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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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酒は飲んでも飲まれるな

十五章(その5)、酒は飲んでも飲まれるな


 「ところで、ダニー君」

エンリケの後ろを歩きながら、マノンは隣をのっそり歩いているダニーに話しかけた。

「……何ね?」

「私ね、呪いのせいで魔力は感じ取れないけど、人の感情の動きはとても敏感に感じるの。さっきからあなたから良くないものを感じるのよね」

今までのどこか自信なさげなマノンではない。丸い目が油断なく細められ、もしかするとオッドアイのダニーよりも迫力が出ている。ダニーは虚を突かれたようにせわしなく瞬きをした。

「具体的に言うと」マノンは平坦な声で続ける。

「エンリケ君が透視精霊を呼び出した時からね。あの瞬間にあなたの心に細波がたった。これは飽くまでも憶測だけれど、ダニー君の目……片方は失明してるって言ってたけど、それだけじゃないんじゃないの?」

ダニーは長い沈黙の後、そっと手を動かして右目――蒼眼のまぶたに触れた。

「こっちが見えとる目」

次に左の碧眼に触れ、

「こっちが見えとらん目たい。この目は……おいが生まれつき持っとるほうで、見える蒼いほうが……魔法道具の義眼。もともと両目とも緑色やった」

「じゃあ、実験で色が変わったのは嘘なのね」

「そう。おいの目はちょっと珍しか代物で……言うなれば千里眼の劣化版。透視が出来た」

透視、とマノンは目を丸くする。

「おいのご先祖様に千里眼持ちがおったとばい。子孫には遺伝せんかったけど。でも、おいは半ば意図的に千里眼を持つように造られた……。なんでって、この目は高く売れるけんね」

ダニーは指を目から離して溜め息をつく。

「千里眼なんて、皆が欲しかに決まっとる。おいのは劣化版で、両目が揃っとらんば碌に見えんけど……生身の人間だったらの話で、利用価値は結構あるったい。おいの右目は、他でもない親父に抉られた。左目も盗られる前になんとか逃げ出して……ニコラス先生に会った。先生は義眼と、残った左目の視力を奪う薬ばくれた」

じっとダニーがマノンを見下ろすと、彼女は顔面を蒼白にしてうつむいていた。

「視力と一緒にかすかな千里眼の力も無くなった。おいは、家に戻らずに先生の生徒になった。そんで、そこで勉強しているうちに一つの噂が飛び込んできた。あの目……おいの右目を使って、新しい精霊を作ったっちゅうニュースばい。親父は……あれを魔道研究者に売ったごた。人間が召喚できる精霊が一体増えた、それだけのことけど、もとはおいの目。多くの人に有効活用されてるなら今更どうこう言うつもりは無いばってん、ちょっと複雑な気持ちになった。だけんエンリケの魔法を見てつい、いらいらしたっちゃ。……悪い」

「……そっか。私も無遠慮に聞いちゃってごめんね。てっきりダニー君がエンリケ君に良くない思いを抱いてるんじゃないかって、誤解しちゃったの」

マノンは肩を落として誤った。ダニーは気にするなというふうに彼女の肩を叩く。

 エンリケはユーリの魔力を辿りながら、ひっそりと溜め息をついた。自分が「光を纏う千里の風」と呼び出した精霊は、光を失った少年から生まれたものだったのだ。シルウィアが鍛冶場から生まれたように、人間の器官に魔力が宿れば精霊を生み出すことも出来るのかも知れない。精霊にはそれぞれに生まれた理由がある。そしてそのどれもが必然だと思っていたが、ダニーのあれはあっていいことではない。エンリケは盗み聞きを後ろめたく思うも、聞かなければ良かったなどとは思わなかった。自分は精霊魔法を極める必要がある。アイリンが言っていたように、夢の先に進まなければならないのだ。その為に、今の話は自分の胸の奥に留めて置こうと思った。そう、例えばシルウィアやシャマーラがエンリケに憑いているのと同じことが、ダニーにも可能かも知れない。火地風水の精霊と違って高位の特殊魔法の精霊を宿すことが出来るかは分からないが……。エンリケはローブに中で手帳を握り締めた。



 「ようこそ研修生の諸君!今日はなんとも初日にして決闘を見られるという素晴しい日だった!さあ遠慮せずに座りたまえ!」

やたら明るいユーリの声に促されて、三人はその部屋に入った。周りの教室と違いぐっと落ち着いた雰囲気だ。壁の色はこげ茶色で天井には立派な照明がついている。一目で接客用だと分かる趣だ。

 すでに大きな円卓には十名ばかり座っている。学年はまちまちのようだが、それぞれの学科で優秀な成績を修めているに違いなかった。彼らの制服には首席を表すバッヂが輝いていた。

「えー、お集まりの諸君。今日は我らがカンドゥール学院に新しい仲間が加わったことを祝って、そして特殊科という稀な」

「生徒会長」

ユーリの挨拶を遮って、大きな眼鏡をかけた女子生徒が声をあげる。

「堅苦しい挨拶はやめましょうよ。型式ばる癖に様にならないのがあなたの残念なところですよ、ユーリ生徒会長」

「どうせ杜撰な案内しかしてやらなかったのだろう。あとは俺たちがしっかり面倒を見るから早く乾杯の音頭を」

赤毛の青年がグラスを手に言う。ユーリは「みんなひどくないかい?」と苦笑したが気を悪くした様子はない。おそらくこれが日常の風景なのだろう。

「ではエンリケ君、ダニー君、マノン君、諸君らを歓迎するよ、乾杯」

「乾杯!」という声とグラスを合わせる音が部屋に響いた。


 「よう、エンリケ」

「アーロン、君も生徒会だったのかい?」

「まさか」

円卓の隅にはアーロンを始めリード班の面々が控えめに座っていた。

「ユーリ先輩に誘っていただいたんだ。各学科の首席の先輩方と話すまたとない機会だしな。お前を利用したようで気が引けるが、生徒会主催の歓迎会なんて貴重な体験だ」

 料理が運ばれて来たあとは立食型式になった。リード班とエンリケは赤毛の青年に話し掛けられる。

「よっ。今日のお前たちの決闘俺も見させてもらったぜ。俺は戦士科四年のサルバドール・アビアンだ。実習では下級生の補助もすることになってるから、そのうち会うかもな」

サルバドールはローブの上からでも分かるほどの引き締まった体つきをしていた。魔法使いでなく剣士だと言われても納得できそうだ。

「一般的に精霊魔法は戦闘には向かない。発動に時間がかかる上に効率が悪いからな。だから今日は随分トリッキーな戦闘を見られて楽しかったぜ」

「あ、ありがとうございます」

エンリケは赤面する。

「ま、たった半年だ、有意義に過ごせよ」

サルバドールはエンリケの肩を叩いて次はダニーに絡みにいった。その後ろ姿を見送っていると、突然するりとエンリケのローブの下に手が差し入れられた。

「わっ?」

「ふふっ、これね、例の秘密兵器は」

先ほどの眼鏡をかけた女子生徒だった。アーロンがそっとエンリケに「副会長のニコラさんだ」と耳打ちする。

「へえ、精霊魔法の魔法陣がびっしりね。あなた、普通の魔法は使わないと聞いたけれど」

手帳をローブのポケットから引き抜いたニコラは勝手にぱらぱらめくって眺めている。エンリケはその手帳が“イシスタルの鏡”に相当する程やばいものであることを知っていたので冷や汗をかいた。

「魔法陣なんて使えば消えちゃうのに、わざわざ描き直しているのかしら」

「え、ええ、まあ、そうです」

実際は使っても消えない素材と呪いを使っているからなのだが、知られるとまずい気がしたので、エンリケは適当に相づちを打つことにした。

「ふーん……。ま、我が学院の精霊魔法の授業はレベルが高いわ。もし分からないことがあれば聞いて頂戴ね。あ、私教養科四年のニコラ・クラフト。出身はあなたと同じアズブルクよ、カフカの坊ちゃん」

「えっ、知って……」

エンリケが驚くとニコラはくすくすと笑った。

「あなたのご実家を知らないアズブルク民なんているものですか。まあでも、ツルカ様以外に魔法使いがいるなんて知らなかったけど……。ツルカ様が亡くなられて本当に悲しかった。お体が弱いと聞いていたけど……、私、ツルカ様に憧れて魔導師を目指すことにしたんだもの」

ニコラはまさかそのツルカの息子を前にしているとは夢にも思わないらしかった。カフカ家は分家が多いからだ。

 エンリケはぎゅっとローブの下で魔石の首飾りを握り締めた。

 ニコラは手帳をエンリケに返すと眼鏡を外して目元を拭った。ツルカがどれほど領民に慕われていたか、エンリケは痛感する。

「エンリケお前、貴族なのか?」

アーロンがやや戸惑いながら聞いてきた。エンリケは苦笑して首を振る。

「今は違うよ。勘当されてるし、僕」

「へー……。なんだか大変そうだなお前も」

アーロンはエンリケに対する認識を少し改めたように見えた。『轟雷』の弟子、というレッテルは外れただろうか。

「そうそう、そろそろユーリ会長もこっちへ来ると思うけど、あの人お酒に酔うと手に負えないからほどほどに相手をしてあげてね」

ニコラはそう言うが早いか瞬時に姿を消した。するとほぼ同時、間を置くことなくユーリが現われる。どうやら彼女は背中でユーリの暴走を察知して上手く逃げたようだ。

「ふっふっふ……君たちも飲もうじゃないか……。エンリケ君もどうせあと数日で十五歳だろ?少しくらいフライングしても構うまいさ……」

ユーリはエンリケとアーロンの手にグラスを押し付け、どぼどぼとボトルの中身を注いだ。しかしながら半分以上は床に零れる結果となった。

「あ、ああ……ありがとうございます……」

顔を引きつらせたアーロンがグラスを傾ける。と、かっと目を見開き、

「エンリケ!こいつを飲むなっ、この酒は―――」

アーロンは言葉の続きを口にすることなく、もんどりうって床に倒れる。

「ア、アーロン……?」

エンリケが部屋を見渡すと、生徒のほとんどが床や机に伏していた。ダニーやマノンも目を回して倒れている。平気な顔をして何杯もグラスを空けているのはサルバドールだけ、そしてユーリの狂気から逃れているのはニコラだけであった。

「さあ!さあ!一気!一気!」

エンリケはじっとグラスの中で嚥下されるのを待っている液体に目を落とした。幸いにして彼にはその酒がどんなものか知る術があった。

(この酒……魔力をふんだんに含んだ奴じゃないか!こんなの飲んだら、魔力容量を一気に超えて気を失うに決まってる!特に僕は魔力総量が多いから下手したら気絶じゃ済まないぞ……)

平気な顔で飲んでいるサルバドールに目を向けると、彼はにやっとして言う。

「俺はこうなることを見越して直前に魔力を使い切ってきたからな。アーロンは魔力がまだ回復してなかったはずだが、なぜ酔っ払ってるんだ……?」

ニコラが溜め息をつく。

「彼は持っている魔力の量が少ないのよ。大魔法の一発ニ発で無くなるくらい……訓練次第では魔力の量も増やせるかもしれないけど、彼はまだ二年生だし。戦士科の中でやっていくには大変なはずだわ」

なるほど、とエンリケは納得した。リード班の成績を上げるには、まず班長であるアーロンの魔力の底上げが必要らしい。

 しかし、今はそれよりも差し迫る問題があった。

「ほらあ、エンリケ君も飲みたまえよ!」

ぐっとグラスを持つ手に力がこもる。

(どうすれば……どうすれば……)

エンリケはふと思い出す。そう、魔力は消費すれば良い。ついでにここで倒れている全員を救うことの出来る唯一の方法があるではないか。エンリケは詠唱した。

「『地脈に眠りし大地の霊よ。腐土に命を宿し我が呼びかけに応えたまえ。しからば白き腕の癒し手を貸し与え、伏したる者を癒したまえ』」

エンリケの手帳からまばゆい光が漏れ出す。部屋全体に広がった光はもはや精霊の形を取らず、霧となって酔いつぶれた生徒達を包み込んだ。

『坊ちゃん、こんなに大勢の人に魔力を使ったら……!』

「いや、これでいいんだ、シルウィア」

エンリケはさわやかに微笑むとグラスを傾けた。


 「エンリケ君、大丈夫?!」

室内にはけろりとした顔の生徒達と、その真ん中で大の字に倒れているエンリケの姿があった。

「一体何が起ったの?」

「……なんも覚えとらん……けど……何か恐ろしいことが起ったような……」

「まさか!この宴で何かが起るはずもないだろう。諸君、エンリケ君の手当ては僕に任せ、宴の続きを楽しんでくれたまえ」

ことの顛末を知るサルバドールとニコラは顔を見合わせた。

「酔いつぶれた連中がぴんぴんしてるところを見ると、回復魔法を使ったんだろう。おかげで会長も正気に戻ったな」

「でも何も覚えてないみたいだから性質が悪すぎるわ。そろそろ会長を絞めに行こうかしら」

ニコラはすっとユーリに近づく。結果、室内に転がる死体が二つになった。


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