決闘
十五章(その4)、決闘
「こ、これがあの『轟雷』の弟子……」
「得体の知れない技を使うな!」
「あの?僕らの質問を聞いているかい?」
エンリケは四人の少年達を見下ろしながら、手帳をばちんと閉じた。その音にびくっとした彼らは口を閉じる。その様子にダニーはそっとローブの裏側から小さなガラス瓶を取り出し、これ見よがしに振ってみせた。
「口を割らせる薬なら……おいが作ってやるばい……。材料は手持ちのがあるけん……」
瓶の中でたぷんたぷんと音をたてる意味深な液体に、少年達は震え上がった。やがてそんなものを飲まされるぐらいならと、リーダーらしい大柄な少年が諦め顔で口を開いた。
「妙な奴らが編入したと聞いて、好奇心で……」
「えっ、それだけ?」
エンリケは拍子抜けした。
「いや、それだけでは!」少年が慌てて補足する。
「俺達『戦士科』の生徒は、実習で迷宮に入る度に『戦果』を要求される。魔物を何体倒したとか、迷宮のどこまで進んだとか……。それで班ごとの成績の番付が毎回発表されるのだが」
「ああ……」
そこでダニーが納得の声をあげる。
「もしや、特殊科もその番付に参加することになっとか……?それで、要は新参者の実力を測りに来た……。ばってん、順位が低い班にはペナルティでもあるっと?」
「お前の言う通りさ」
別の少年が力なくうなづいた。戦士科にしては小柄である。
「僕らリード班は強さで言えば中の下……。これ以上成績が下がるとクラス落ちしてしまう……。でもお前達の実力を見てしまったから、いよいよ覚悟した方が良さそうだと」
暗い表情で落ち込む少年達に、研修生三人は顔を引きつらせた。
(僕らにどうこうできる問題じゃあないし)
(番付……か……)
(迷宮怖いなあ)
「教えてくれ!どうすれば強くなれるんだ?!お前達は魔法学校に通わずに修行してきたと聞く!学校教育なしで強くなれる秘訣があるなら知りたい!」
三人はますます困った。まず三人とも師匠が規格外すぎるのだ。エンリケは顔を紅潮させてまくし立てる少年達を落ち着かせるべく、こほんと咳払いをした。
「君達は僕達を高く買ってくれてるみたいだけど、何か誤解しているよ。まず僕は魔法使いとしては恥ずかしいことに魔法そのものが使えないんだ。ご覧のとおり杖すら持ってないからね。少なくとも他の二人に比べたら圧倒的に『魔法使いとしては』弱いんだよ」
エンリケの言葉に、マノンとダニーは「よく言うよ」という表情をしたが、口には出さなかった。
「おいは……うん、薬学の他に取り得もなかたい。しかも、初めて言うけど片方の目の視力が無いけん、迷宮では明らかに不利……」
(ええ?!そうなの?)
(薬の副作用か何かかしら……)
「え、えと、私は魔力の扱いが下手、だから……。あの、多分私たちの先生のことで噂になってるかも知れないけれど、私たちは大したことなくて、全然、その……」
「しかし……」
少年は疑わしそうに目を細めた。が、一つ溜め息をつくと、
「分かった。お前達に執着したところで班の成績が良くなるわけでは無い。だが確かめてもいいか、お前達の実力を?」
「確かめるって、どうやって」
「簡単なこと。戦えばいい。ただ人数はこちらが多いから、代表で一人が戦うというのはどうだ」
彼の提案はぶっ飛んでいるが、それが真剣な頼みであるということを三人はひしひしと感じた。リード班はそれほど切羽詰っているのだ。
「ちょっと三人で相談してもいいかい?」
「ああ」
彼がうなずくのと同時に、三人はぐっと額を寄せ合った。
(どうして初日からこんなことになるのよ)
(先生が……全部先生のせいたい)
(どうするんだよ決闘なんて……。この学院は生徒の決闘を許しているのかい?)
(校則では……禁止されとらんかった)
(されてないの?!……じゃあ私達のうち誰かが代表に……)
(なんで僕を見るの?)
エンリケはダニーとマノンから向けられる視線にたじろいた。ダニーがぼそっと言う。
「さっきお前……『魔法使いとしては』弱いって言ったばい。そいは、純粋にお前が弱いっちゅうことではなかっちゃろ。おいはその言葉の中に自信を感じた……」
「ええ……そんなあ」
エンリケが眉尻を下げるのと同時に、マノンが彼の肩を叩きながら宣言する。
「エンリケ君がやります!」
エンリケは前髪をかき混ぜて溜め息をついた。
「エンリケの武器は魔法じゃなか……」
広場で見守るダニーがこっそり囁いた。マノンは「え?」と顔を上げる。
「あいつの手の皮の厚さを見れば、剣を使ってることは一目瞭然……。おいはそいば見てみたかった。あと精霊魔法も使うやろ、なかなか普段見る機会なかし」
「ダニー君もしかして性格悪いの?」
戦士科と特殊科の異例の決闘試合だということで、少なからず見物人も集まっていた。誰しも興味があるようだ。今日来たばかりの話題の新人がどんな力を持つのか。
広場に現われたエンリケを見てどよめきが上がる。ダニーの言葉通り彼が腰に剣をさしてやって来たからだ。
「面白いな、お前。ええと、エンリケ・カフカだったか。魔法と剣とでは、剣のほうが不利に思えるぜ?」
エンリケは肩をすくめた。
「魔法が使えないんだから仕方ないさ。それより君の名前を教えてくれよ。知らない誰かと決闘なんて気分が悪いや」
「おお、すまない。俺はアーロン・リード。戦士科の二年だ」
そう言って大柄の少年、アーロンは杖を引き出す。
「では、いざ尋常に……はじめ!」
いつの間に現われたのか、決闘の話を聞きつけたユーリが審判係を引き受けていた。まさに神出鬼没である。ダニーもマノンも胡乱な目をユーリに向けた。
アーロンが杖を振るうのと同時にエンリケは抜刀していた。攻撃魔法としては一般的な氷の刃がエンリケを襲うが、剣でなぎ払って叩き落す。しかしそれは陽動だというようにアーロンが続けざまに砂塵を巻き起こしエンリケの視界を奪った。
「シャマーラ」
エンリケのその一言で空気中の砂が渦を巻き、ぎゅるぎゅると細い竜巻に集約された。
「シャマーラ、彼に返せ」
小さな砂嵐はまるで意思を持つかのようにアーロンに向かって行く。
「くっ」
アーロンは飛び退り避けた。しかし砂嵐に気を取られた一瞬のうちにエンリケが肉薄していることに気がついた。
(何か変だ)
アーロンは寸前でエンリケの刃をかわしながら思った。
(奴は魔法を使っていない。だが、あの風は明らかに魔法で操作されている)
アーロンは正体の分からない不安を感じながら巨大な炎の壁を作り上げる。ゆうに校舎の三階に達する高さはあった。
「へえ、さすがにこれほどのものとなると」
エンリケは数歩下がって剣を地面に刺した。そしてローブから手帳を取り出す。
「炎を消すにも水魔法は使えないし、結界魔法もこれほどの炎には耐えられないだろうな。じゃあこれで」
エンリケがページを開く間にも、炎の壁からエンリケを狙って火の玉が飛んで来る。剣を引き抜いて受け流しつつ、シルウィアに「唱えろ」と命じた。シルウィアがうなずく気配があった。
『光を纏う千里の風、今ここに来たれと願うは炎熱の壁に向かう者。我の目となりかの壁を透視せよ』
シルウィアが唱え終わるのと同時に、エンリケの目にぞわりとした感触が這いよった。瞬きするごとに見える景色が変わっていく。エンリケの魔力が眼球に集まっていき、呼び出した精霊の憑依した視界に吸われていく。
「あれは……」
ダニーが人知れずすっと目を細めた。
エンリケには炎の壁がどんどん透明になって見えた。その向こうに片膝をついているアーロンの姿が見える。やはりというか、魔力を切らしているようだ。
アーロンは肩で息をしながら己が作り出した壁を見上げていた。彼の最も得意な魔法であり、相手の動きを遮ることができる。もっとも魔力の消費が多いのでアーロンも動けなくなってしまうが、あのエンリケ・カフカもどうすればよいか今頃考えあぐねているだろう。
と、炎の壁の中できらりと何かが光った。何だ、と考える間もなく、それはまっすぐにアーロンに向かって飛んで来る。
呆然としているアーロンのローブを地面に縫いつけたのは、投擲されたエンリケの剣だった。
「そこまで!」
ユーリの声が広場に響き渡る。
「なるほど……これが特殊科。さすがだ」
アーロンは剣を引き抜いてエンリケに返した。
「ありがとう」
剣を鞘に収めるエンリケの表情は少しはにかんでいた。
「エンリケ、お前実は慣れているな。俺ではまるで相手にならなかった」
素直に認めるアーロンの表情は悔しげではあったがさっぱりしていた。エンリケは首を振る。
「師匠を除いて人間相手の戦いは初めてさ。今まで魔物ばかり倒してたよ。一応元騎士見習いだからね」
「面白い。剣の魔法使い……いや、紙とペンの魔法使いか?」
アーロンはエンリケの手に握られている手帳を指差した。
「それが何だか知らないが、何がしかの魔法道具であると見た。ちらりとだが何か書いてあるのも見えたぞ。お前の奇妙な魔法の秘密なのだろうな」
エンリケは肯定も否定もせずに曖昧な声を出す。アーロンは続けた。
「だが、戦士科同士の単調な戦いより新鮮で楽しかったのも事実だ。惨敗したが、リード班はお前達特殊科と最初に戦ったのだ。一番槍は俺たちと言うわけだな」
アーロンはにっこりと笑った。笑うといかつい印象が薄れるようだ。
「エンリケ君、そしてアーロン君」
ユーリがとことことやってきて、二人の肩を抱いた。
「いやあ、刺激的な仕合だった。アーロン君は惜しかったがあの炎の壁は見事だったよ。だが同時に失策でもあった。剣を使うエンリケは魔力の消費を抑えられる。君が大魔法を使えば彼との魔力の差は開いてしまう一方だ。あの場ではそうだな、雷魔法でも使って、金属である剣を使えなくすれば良かったのだよ」
思いがけない助言に、アーロンは「あ」と目を見開いた。エンリケがどんな顔をしているかは目に入らなかった。
「あの、僕ちょっと気分が」
「さてそろそろ夕刻だ……僕は宴の準備に行かねば。エンリケ君、ダニー君、マノン君、あと三十分経ったら会場に来てくれたまえ」
「雷……ふむ」
ユーリは颯爽と走り出し、アーロンもぶつぶつとつぶやきながら歩き去った。残されたエンリケは下ってきた腹を撫でつつ、ダニーとマノンを振り返る。
「で?」
「さあ」
「おい達に聞くなし……。そしてエンリケ、宴の場所に案内。せっかくの宴やけん楽しみたい」
その言葉とは裏腹に、ダニーの異彩の目はどこか鋭い光を帯びていた。




