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20話 応酬


カイン王子の冷徹な宣告が壮麗だが冷え切った謁見室の空気を支配した。


「当面の間王家ボクが保護下に置きます。これはあなたを守るための王命です」


……王命。

なるほど。パパ(国王)の権威という大槌おおづちで真正面から議論を叩き潰す気か。


実に野蛮で実に王族らしい手だ。

これに反論すれば今度こそ我々が反逆者となる。

完璧な詰み(チェックメイト)のつもりらしい。


ソフィアお嬢様がその本質(軟禁)に気づき息を呑む。


相手側に目線を向けるとイグニス公爵が狼狽しているのが分かった。

当然だ…自らの獲物であるアッシュ領の利権が横から王家に強奪されようとしているのだから。


あの男の関心である根源は『金と名誉』……実に分かりやすくて助かる。

だがお嬢様の弟君のレオンは違う。


自らの主人たるカインの一挙手一投足を見て。しっぽを振って悦んでいる。

あまりお近付きになりたくないくらいに気色の悪い信仰だ。



ここで行くしかないな。



俺はその絶体絶命の状況下であえて一歩前に出た。

彼女の盾としてではなくカイン王子の対等な交渉相手として。


「カイン殿下。その合理的なご判断実に見事でございます」

カインは完璧な笑顔で俺の賞賛を受け入れた。


「――ですが殿下。その完璧なご計画にはただ一つ致命的な欠陥がございます」


「……ほう。面白い」


カインの淡い紫の瞳が興味深そうに俺を捉える。


「執事殿の言う欠陥とやらをボクに聞かせていただけますか」


いけ好かない坊ちゃんよ。

お前が合理的だと言うのならその非合理性を証明してやろう。


俺はカインの建前を逆利用する。


「殿下はアッシュ領のビジネスを王国の重要資産と判断された。そして……それを保護するためにお嬢様の身柄も保護なさると仰せられた」




「――ですが殿下。そのご認識は根本的に誤っております。アッシュ領のビジネスの核は塩でも甲殻類でもありません」

俺は断言する。



「それはアッシュ領の民と、ソフィアお嬢様との間にのみ存在する絶対的な信頼関係でございます。あの生産体制は、お嬢様という心臓が存在するからこそ機能するのです」


俺はあの夜絶望の淵で民の前に立ちグロテスクな甲殻類(RC)を口にした彼女の姿を思い浮かべる。


あの瞬間に生まれた絆こそが俺たちの最強の資産だ。


「もし殿下がその心臓ソフィアをアッシュ領(本体)から引き剥がし、この王都(鳥かご)に隔離なさればどうなるか」

俺はカインに冷徹な現実を叩きつける。


「――その瞬間アッシュ領の生産体制は停止しあなたが保護しようとした重要資産は価値ゼロになりますが?」



俺の論破が謁見室の空気を凍らせる。

イグニスがその盲点に気づき息を呑んだ。


俺はカインの建前を盾に彼の政治的な一手を完封した。



そう思った。




その瞬間。




「……っ!この執事風情が!」

沈黙していたレオンが激昂して立ち上がった。


「使用人の分際でカイン殿下の御前で何を!」

レオンが俺に掴みかかろうとしたその時。


「――レオン」

カインが笑顔のまま弟を制した。

だがその声は絶対零度だった。


「ボクのモノに手を出すのか?」


「ひっ……!」

レオンが恐怖と歓喜に震え息を呑む。


「も申し訳……」

彼はその場に凍り付いた。


……モノ?

俺は今初めてカインという怪物の本性その鱗片に触れ戦慄した。


こいつ俺を自らのモノとしてカウントしたのか?


いや違う。こいつがモノと呼んだのは……

ソフィアお嬢様か?あるいはこの議論ゲームそのものか?


カインは凍り付くレオンから俺へと視線を戻し完璧な笑顔を浮かべた。

「失礼したね執事殿」


そしてしばし考え込む素振りを見せるとカインは肩を震わせ声を立てて笑い出した。


心の底から愉快でたまらないという狂気的な笑顔で。

「……ああ。ああなるほど!素晴らしい!素晴らしいぞ執事殿!」


……面白い。

こいつ俺のプレゼンをただの娯楽として楽しんでやがる。


アルフレッドやイグニスとは格が違う。

「資産の核は信頼だと?心臓だと?……実に非合理的で実に面白い!」


カインは立ち上がった。

「よく分かりました。あなたの論理は正しい。『心臓』を隔離しては『本体』が死ぬ」


「ならば話はシンプルです」

カインは俺たちに向かって

その狂気的な笑顔のまま次なる王命を宣告した。


「もし『心臓』が王都に来られないのならば」






王都ボクがアッシュ領(心臓)に行けばいい」





……なんだと?


「――ソフィア・クライスト嬢。イグニス公。レオン。そして執事殿。聞け」




「アッシュ領だ。ボクもお前たちも全員あのゴミ溜めに引っ越すぞ」




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