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19話 しがらみ


王都の離宮。


その一室は 壮麗だが 人の息遣いがしない 冷たい場所だった。

国王の召喚という名目で 俺たちはこの完璧な『鳥籠』に『隔離』されていた。


アッシュ領の土の匂いとは程遠い 磨き上げられた大理石と 古い書物の匂い。


俺は 主であるソフィアお嬢様の半歩後ろに控える。

彼女は 震えていない。

あの馬車の中で『トラウマ』を焼き切った彼女は 今 まっすぐに扉を見据えている。

領主として 敵地に乗り込んできた『交渉人』の顔だ。


やがて 扉が開き 三人の男が入室した。


先頭は 第二王子カイン。

あの凱旋の日と同じ 完璧な笑顔。完璧な所作。

その淡い紫の瞳が 俺たちを まるで値踏みするように 穏やかに見つめる。

「ようこそ アッシュ領の英雄令嬢とその使用人」


続くのは クライネルト公爵イグニス。

ソフィアお嬢様の 実の父親。

その厳格な目は 娘であるはずのお嬢様を 一瞥いちべつしただけ。

まるで 道端の石ころを見るかのように。


最後は 弟のレオン。

彼は 姉であるお嬢様には目もくれず ただ カイン王子の背中だけを 狂信者のように見つめている。


(……来たか。クライネルト家の『腐敗』そのものが)

俺は 完璧な執事の礼を崩さない。


(王都(ゴミ溜め)の害虫の中でも 特別に『質』の悪い連中だ)


カイン王子が 拍手でもしそうな仕草で 口火を切った。


「ソフィア・クライスト嬢。まずは アルフレッド兄上の反逆を未然に防いだ功績、見事でした。父上も あなたの復権を望んでおられる」


『復権』。


甘い餌だ。

カインは そう言うと イグニス公爵に視線を送った。



イグニス公爵が 待っていたかのように一歩前に出る。

その冷え切った目が ようやく娘を捉えた。

無価値なモノとして。


「ソフィア」


その声には 親子の情など 一欠片も含まれていない。


「お前が反逆の片棒を担いだことは不問にしよう。だが アッシュ領は 我がクライネルト公爵家の所有地だ」


……ほう。やはりそうきたか。


「よって その土地から産出された利益(AMS/RC)の所有権は 法的に 全て私に帰属する。――お前の遊び(ビジネス)は ここまでだ。生産方法と販路の全てを 即刻 公爵家わたしに引き渡せ」


ソフィアお嬢様が 息を呑む。

実の父からの 剥き出しの強奪要求。

その彼女の動揺を見逃さず 弟のレオンが 狂信的な目でカインを見ながら 追撃した。


「姉上。父上の仰る通りです。あなたはクライネルト家の恥を これ以上晒さないでいただきたい! その執事にそそのかされているのでしょうが あなたの功績は 全てカイン様の御威光あってのものです!カイン様の名を汚す前に 全てを献上すべきだ」


『父』からの強奪。


『弟』からの侮辱。


完璧な揺さぶりだ。以前の彼女なら トラウマが再発してもおかしくない。


だが お嬢様は 崩れなかった。

彼女は 俺に助けを求めることなく

自らの意志で 父と弟を 真っ直ぐに見返した。


「……お父様。レオン。お言葉ですが」

その声は 震えていなかった。

あの絶望の淵で目覚めた 領主の声だった。


「利益は アッシュ領の民が流した汗の対価です。それは クライネルト家の名誉のためでも カイン殿下への献上品でもありません――そして アッシュ領の領主代行として その利益を民に還元し 彼らの未来を守るのが 私の義務です」

彼女は 言葉を切った。




「――よって その要求は お断りいたします」




……完璧だ。最高だ。

口の端が吊り上がるのを 必死でこらえるのに苦労する。



「貴様……!」

イグニスが 娘からの反論に激昂する。



その完璧なタイミングで 俺は議論に介入した。

ソフィアお嬢様の 半歩後ろから。


「イグニス公爵閣下。お嬢様の仰る通りです」

俺は 完璧な執事の礼を捧げる。


「それに 法的に申しましても閣下の土地から産出されるのは 価値のない塩水と グロテスクな甲殻類のみ。それらを商品に転換する生産プロセス および ボルジア伯爵との独占販売契約は 全て ソフィアお嬢様の資産です」


俺は 皮肉を込めて 微笑んだ。


「しかしながらお嬢様は公爵閣下のご息女ゆえ寛容でございます。土地をお望みならば どうぞお返しいたしましょう。ですが その工場ビジネスは 我々と共に移転することになりますが?」



土地所有権イグニス 対 ビジネス所有権ソフィア



これで 議論は膠着こうちゃくした。

「ぐ……!」

イグニスが 論破され 言葉に詰まる。



その凍りついた空気を 完璧な笑顔が溶かした。



「まあ お待ちください イグニス公」

カイン王子だった。


「執事殿の言うことにも 一理ある」

カインは ゆっくりと立ち上がり


初めて ソフィアお嬢様に真っ直ぐ視線を向けた。

「ですが ヴィンセント殿。そのビジネスは もはや一貴族が扱える規模を超えています。王国の重要資産です」





カインが 俺たちに歩み寄る。





その目は 穏やかだ。





「そこで 合理的な調停案といきましょう。イグニス公は土地の権利を。ボルジア卿は契約の権利を……ですが そのビジネスの核である あなた(ソフィア)は あまりに危険だ」



「え?」

お嬢様の目が 見開かれる。

無理もない。会話の内容は土地や利権に関することだった。まさかここで自分に白羽の矢がたつとは思わなかったのだろう。


「あなたは その価値ゆえに 第二のアルフレッドに狙われるかもしれない。実に 危うい」

カインは 彼女のすぐそばで 完璧な笑顔を浮かべた。


その淡い紫の瞳が 獲物・・・を見るかのように 彼女に固定される。

「よって ソフィア・クライスト嬢。あなたの身柄と ビジネスの全権は」



――当面の間 王家ボクが 保護下に置きます――




「これは あなたを守るための 王命です」


……なんだと?

イグニスの利権カネでも 俺の知略ビジネスでもない。



この男は 調停という建前で

ソフィアお嬢様本人を 王都(カインの鳥かご)に 隔離(所有)する と そう言ったのか。


――こいつは イグニス(老害)やアルフレッド(愚者)とは 次元が違う。



合理的な仮面を被った 最悪の怪物だ。



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