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「…………」
「…………」
「…………」
翌日、日が沈みかけた広場は重苦しい沈黙に支配されていた。
今朝もまた、犠牲者が出た。遺体の状態はこれまでと同じだった。獣に喰い裂かれたような傷跡。そして、誰一人として悲鳴に気付かなかったという事実。
夜になると、人は異様なほど深く眠る。もはやそれを不自然だと騒ぐ者はいなかった。
この村を覆う現象は、人の理解を超えている。ならば、それも“神の力”なのだろうと、皆どこかで諦め始めていた。
そして今、村人達の前に突き付けられている問題は一つ。
――今日、誰を処刑するのか。
「……誰も話さないな。まあ、当然か」
新村長が苦く呟く。――“人狼ゲーム”に従う。そこまでは決まった。
だがその先……では誰を選ぶのかとなれば、話は別だった。
二十人以上が広場へ集まっているというのに、誰一人として口を開こうとしない。
「処刑をしない、という選択肢もある」
「!」
その言葉に、俯いていた村人達が顔を上げる。
「投票以外の殺傷は禁止されている。だが、処刑そのものを行わないことについては、ルール違反だとは記されていない。実際、これまで投票を行わなくても神罰は下らなかった」
“神罰”。
あの光景を見せられてしまえば、誰もがそう呼ぶしかなかった。
本当に神なのか、それとも別の何かなのかは分からない。だが、人智を超えた力であることだけは疑いようがない事実だ。
「しかし……」
「まあ、当然だが」
新村長は一度言葉を切り、広場を見回した。
「処刑を行わなければ、人狼は減らない。明日も、明後日も、誰かが夜に殺され続けるだけだろう」
「…………」
「だからといって、仲間内から誰かを選べと無理強いするつもりもない」
その声には疲労が滲んでいた。
「ただ――それは、滅びを選ぶということでもある」
広場に小さなどよめきが広がる。
処刑をしない。……そんな選択肢があるとは、誰も思っていなかったのだろう。
だが、人狼は人狼同士の正体を知っている。人狼が人狼を襲うことはない。殺されるのは、常に村人だけ。
このまま何もしなければ、いずれ村人は全滅する。それは、自分が死ぬということだ。
そして家族が、友人が、恋人か。大切な誰かが死ぬということも含まれる。
「……いえ、投票は行うべきです」
沈黙を破ったのは、一人の男だった。
「そうしなければ、俺達は殺され続ける」
「最初は抵抗すればいいと思っていた。だが、夜になれば強制的に眠らされる。壁も壊せない」
「このままでは家族まで……」
その言葉に、大人達がそれぞれ自分の家族や大切な者へ視線を向ける。
「恨みっこ無し……とはいかねぇだろうな」
誰かが乾いた声で笑う。
「だが、やるしかねぇ。神様相手に綺麗事を言ってても仕方ない。俺は守りたいもののためなら、悪魔にでもなる」
「ああ。……だが、無闇に選びたいわけじゃない。情報を集めて、考えて、皆で選ぶんだ」
話し合いがまとまり始める中、隣でカイが二カッと笑う。
「なんかよく分かんねぇけど、良かったな!」
「……どうかな」
それに対して私は曖昧に返すだけだった。子供達の中で一番成熟しているセイルもまた、黙ったまま顔色が悪い。
これからこの村が歩むのは茨の道だろう。きっと地獄を見る事になる。人が人を疑い、選び、切り捨てるのだ。 そんな日々が始まる。
ふと視線を向ければ、幼いカイとユナは大人達の会話に興味を失ったのか、地面へしゃがみ込み砂遊びを始めていた。
――現時点で、村人は二十一人。対して、人狼は四人。
最短でも、人狼を全て処刑するには四日必要になる。
「…………」
胸の奥へ、重たいものが沈んでいく。この先、一体どれだけの人が死ぬのだろう。
「大丈夫よ」
「!」
俯いていた私の頬へ、しわだらけの温かな手が触れた。
「おばあちゃんがメアを守るから。子供は安心していなさい」
「おばあちゃん……」
優しく目元を細める祖母に、言葉が詰まる。
祖母は身体は小さく、足も悪い。だがそれでも長く生きてきた人だ。今の村の状況も理解しているだろう。
守ると言っても難しい。もとより夜はどこにいても元の位置に戻され、強制的に眠らされるのはここ数日で嫌という程知っている。
だが絶望的な状況の中、祖母はただ私に微笑んでいる。
力だけで言えば、この村で圧倒的な弱者であるはずなのに。それでも祖母の笑顔は私を安心させた。まるでどっしりと構える父のように。そして優しく包み込む母のように。
「……うん」
そうだ、泣き言なんて言っていられない。私には守りたい人がいる。
幸い、精神年齢だけなら私は十七歳だ。前の世界ではまだ子供だったけれど、この世界では十分大人として扱われる年齢だ。
――何が神の試練だ。まだ何も私は抗っていないじゃないか。
私の力はとても小さい。出来る事は少ないだろう。
けれど、それで全てを諦めるのは違う。
祖母も、子供達も、レナおばさんも村の人達、多くの人を助けたい。
「私も! 私もおばあちゃんを守れるように頑張る!」
「あらあら。頼もしいわねぇ」
両手に拳を握って祖母を見上げれば、嬉しそうに笑う彼女に何故だか泣きたくなった。
「嫌だぁぁぁああああ!!」
「レヴィ!!」
しかし、決意を新たにしたところで現実は容赦なく進んでいく。
あの後、大人達は別室へ移動し、投票について話し合いを始めた。
子供達には聞かせたくなかったのだろう。私も何とか様子を探ろうとしたが、結局見つかってしまい、カイ達と一緒に広場の砂場へ連れて行かれてしまった。
途中で抜け出そうかとも思った。けれど、カイとユナの不安そうな表情に気付き、一旦一緒に遊ぶことにしたのだ。まだ幼い二人は、この村で何が起きているのか正確には理解していないだろう。それでも、この数日で村の空気が変わってしまったことだけは感じ取っているようだ。
そうして数時間一緒に遊んでいたところ、レヴィと呼ばれた男性が広場へ駆け込んできた。
彼は確か、今朝光に貫かれて亡くなった女性に詰められていた人だ。
「待て!」
「これは決定だ!」
「嫌だ! こんな訳の分からない理由で死にたくない!!」
必死の形相で逃げる男と、それを追う大人達。そしてその言葉から大体の予想がついた。
……きっとあの人に票が集まったのだろう。
票が集まった理由は分からなくもなかった。犠牲になった子供とレヴィは同じ家で暮らしていた。そして家には、外から侵入された形跡がない。ならば犯人は家の中にいた者ではないか――そう考えるのは自然だった。
それに、今朝の光景を見た者は多い。子を失った妻の慟哭。涙に濡れた顔。夫へ向けられた怒り。あれを演技だと思える者は、ほとんどいなかっただろう。
そうして疑いはレヴィへ向けられた。まるで最初から答えが決まっていたかのように。
――けれど。
本当に、このゲームはそんな単純なものなのだろうか。
「…………」
人ならざる力が働き、常識の通じない現象が起きている。
そんな中で、人間の理屈だけを頼りに答えへ辿り着けるとは、どうしても思えなかった。




