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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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戸棚

十三章(その2)、戸棚


 「エンリケ、明日から私はしばらく留守にするが、修行は一人でも出来るな?」

ある日、アイリンが食事の席でエンリケに言った。

「あらあら、寂しくなるわねえ。お師匠さんと酒盛りをするのが楽しみだったのに」

「魔導師にも出張とかあるのかい?」

「ハッ、もしや、アイリン殿も私と志を同じくする者だったのか?!魔物の調査に向かうのであればッ、この私も共にッ」

千夜荘の面々はそれぞれの反応をした。アイリンは苦笑する。

「知り合いに会いに行くだけですよ。『慈善事業』をしている知り合いの手伝いに呼ばれたもので」

エンリケははっと顔つきを改めた。

「……どんな知り合い、なんです?」

「昔一緒に仕事をしたことがある奴だ」

「いつ戻られるんですか?」

「片付き次第すぐに帰る。ああ、悪いが私が不在の間、私の部屋の戸棚を掃除しておいてくれ」

するとマルジャが台所から顔を出して言った。

「掃除なら、私がしておきますけど?」

アイリンはマルジャのほうを向き、「いや……」と申し訳なさそうに答えた。

「魔法道具が詰まっているからね、魔法使い以外は手を触れないほうがいいだろう。その点、エンリケならば慣れているからな」

エンリケはぽりぽりと頬を掻いた。

「師匠の荷物、訳が分からない道具ばかりで、開けるのちょっと怖いんですけど……」

「そうか……どこにやったか分からない精霊魔法の指南書、見つかったら君にあげようかと思ったんだがね」

「喜んで掃除させていただきます」

魔道書は高価だ。しかもアイリンの私物となれば、いたるところに彼女の書き留めがあるだろうから、その価値は膨れ上がる。本来ならギルドに重要書類として寄付するような品物。エンリケにとっては贅沢な教材だ。

(うっ、っていうか、僕みたいなヘボ魔法使いには勿体無さ過ぎる……っ)

『魔力掌握』の他は、シルウィアとシャマーラといった精霊の力を借りないと、何も出来ないのだ。

『元気を出してください、坊ちゃん。私達は坊ちゃんの家来、そして坊ちゃん自身でもあるんです。精霊と主は一心同体ですからね!』

『エンリケ、しみったれた顔してるー』

『こらっ、シャマーラ!』

精霊は本来、各個とした人格は持たない。カリストのように長生きな精霊なら、少しずつ性格が生まれることもあるが、シルウィアやシャマーラのように、人間と契約しその身に宿ることで、主の性質を受け継ぐのがほとんどだ。もしくは、生まれた場所が人間の生活圏ならば、言葉くらいは覚えることもある。シルウィアは前者と後者の中間だが、今はエンリケからの影響が強い。

 人の身に憑く精霊は、心を主と同じくするのだ。シルウィアも、シャマーラも、エンリケが考えることと同じことを口にする。極端な話、精霊と契約するごとに実体の異なる自分が増えるようなものなのだ。勿論、実体は違うのだから、それぞれの意思は有するのであるが。この辺りが紛らわしいところだ。アイリンの本を読めば、少しは頭の整理がつくだろうか。

 とにかく、ただでさえ普通の魔法使いにはなれないのだから、修行を怠るわけにはいかない。エンリケは顔つきを引き締めた。

(それに、師匠の知り合いって……多分、あの任務が関係しているんだろうな)

アイリンがさりげなく『慈善事業』と強調したことに、彼は気がついていた。アイリンは、恐らく『ルシフェリオ・ダテン』に接近するつもりなのだ。

(この山奥で師匠とずっと修行をしていたかったけれど、任務の邪魔をするわけにいかないしなあ)

アイリンが『エンリケも来い』と言ってくれたら、ついて行くのに。けれど、エンリケがいても足手まといにしかならないだろう。アイリンがどういった仕事をするのか、見てみたかったけれど。

「なるべく早く帰ってきてくださいよ。稽古をつけていただきたいので」

「そのつもりだ。帰ってきたとき、君の身体が鈍っていたら許さんぞ」

「ひッ、頑張ります」

「!その暁にはッ、少年の心身を鍛えなおすべく、私の曾じいさんより伝わる秘伝の健康体操を伝授しようではないかッ!」

「エンリケ君がぁ、シェルみたいにムキムキのむさ男になったら、やだなあ。ねえ?マルジャ?」

モルヴァリッドににやっと微笑まれて、マルジャは「なッ、なんであたしに振るんですか」と台所に引っ込んだ。


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