酒は飲んでも飲まれるな、その後
十五章(その6)、酒は飲んでも飲まれるな、その後
「エンリケ、ペルロッドはここと違って暖かいみたいだから食べ物には気をつけて。それから……」
マルジャがこまごまと小言を言うのを聞きながら、エンリケは出立の準備をしていた。師匠の蔵書を全て持って行くのは無理だと気づき、必要なものを厳選しなければならなかった。
「それからね、これ、エンリケにどうかと思ったんだけど……」
マルジャは前掛けのポケットから小さな包みを取り出した。
「誕生日の前祝に」
エンリケは目を丸くしてその包みを受け取った。
「あけてみて」
マルジャはやや照れたように言う。エンリケが言われたとおり包み紙を外すと、中から出てきたのは上等な眼鏡だった。
「最近、遠くを見る時よく目を細めてるみたいだから……。多分夜遅くまで勉強しているせいじゃないかな」
「これを僕に?」
エンリケは試しにかけてみた。すると眼鏡の内側に刻まれていた魔力回路がうっすらと光り、ちょうど良い度に合わせてくれる。
「わあ、気がつかないうちに視力が落ちてたのかあ……。でもこれをどこで?」
「バールさんに頼んでマドーラ・カンナまで連れて行ってもらったんだ。あそこは意外に品物が揃っているから」
エンリケは驚いた。マルジャは忙しい下宿屋の仕事の合間を縫ってわざわざ探しにいってくれたのだ。
「っ――ありがとう、マルジャ。大事にするよ!」
エンリケはがしっとマルジャの手を握った。マルジャは顔を赤らめはしたもののしっかりと握り返す。
「伸びても髪はちゃんと切るのよ」
「わ、わかってるよ」
「はっ」
エンリケは目を開けた。ここはどこだっけと一瞬考え、自分はカンドゥール学院に来ていることに思い至った。
「あれ?いつの間に夜になったんだろう……?ここは多分寮だよね。というか、僕はいつ寮に帰ってきたんだ?」
「……起きたのか」
気がつくと隣のベッドに見知った顔があった。
「ダニー、ここ二人部屋だったのかい?」
ダニーは目を擦りながら起き上がり、「ん」とうなずいた。
「夢でも……見とったのか?」
「え?」
「いや、やけににやにやした寝顔だったけん……」
「あー……そうだね、見てた気がする。とりあえず僕は記憶が飛んでるんだけど、あの宴で僕はどうなったんだ?なんで知らぬ間に夜になってるの?」
ダニーはじっとエンリケを見て黙り込む。
「え、何、何なの」
『坊ちゃん、覚えてないのですか?実は―――』
シルウィアが宴での顛末をかいつまんで説明し、やっとエンリケの頭が覚醒する。と、同時にさっと青ざめる。
「あれは、地獄だった……。あの酒を飲んだ瞬間、魔力の川に投げ込まれた気がしたよ」
今もまだ過剰な魔力が身体に残っている気がして気分が悪い。
「そいは、おいも思ったばい」
「それにしては平気そうだね」
エンリケが言うと、ダニーはもそりとベッドから這い出て、ハンガーに掛けてあるローブのポケットから小さな紙袋を取り出した。
「こん薬のお陰たい。エンリケの精霊魔法で意識は戻ったけど……過剰な魔力は残ったまま。そげん状態で長くおると魔力が暴走するやろ……。ひとまず魔力を沈静化させるのに役立つけん……飲むか?」
「下さい」
ダニーから小さな丸薬を受け取り、エンリケははっとした。この薬は……。
(母様がよく飲んでたな、これ)
「ちなみに……他の生徒には一粒4ペルロッド銅貨で売ってみた……材料費を考えれば大安売りばってん、魔導師資格がない生徒の作った薬なら、こんなものやろ……」
「結構危ないことするね?!」
そうは言いつつも、エンリケは感謝して丸薬を飲み下した。
「ちょっと楽になってきたよ。目が覚めちゃったし少し本でも読もうかな……」
「おいは寝る」ダニーはベッドに潜り込んだ。
「うん、起こして済まない。薬ありがとう」
ダニーはすでに寝入ってしまったのか寝息を立てていた。
「さてと」
エンリケは荷物の中からアイリンの本を出して広げた。すると近くの蝋燭に自然と火が灯る。
「ありがとうシルウィア」
『いえ』
アイリンの本はどれもびっしりと書き込みがされている。字が細かいので読むのも大変だ。エンリケはふっと微笑んで眼鏡をかけた。




