表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
30/51

アイリン、出立

十三章(その3)、アイリン、出立


 翌朝、アイリンは出立した。長旅用のローブを羽織り、腰に杖をさした彼女の顔は、百戦錬磨の魔導師のそれだった。風がアイリンの前髪を持ち上げると、特徴的な弓の刺青がのぞく。

「では、行ってくる」

アイリンは短い挨拶と共に上空に舞い上がった。エンリケはその姿が見えなくなるまで見送った。

(僕は、もっと強くならないといけない。師匠の仕事の補佐ぐらい、出来るようになりたいな)

 エンリケは言われた通り、アイリンの部屋にある戸棚を整理することにした。アイリンの部屋は、散らかっているわけではないが物が多い。ほとんどが魔法道具やら書物だが、エンリケには理解できないような代物もあった。

「で、この戸棚を整理するんだよな」

棚の戸を開けると、ごとん、と何かが落ちてきた。エンリケは「うわ」と叫んで後ずさる。

「なんだこれ――って、これ、師匠が言ってた本じゃないか」

探すまでも無く見つかってしまった。アイリンはどこにやったか分からないと言っていた。こんなに分かりやすい場所にあったのに。

「師匠も案外抜けてるなあ。でも、とにかく、この本は僕が貰っていいんだよね」

エンリケは『精霊魔法・召喚から従属まで』を拾い上げ、何気なしにページをめくった。すると、中からぽとりと何かが滑り落ちてくる。

「封筒だ……?」

薄茶色の封筒には、達筆な文字で『エンリケ』と書いてある。エンリケは驚いて思わず二度見してしまった。

「僕宛?師匠が書いたのかな」

エンリケはびりりと封を破き、中から紙を取り出した。



エンリケ


 この魔道書をはじめ、私の蔵書は君に譲ることにする。修行に役立てたまえ。




「……師匠?」

アイリンは最初から、こうするつもりだったのだろうか。戸棚を掃除しろと言ったのも、この為に。でも、何故。エンリケは妙な胸騒ぎを覚えた。戸棚の中身を全て出し、種類ごとに分ける。そして一番奥から、厳重に封印された紙束が見つかった。封印はエンリケが触れることで解け、彼は中身を読むことが出来た。それは誰かの手記のようだったが、読んでいくうちにエンリケの顔は青ざめていった。

(もしかしたら、師匠は―――)

もう、戻って来ないかもしれない。



 アイリンは風を切って飛びながら、どこからか向けられる、自分に対する敵意を感じていた。アイリンが街を出るのを見計らっていたのか、それとも偶然居合わせただけなのか、いつの間にかアイリンと並走するように飛ぶ、幾つもの黒い影があった。しかし、姿をかくしているので、アイリンに見ることは出来ない。

(何かがいる。私の近くに確実に)

アイリンは杖を腰から抜いた。

(魔力を感じない。となれば、先日マドーラ・チサを襲った魔物と同系統の奴らか)

アイリンは一度止まると、手近な雨雲を自分のもとに引き寄せた。杖先で小さく凝縮させ、ぷるんとした水球を作り出す。

 停止したアイリンは襲いやすい。潜んでいた魔物はこっそり喚起の声をあげた。この女を殺せば、主が喜んでくれる。

 アイリンは浅く吐息を漏らしながら、不敵に微笑んだ。

「私を甘く見てもらっては困る。貴様達など、この水玉一つで十分だ」

アイリンは軽く杖を振る。すると杖先で震えていた水球が、突如として爆発した。飛散した水は一人でに氷となり、魔物の手足や胴体、翅を貫く。


ギャ、ギャアアアアアッ―――


魔物は叫びながら、身を捩じらせた。このまま、何の攻撃も出来ずに果てるのは、主を悲しませる。だから、せめてこの鋭い鉤爪を、女の肌に突き立ててやりたい。


「貴様、まるで人間のような悲鳴をあげるのだな」

アイリンの言葉に、魔物はかっと目を見開いた。


ギッ、ギギギ……アタリマエダ。ワレハ主ニ、コトバヲサズカッタノダ。


「ほう」

アイリンは目を細めた。

 人語を解する魔物も、いるにはいる。けれど、目の前でのたうっている魔物はどれも小物。知性は家畜並みのはずだ。

「そうか、そうなのだな」

アイリンは魔物の血しぶきを避けながら、独り言のように言った。

「貴様も、主の身体に取り憑く、召喚された従僕というわけか。主から知性を受け継いだな」

その喋る魔物以外は、皆絶命して落ちていった。この魔物はしぶといようだ。

 アイリンは表情を動かすことも無く、ひゅんと杖を振った。すると、魔物の身体に食い込んでいた氷が溶け、蒸気になった。熱い蒸気に。


クッ、サッキカラフクザツナジュツバカリ、ツカイヤガッテ。


「何を言っている」

アイリンは片眉を上げながら言った。

「私が先ほどから使っているのは圧縮の魔法だけだ。こんなもの、魔法を習いたての子供にもできる。貴様は、そんな低級の技で死ぬのだよ」

魔物が鉤爪を振るうよりも早く、その醜い肢体が膨れ上がる。アイリンはその黒い風船のようなものを蹴り上げた。これから飛び散るであろう残骸を浴びたくないからだ。ややあって、魔物は周囲の低気圧に耐え切れず、パンッと破裂した。後には、魔物の命であった魔石が落ちてくる。

 アイリンの使った魔法。その言葉通り、彼女は一種類の魔法しか使っていない。具体的に言えば、雨雲を凝縮させた時と、蒸気を圧縮させた時だけだ。爆発した水は急激に圧力が下がったことで冷えて氷となり、氷は魔物の高い体温でひとりでに溶ける。そしてできた蒸気を圧縮して破壊力をあげ、あとは魔物を打ち上げた時に圧縮を解いてやる。それだけのこと。アイリンは最小限の魔法で最大の効果を得る。

余裕の笑みで魔物を見ていたアイリンは、その魔石を見ると表情を変えた。

「……この魔石は」

手に受け止めて、その琥珀色の光を見る。

「ツルカか?この魔石の作り主は…・・・」

カフカ家が多くを保管していたとしても、一部は市場に出回る。その一つが、彼らの手に偶然渡り、使われたのだろう。

 アイリンはくっと表情をゆがめた。

「私の親友を、よくもこのような形で貶めてくれた」

アイリンは魔石を懐にしまうと、速度を上げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ