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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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最後の授業2

今回はアイリン師匠が語ります。

十四章(その7)、最後の授業2


 「魔力とは、魔法使いが持っている純粋な力、血液のように全身を巡っているエネルギーだ。これはだいぶ前に教えたと思う」

アイリンはそう言うと、ぱちん、と指を鳴らした。するとギルドの部屋の明かりが落ち、替わりにエンリケとアイリン、マスターの表皮にうっすらと輝く白い線が現われる。以前、一瞬だけ目にしたことのあるアイリンの魔法だ。それだけではない、空気中に漂う魔力の粒子も一斉に光を放ち始めた。

「こうやって、自分の身体の外に流れる魔力に干渉できるのも、魔力が単一な性質を持っているからだ。仮に血液のように個人によって激しく異なる性質を持っていたら、君やマスターの身体を光らせた途端、私は拒絶反応によって苦しむだろう。魔力の源流は大きな一本の川なのだよ。私達はその細い支流に過ぎない」

アイリンが再び指を鳴らすと、光は消え部屋の明るさが戻る。

「君の一番得意な『魔力掌握』も、そうやって他人の魔力に干渉する力の一種。川を遡れば、私達はどこにでも行けるというわけだ」

アイリンは椅子から立ち上がり、部屋を歩き回る。

「君は魔力自体に干渉することは出来るということだ。ではなぜ、魔法を行使できないのか?恐らくこの問題に決着をつけねば、君の中にもやもやとしたものがいつまでも残るだろう。そこで私は考えた。そもそもなぜ、魔法使いは魔法を使えるのか、と」

誰もが考えもしなかっただろう疑問を、アイリンは口にした。これにはエンリケが答えられないのはもとより、マスターも唸るしかない。

「わしら魔法使いが魔法という現象を起こすことに、疑念を抱くとはのう。呼吸と同じようなもんじゃと思うが」

「ええ、確かに、我々は他のどの活動と同じように、魔法を起こします。けれど、燃料に火がつくのと違って、魔力は可燃性の物質ではない。そもそも実体そのものがあるかどうかも不明確なんですよ。ではなぜ、我々は魔力を炎に帰ることが出来るのか。炎を生み出すにしても、雷を発生させるにしても、前段階となる過程が必要となる。しかし魔法使いは、己の魔力を通貨にして、その過程をすっとばすことが出来るのです。物が下に落ちることが当然なように、その不可解な現象は魔力を介することで自然なものとなる。なってしまう。これを解き明かすには、世界に挑む気持ちで研究しても、解明できるとは限らない。だから私は、魔力そのものの仕組みではなく、もっと物理的な問題に目を向けることにしました。魔力も存在があるからには、物理法則には従わざるを得ないと思ったから。……エンリケ、これは私の本『魔力と結果の研究』に注釈で書いてあるから、あとで読み直すといい」

「えっ、あ、はい。分かりました」

エンリケはぶんぶんと頭を縦に振った。急に難しい理論の展開が始まって、ついて行くのがやっとだ。

「……魔法使いには、独自の器官があるのでは、と私は思った。魔法の力は遺伝する。髪や目の色、体格といった身体的特徴も親から子に遺伝する。そう考えると、魔法自体も身体的な何らかの特徴が原因で受け継がれるのではないか。実際、魔法使いの子供は魔法使いとして生まれやすい。現時点で人間の身体の内部を調べることは、あまり好まれないから資料が無い、あくまでも推測だがね」

「えっと……」

エンリケは考えながら話した。

「つまり、僕が中途半端な魔法使いなのは、魔力自体は母様から遺伝したけれど、魔法を扱う為の“器官”は遺伝しなかった――そういうことでしょうか?」

アイリンはうなずいた。

「ああ、その“器官”が本当に存在すればだが。さすがの私も人の身体を掻っ捌いて確認するわけにはいかないからな」

思わず想像してしまって、エンリケはぶるりと身震いする。マスターも同じように鳥肌が立ったのか、しきりに二の腕をさすっていた。

「アイリンよ、お前さん、頭は良いんじゃが、たまにとんでもないことを言うのう。その理論は飛躍しとるが、もしそうならあらゆる説明がつくのも事実じゃ。がー、恐らく今の時点で発表しても鼻で笑われるじゃろうよ」

「いや、これはとある資料を読んで着想に至ったので。私よりも先に思いついた先人がいたんですよ」

「ほう?そりゃ誰じゃ?」

呆れたらしいマスターの顔を、アイリンは正面から覗き込む。その黒い瞳がにぶく光った。

「それが驚いたことに、『ルシフェリオ・ダテン』の創始者である、血の大賢者なんですよ。史実には貧民救済を謳った天才医師とありますが」

「なん……じゃと」

顔つきを険しくするマスターと、師匠の顔を見比べて、エンリケは一人取り残されていた。

「あの……その血の大賢者って」

「ん?小僧よ知らんのか?今世の中に普及している医学の基礎を作りおった賢者のことじゃ。まー、偉人じゃ。当時はかの組織もただのボランティア集団じゃったろうし」

「魔導師ギルドの重要書類を調べた時に、その賢者が書き残したと思われる資料を見つけました。医者仲間とやりとりした手紙の一部の写しでしたが。精霊魔法では手の施しようの無い難病に冒された民を、手術で癒した時の様子が綴られていました。魔法使いと非魔法使いの身体の構造に、わずかな違いが見られる―――と」

「……」

「……」

「まあ、これだけですから、私の考えが正しいのかどうかは、分かりませんね。……というわけで、エンリケ。もしかしたらこれから先魔法を使えるようになるかも知れないという一縷の望みを抱いているかも知れないが、諦めなさい」

「!!!ひどくないですか?それ」

エンリケは猛然と抗議した。た、確かに、努力しだいでどうにかなるんじゃないかなー、と淡い期待を抱いていたことは否めないが。それにしてもあんまりな言いようである。

 アイリンはしかし微笑んでみせると、

「なにを言う。そのお陰で君は、これまでどの魔法使いが歩んだことのない道に進むのだよ。私には到底歩めない夢の先だ。魔法を行使する能力など、精霊や魔法陣で補えば済むことだ。君がこの短期間で、精霊魔法の一部を習得したのには驚いた。あれは覚えるのに時間がかかる。君の強みがやっと輝き出したようだ」

「僕の……強み……」

アイリンはうなずく。

「そうだ。魔力の多さと言い、精霊を二体も憑けているといい、君と精霊の相性は良いのだよ。並に魔法を使える者より稀有な存在かもしれない。魔法分野に新たな見地が生まれることだろう」

アイリンは少し興奮しているようにも見えた。元軍人であるにしても、元来の性格は研究者に近いのだろう。彼女の蔵書の豊富さもそれを物語っている。

 しかし、アイリンは同時に声のトーンを低くして言った。

「―――魔法分野を開拓しているのは、彼らも同じだ。『ルシフェリオ・ダテン』も」

エンリケはごくりと唾を飲んだ。それもそうだ。琥珀色の魔石を持つ魔物を作り出したり出来たのは、彼らが高度な技術を持っていることの証明だ。

「……かの血の大賢者の膨大な知識を苗床に、彼らの持てる技術が禁術の域にまで達しているのではないか、というのが私の懸念だ。最も、それを探るのは私ではなく、他の“銀板の魔導師”の仕事になりそうだが……」

アイリンは話し疲れたのか、どこからか取り出したグラスに水を湧かせて飲んだ。

 エンリケは「じゃあ」と尋ねる。

「師匠は、どういった仕事を?」

アイリンはコップを置き、答えた。

「主に荒事が専門になるな。私は組織の者に顔が割れているから、潜入捜査は務まらない。当分は組織と繋がっている盗賊やら犯罪組織やらを相手にするだろう」

「盗賊……」

エンリケの表情は固い。アイリンは顎の下に指を添えて言った。

「君にとっては思い出したくないだろうが、あの偽マイヤーが、以前君に渡した紛い物の杖。あれも盗品だったからね。組織がそういう行為も厭わないことは間違いない。まあ、人まで殺すのだから当然か」

エンリケは唇を噛んだ。あの男に対する憎しみは、今も心の中にある。

「さあ、残りの時間は、私と君とで模擬戦をしてみようか。そろそろ身体を動かしたくなったろう?」

アイリンは何を思っているのか、口元に寂しげな笑みを浮かべていた。



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