、あそこにも」
「第二王子殿下の従者にも何人か侯爵家の者がいたのね。王妃様のご実家から連れてきた人員だけだと思ってたわ」
しかし、あの侯爵黒幕の大物ぶっている割に、情報収集が遅いわね。
私なんて取るに足らない小娘と見下しているからだろうけど。
「……じゃあ、私、気弱で貴方達有能な補佐役に当主業務を丸投げしている風にふるまえばいい?」
「ご当主様、学院での領地経営科のお勉強はお出来になったのでは?」
「……机上の勉強はよくても、実地では気弱な性格で貴方達古参の使用人にいいようにされている。と見せる方がよくない?」
私の言葉に「それもどうかと……」と、肩を落としたカットゥーロが呟いた。
「……あら、始まりましたわ。殿下」
カットゥーロとのひそひそ話に花を咲かせていた私の所に、辺境伯家の令嬢の声が届いた。
漸く始まったのね。我が家の護衛達には、前に出るな、目立つな。と言っておいたから。
王族に自家を売り込みたい方たちだけ、頑張ればいいよ。活躍して目立ってしまうと、後が面倒くさいもの。
我が家は、王都の勢力争いには加担しないからね。……辺境伯様とは違って。
「辺境軍の皆様はとてもお強いのですね」
辺境伯家ご当主の腰巾着のバリージア様が、羽のついた扇で口元を隠しながら言った。
「連合軍も善戦しているわよ、キエザ伯爵様も一番に走り出されたわね」と、辺境伯家のコンチェッタ様がバリージア様に微笑まれた。
……両軍とも、全軍を前進させて総当たりさせただけじゃない。少数の別動隊で横っ腹を叩くとかもないのね。
これを数時間見ているだけ?退屈!
「……ご当主様ならどうされますか」
「人間同士なら別動隊で横っ腹を叩く。魔獣馬を出すならそれで終わり。魔力ありなら私一人で大丈夫ね」
「……この顔ぶれでは、あまり戦術のお勉強にはなりませんね。ヴィヴィアーナ様ほどの魔力持ちも我が国にはおりませんので」
カットゥーロと一緒に、周囲には聞かせられないとても失礼なひそひそ話をしている間も、第二王子の周りでは褒め合い合戦が繰り広げられていた。
うふふ、おほほという令嬢の華やかな笑い声とともに。
これではまるで、王都の社交界と同じだわ。……デビュタントを済ませる前に結婚しちゃったから、大人の社交には参加したことないけどね。
「……あら、あちらで打ち合っていらっしゃる方、エンリカ様の婚約者ではなくて」
「お強いのね。辺境軍の副団長と互角だなんて」
「ええ、将来有望なお方なのね」
演習と言っても実戦に近い形態なら、こんな優雅に見学できないよね。近衛騎士団の訓練に見学にいくのと変わらない。
雨でも降って中止にならないかな。……なんて、独り言ちていたら……。
これは、神の行幸かも!——私一人にだけどね。
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