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人形ノ奇劇 ー白の章ー  作者: みつば


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3


「…………っ、クソ!」


 吐き捨てるような声が響く。だが、それが誰のものだったのか分からないほど、広場にいる全員が疲弊していた。


 あの異様な出来事から数時間。村人達は総出で、村の外へ出る方法を探していた。


 力仕事に慣れた男達だけではない。女達までもが鉈や斧を振り上げ、村を覆う透明な壁へ叩きつける。しかし、鈍い音が返るばかりで、壁は微動だにしなかった。淡く浮かぶ不気味な紋様を揺らすことすらなく、ただ静かにそこに存在している。


「あちらの景色が見えているのに……」

「ガラスでもない。この素材は何なんだ」

「村を一周してみたが駄目だ。子供一人通れる隙間も無かった」


 壁の向こうには、いつもと変わらぬ森が見える。見慣れた山々も、夕暮れへ向かう空もそこにある。それなのに、誰一人として外へ出ることができない。


 魔法など存在しない世界で起きた理解不能の現象に、村人達は途方に暮れていた。


 あの板の言葉を、すべて真に受けたわけではない。だが、“村から出られない”という一点だけは、否応なく現実として突きつけられている。


 だからこそ、誰も口にはしないまま、同じ想像を胸の奥へ押し込めていた。


 ――もし、本当に。


「……今日、どうする」


 ぽつりと零れた声に、周囲の空気が僅かに張る。


「どうするって、何をだよ」


 返した男の声には、怒気よりも疲労が滲んでいた。何時間も壁を叩き続けたせいで、皆、体力も気力も削られている。


「……本当に、誰か死ぬと思うか?」

「!!」

「縁起でもねぇこと言うな! あんなもん、出鱈目に決まってるだろ!」


 鋭く返された怒鳴り声に、広場の視線が一斉に集まった。


 ――今日の夜。

 もし、あの声の言葉が正しいのなら、“誰か一人”が人狼に殺される。


 考えないようにしていた不安を突きつけられ、誰もすぐには口を開けなかった。


「あんな無茶苦茶な話があるか! 心配なら家に鍵を掛けて武装すればいい! 全員で一か所に集まってれば――」

「でも、それは禁止事項だろ!? ペナルティって何が起きるんだよ!」

「知らねぇよ!」

「現に、この訳の分からねぇ壁が目の前にあるじゃねぇか!」

「うるせぇな! だったら好きにしろ!」


 怒声が飛び交う。

 積み重なった疲労と恐怖が、ついに感情の均衡を崩したのだろう。大人達が掴みかからんばかりに言い争いを始め、それを止めようとする者、遠巻きに見守る者へと周囲は分かれていく。

 子供達の中には泣き出す者もいた。異様な空気に怯え、親の服を掴んだまま固まっている。


 広場は、ゆっくりと混乱へ沈み始めていた。


「静かに」


 低く通る声が、その空気を断ち切る。


「村長!」


 人混みの奥に立っていたのは、村長だった。

 彼は祖母と同じくらいの年齢のはずだが、その背筋は驚くほど真っ直ぐ伸びている。長年この村を束ねてきた人間特有の重みが、その立ち姿にはあった。


「今回の件、正直……儂にも分からん」


 村長は広場を見回しながら、静かに言葉を続ける。


「長く生きてきたが、あのようなものは初めて見た。村から出られなくなった理由も不明だ。念のため外への連絡も試みたが……どことも繋がらん」

「そんな……」

「じゃあ、本当に閉じ込められたってことですか……?」


 外へ出られないだけではない。外部との連絡すら絶たれている。その事実が、村人達の間へじわじわと恐怖を広げていく。

 だが、村長が片手を上げると、不思議とざわめきは収まった。


「一旦、様子を見るべきだろう。あの板は“処刑”などと言っていたが、それが真実とも限らん。正体も分からぬものの言葉を鵜呑みにし、無実の者へ手を掛ける方が愚かだ」

「……確かに」

「村長の言う通りだ」

「処刑なんて、悪戯じゃないのか?」


 山々に囲まれたこの村は、外界との交流も少ない閉ざされた土地だ。だからこそ、村長や年長者の言葉には強い説得力があった。

 長年積み重ねられてきた信頼が、不安に呑まれかけていた人々の心を少しだけ落ち着かせていく。


「そうだな……今日は飯も食ってねぇし、疲れて変なことを考えてるだけかもしれん」

「いや俺は最初から、あんな変な板の話なんざ信じてなかったけどな」

「嘘つけ。昼間ずっと震えてただろ」

「うるせぇ!」


 どっと笑いが起きた。


 張り詰めていた空気が、ほんの僅かに緩む。

 大人達は農具を片付け始め、それぞれ家路につき始めた。私達もまた、その背中を追うように広場を後にする。


 けれど私は、胸の奥に沈んだ不安だけは……最後まで消えることがなかった。





「……キャァァアアアアア!!」

――翌朝、何者かに惨殺された村長を見るまでは。








***


「…………」


 広場を包む空気は、昨日とは比べものにならないほど重かった。


 ――村長が、死んだ。

 それも、何者かに殺されるという最悪の形で。


「…………」


 三十人程度の小さな村に、全員が入れるような建物は存在しない。だから不本意ながら、私達は再びあのボードの浮かぶ広場へ集められていた。

 中央に視線を向ければ、棺の中で静かに眠る村長の姿がある。


「……親父っ」


 嗚咽を押し殺すような声を漏らすのは、村長の息子だった。

 年齢は四十前後だろうか。村では父親思いの誠実な男として知られており、祭事や会合ではいつも村長の隣に立っていた姿を覚えている。

 今も彼は、時折苦しげに歯を食いしばりながら、それでも喪主として気丈に振る舞っていた。

 炎の向こうで執り行われる葬儀は厳かで、けれど見ているだけで胸が締め付けられるほど痛々しい。



「……皆さん」


 それから幾何か時間が過ぎ、静まり返った広場で村長の息子がゆっくりと口を開いた。


「俺は……この板に書かれていた“人狼ゲーム”は、もう既に始まっていると考えています」

「!」


 その言葉に、広場の空気がぴたりと張り詰める。

 彼は燃え盛る炎を見つめたまま、絞り出すように続けた。


「親父の死因は……村長の遺体には、人間が付けたようなものじゃない傷がありました。まるで、獣に噛み裂かれたみたような」

「……なんと」

「そんな……」


 低いざわめきが広がる。村長の息子は拳を握り締めたまま、なおも言葉を続けた。


「この村に肉食獣はいない。……それに、昨日から村はあの壁に閉ざされている。外から何かが入ってきたとも思えない」


 そこで初めて、彼は広場の外縁を覆う透明な壁を睨みつけた。

 親の仇を見るような、鋭い目で。


「だから、これはきっと……“人狼”の仕業である可能性が高い」


 ざわり、と。

 一瞬で広場に動揺が走る。


 それはつまり、空に浮かぶあのボードの言葉を認めろということだ。

 あまりにも荒唐無稽な、あの“ゲーム”を。


「あなたは……本当に人狼ゲームを信じると言うのか?」

「…………」

「つまり、この村の中に人狼が紛れていて……そいつを処刑すると、そう言いたいのか?」

「なっ……!」

「え……?」


 次の瞬間、数人の大人が勢いよく立ち上がった。

 彼らはそのまま喪主である村長の息子へ詰め寄る。


「確実な証拠も無いのに、そんな話を信じるのか?!」

「村長が亡くなった今、お前に権限があるのは分かる! だが、そんな真似は認められん!」

「そもそも、人間の犯行かもしれないだろう!」

「罪の無い仲間や家族を、疑いだけで殺せるか!!」


 胸ぐらを掴まれ、激しく揺さぶられても、村長の息子は抵抗しなかった。だがお互いその顔には怒りよりも、深い苦悩が浮かんでいる。周囲の村人達も、詰め寄る大人達と同じ気持ちなのだろう。

 誰もが、人狼ゲームなど信じたくない。

 たとえ人が死んだとしても「人外がいる、疑わしい者を処刑しよう」――そんな結論に簡単に辿り着けるはずがなかった。


「…………」


 けれど。

 私は胸の前で組んでいた手を、ぎゅっと握り締める。


 信じたくはない。――でも。


 昨夜“あれ”を見てしまった以上、完全に否定することもできなかった。


「メア、大丈夫?」

「……セイル」


 顔を上げれば、心配そうに眉を下げたセイルがこちらを覗き込んでいた。

 どうやら私が大人達の怒鳴り合いに怯えていると思ったらしい。


「メア。もう葬式も終わったし、一緒に帰ろうか」

「そうだね。ユナもカイの家に行くから、メアも来なよ」

「なんでお前が来るんだよ。呼んでねーだろ」


 軽口をいいながらも、カイも気遣うようにこちらを見ている。

 その隣で、ユナがそっと私の手を握った。


「……うん。ありがとう」


 三人の優しさに甘えるように頷き、私は立ち上がる。

 そして彼らの背中を追いながら、胸の奥で渦巻く思考から目を逸らせずにいた。


「…………」


 昨夜、私へ与えられた【狩人(かりゅうど)】という役職について考えながら。




――残り――

村人:25名

人狼:4名

合計:29名

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