課外授業「空中」
八章、課外授業「空中」
フランクが十五歳の誕生日を迎える。ツルカが死去して以来初めての明るい出来事であった。ゆえにカフカ家では宴が催されることになった。エンリケたちをはじめとした分家一族も集まるし、ガストンやアイリンにも招待状が届けられた。
「ガストン殿はともかく、私もか……」
アイリンはそうつぶやいて封書をローブにしまった。フランクとは直接関係の無いアイリンも是非にということだ。
(まあ、名前を貸すくらいなら良いか)
アイリンの名―――特に『轟雷』の異名は、上級魔法使いの間ではよく知られている。カフカ家としては、「名の知れた魔導師さえも祝いにやってくるのだ」ということを世間に知らしめたいのだろう。
(特に今年十五歳を迎える地方貴族の子息達は皆粒ぞろいだという噂もあるしな)
カフカ家としては負けられないのだろう。
「師匠」
エンリケがやってきた。
「今日一日、街に行く許可を頂きたいんです」
「ほう、用事でもあるのか?」
エンリケはうなずくと、フランクに贈る品を見に行きたいのだと話した。
「なるほどな。しかし、品物の見当は付いているのか?」
「えっと、大体は……」
アイリンは弟子が握り締めている紙片に目を落とした。贈り物の候補を書き連ねた目録のようだ。
アイリンは少し考えた。……そういえば自分も、招待されている以上、正装は用意しなければならないだろう。だが生憎、今は手元に無い。
(というか、少し前に売ってしまったからな)
「分かった。私も用意したいものがある。一緒に行こうか」
「はい!」
「師匠、僕にことは気にしないでください」
「本当に大丈夫なのか?」
エンリケの目録に記されている品物の多くはアズブルクで手に入れることが出来るが、この地域の品物は、極端な言い方をすればカフカ家の所有物である。そのことに思い至ったエンリケは、別の街にまで探しに行こうとしているのだが……。
移動の問題がある。先日使った『イシスタルの鏡』は、使用できるのは一月に一往復までと決まっており、泣いても笑ってもギルドは使わせてくれない。それならアイリンの魔法で飛んでいけば良いわけだが。
アイリンは雷魔法を使う。どういった原理で飛行に雷が必要なのかは知らないが、そのことが大きな壁となってエンリケの前に立ちはだかっていた。
「僕っ、耐えて見せます!」
エンリケは血の気の失せた顔で宣言した。言っていることの説得力がまるで無かったが、彼の目は本気だった。
「しかし―――」アイリンが珍しく困惑している。
「お願いします」
エンリケがこれほど強く希望するのは、もう一つ理由があった。
(師匠がどうやって空を飛んでいるのか、ずっと気になっていたんだよな……)
弟子の好奇心を見抜いたのか否か、アイリンは溜め息をひとつついて「分かった」と返事をする。エンリケは嬉しさ半分、もう半分でごくりと生唾を飲み込んだのだった。
「人が空中に留まるには、重力に対抗できるほどの風の力が必要だ。しかも、地上から上空へ飛び上がるにはさらに大きな力が必要になる。だから私は普段から助走代わりに雷魔法を使っていてね」
アイリンは杖を自分の脚に向け、パリッと電撃を放った。
「つまり、雷で筋肉を刺激して、空へ跳躍しているのさ。地上で大きな風魔法を使うと周囲に迷惑がかかるだろう?さて、準備はいいか?」
アイリンの説明どおり、地上から風の力だけで飛び上がろうとすれば、竜巻並みの風を作り出さねばならない。けれど、自分の脚力を一瞬でも増強できればその心配はいらないということだ。
エンリケはゴーグルをつけ、師匠にうなずいた。
「では、行くぞ」
アイリンはエンリケに杖を向け、小さな雷魔法を彼に飛ばした。
パリパリパリッ
(!)
早くもエンリケの視界がぼやけ始めた。そのまま暗転しそうになる。
(いや!これくらい我慢して見せろ!)
その時アイリンがエンリケの腕を掴み、
「跳ぶぞ?」
と言った。エンリケはぐっと歯を食いしばる。
「行けます!」
小さな雷撃とともに、二人は空中へ飛び立った。
ものすごい速さで地面が遠ざかる。下を見ると、およそ十メートルほどの高さに自分たちがいるのだと分かった。
「無事か?」とアイリン。エンリケはぐっと拳を握って答えた。
「はい!平気です!」
「……その割には顔が青いが」
アイリンは呆れながらも微笑んだ。弟子の僅かな成長にである。
上昇気流に乗って、二人は雲の高さにまで昇った。
(師匠はいつもこんな景色を見てたのか)
アズブルクの森や町が足元を流れて行く。家々の瓦の色や木々の緑が混ざり合って絵画のようであった。
と、下を覗き込みすぎてエンリケは体勢を崩してしまった。ぐるんぐるん、と回転する。空中では身体が安定しないのだ。隣で跳んでいる師匠を見ると、いとも優雅なのに。
エンリケの回転がなかなか止まらない。アイリンが見かねて脚を掴んでくれなければずっとそのままだったに違いない。
「なかなか大変だろう。疲れたか?」
「は、はい……」
アイリンはすっと杖を振り、自分たちを前方に押し出していた風を止めた。すると二人とも浮いた状態になる。顔に当たっていた風が止んだので、エンリケは冷えた頬をさする。既にかぺかぺだ。
「練習が必要だな」と、アイリンはエンリケを掴んでいた手を離す。
「?!」
エンリケの回転運動が再開した。アイリンは何食わぬ顔でそれを眺めている。
「十五分以内に身体を安定させてみなさい。君ならできるはずだ」
「あれ、もしかしてこれって授業ですか?」
「私がいつ授業を中止して街に行くと言ったかね?」
「う、はい……」
地上の人間が上を見上げたなら、実に珍妙なものが見えたに違いない。上空でくるくる回転している少年と、それを眺めている女である。
「上半身に力を入れるな。腹筋と腰から下だけでいい。綱渡りのようなものだ」
「ぐぐぐぐ」
エンリケが奮闘している間、アイリンが教授する。
「エンリケ、魔法使いにとって最も重要なのは体力だ。魔法など二の次に過ぎない」
「そ、そうなんですか?」
アイリンはうなずいた。
「魔法に頼り、自分の力で問題を解決出来ないのであれば、どうあがいても三流の魔法使いにしかなれない。魔力が切れたら、そいつはどうすればいいんだ?魔力が溜まるのを待つのかな」
「えっと……」
「私が『テュール・トーナメント』に出た時の話しをしようか。私は運よく決勝戦に進むことが出来てね、そこでは一対一の決闘が行われた」
「決闘……でも、師匠なら」
「トーナメントはそんなに甘くない。私でさえ二、三度死に掛けたほどだ」
アイリンがそれほどまで言うトーナメント。エンリケの想像を絶していた。
「―――途中までは魔法で対決していたのだが、私も相手も魔力が尽きてしまってな。最後は殴り合いで勝負が決まったのだよ。手段はどうであれ、勝てば勝ちだ」
アイリンはにやっと笑うが、名のあるトーナメントの最終決戦が殴り合いだったなど、なんとなく知りたくない事実だった。
「いやあ、相手は私より若かったからな。私が軍隊で鍛えてなければ負けていただろう」
アイリンは思い出に浸り始めた。対してエンリケは、まだぐるぐると回ったままだ。
(と、とにかくこれをどうにかしないと)
エンリケは目を閉じて風の中の自分に集中した。




