課外授業一日目、終了
七章(その3)、課外授業一日目、終了
二人はイッセン領の街に来ていた。ここのギルドからまた『転送魔法』で帰るためだ。
エンリケはくたくただった。アイリンは微笑むと、彼を通りに面した小店にいざなう。
「腹が空いただろう。ちょうど夕方だし食事していこうか」
店の中は客でにぎわっていた。エンリケは初めてのいわゆる『大衆食堂』に目を見張った。
この店には一品しか料理が無かった。やがて、二人の前にも運ばれてくる。
(わ……すごくいい匂いだ)
ジャガイモの生地に包まれた若鶏の蒸し焼き。ふわあっと湯気をあげながらエンリケの鼻腔をくすぐる。なじみのない料理だったが、これはおいしそうだ。
食べてみると意外にもピリ辛だった。けれど疲れた身体には程よい刺激になる。
隣を見ると、師匠はすでに二つ目を平らげたところだった。
ギルドに向かう道には、魔法関係の店が多く立ち並んでいた。その中の一つ、ガラス瓶が所狭しと並んだ店に、エンリケは目を留めた。
(薬屋さんかな?)
覗き込んだエンリケ。ガラス瓶の中身を見てしまった彼は、先ほどの若鶏が飛び出るかと思った。
「?!!」
「どうした?―――ああ、『精霊屋』か」
陳列されている瓶の中には、きらきらと光を発しながら座っている小さな精霊達がいた。
「あ、あれって―――」
「精霊を売っている店だよ。瓶に入っているのは人工の精霊だ。魔法使いでない人が、どうしても魔法を必要とした時に、まあ、買っていく」
アイリンはちらりとエンリケを見た。彼の目はまだその瓶に釘付けになっている。というのも、カリストという精霊を良く知る彼にとっては精霊は友人、家族に近しい存在だ。それが商品として並んでいることに衝撃を覚えたのだ。アイリンは苦笑する。
「ショックか?安心しなさい、精霊とは名ばかりで、結局は見せかけの姿をした魔力人形だよ。魔法道具だ。精霊と言えば聞こえがいいから、そう呼んでいるだけでね」
エンリケはほっと息を吐き出した。
「……心臓に悪いです」
「そうかもな。ほら、ギルドは目の前だ」
アズブルクに戻ってきた。二人は番人に挨拶して部屋をで、出口へと向かう。
「ああ、そうだ、その前に」
アイリンは向きを変えると、すたすたと別の方向に歩き出した。エンリケは慌てて後を追う。
彼女がやってきたのはギルドの受付、のような場所だった。エンリケにはそのように見えた。
「ああ、それで―――」
アイリンは受付の魔法使いと話をしている。
受付の魔法使いがエンリケに目を向けた。
「エンリケ様ですね。『タビサンザシ採集の依頼』を達成されましたので、お渡しするものがございます」
「えっ?師匠、どういうことですか?」
戸惑うエンリケに、アイリンは微笑んで一枚の紙を渡した。
“タビサンザシの実 十個 至急 エッベルス商会”
見覚えの無い依頼書だ。アイリンは種明かしをした。
「今日、出発する時に見つけてな。今回の課外授業にはちょうど良かろうと思ったのさ。……ほら、労働の対価というやつだ」
アイリンの言葉に、受付もうなずく。
「ただ、エンリケ様は魔導師資格をお持ちで無いので、報酬をお渡しすることが出来ません。ですので、こちらをお持ち下さい」
受付の差し出す紙を、エンリケは受け取った。
お礼状である。受付は、エンリケが将来魔導師資格を取ったなら、報酬と引換えることが出来ると説明した。
「それでは、またのお越しをお待ちしております」
帰り道、また馬に乗って帰る。日はもうとっくに暮れて、星が藍色の空に散らばっていた。アイリンは、自分の背中にもたれるように眠ってしまったエンリケを起こさぬよう、そっと馬を進めていた。
(遅くなってしまった。こりゃカールさんにお叱りを受けるな)
けれど、エンリケが勝ち取ったお礼状を見たら彼はどう思うだろう。ギルドのサインが記された依頼達成の証。
(誇っていい)
アイリンはそっと溜め息をついた。エンリケにそれだけの力があるのなら、早く方法を見つけなければ。魔力消費の手段を。
遠くに見える屋敷の明かりが、人工精霊たちの光の如く夜闇に輝いていた。




