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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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帰還

十二章(その5)、帰還


 「えーと、マルジャ。一体どうしたのかな?私に用が?」

魔法道具を手に固まったアイリンが、マルジャの尋常ならない様子に戸惑いながら尋ねた。最も、この数日間、マルジャから向けられる良くない視線に彼女が気づかなかったわけがないのだが。

「……どうして、探しに、行かないの?」

目の据わったマルジャが口を開く。

「もう十日も戻ってこないんですよ?お師匠さんでしょう?!どうしてエンリケを探しに行かないの?!」

 悪趣味なマスターは二人の女の修羅場を興味深そうに眺めていた。

(くっくっく、こりゃ見物じゃの)

かの『轟雷』と畏れられるアイリンも、目の前の少女に素早く対応することは出来ないらしかった。しかし、やがて状況を飲み込むと穏やかに語りかける。

「エンリケは修行に出ている。心配は要らない」

だが、マルジャは眦を吊り上げて言った。

「ビアンナ砂漠に一人で行くなんて、無謀にも程があるわ!魔物がいっぱいで、滅多に人が立ち入らないのに。エンリケなんかすぐに食べられちゃうわ」

「おいアイリン、お前さんの弟子はあまり信用されとらんようじゃの」

(このじじい)

アイリンはマスターを睨んだ。が、それくらいで反省するほど愛嬌のある性格はしていない。アイリンは諦めてマルジャに向き直った。

「―――エンリケが心配か?あの子に好意を持って、心配してくれる人間がいて、私は嬉しいよ」

マルジャは虚を突かれたかのように言葉を失った。僅かではあるが頬を染めたようにも見える。

「わ、私は、別に―――」

アイリンは魔法道具を置き、マルジャの目を真っ直ぐ見つめた。突然怒鳴り込んできた少女に気を悪くするわけでもない。ただ対等に話をするときの表情で。

「……エンリケは実家を追い出された身でね、あれでもまっとうな貴族の息子なのだが、不幸が重なって私に弟子入りした。私は師匠であって親じゃない。鍛えこそすれ、過保護になってはいけない立場だ。だからね、君が今のようにエンリケに接してくれることは、実はありがたいことなんだ。まあ、これは千夜荘の皆に言えることだがね」

アイリンが突如として打ち明けた本心に、マルジャは目を丸くした。それに、エンリケが貴族の出身だとは思わなかった。確かに、そこらの悪がきと比べれば物腰が柔らかいとは感じていたが。どことなく雰囲気が上品なのもそういうことだったのか。

「まあ、育ちがいい分、苦労もせずに育ってきた。マルジャのように家を手伝って家事をしたことなんて無いだろうさ。ただ魔法を教えるだけなら、そこらの箱入りの子供と同じでいい。でも、エンリケは……それでは、だめなんだ。あの子はもとが弱虫だからね。でもいざという時動けるように、身体も心も鍛えないといけないんだよ」

「……だから、あえて過酷な修行を?」

理解できないといった風情のマルジャに、アイリンはうなずく。その様子は普段の堂々とした仕草ではない。彼女の黒い瞳は何を考えているか分からないような底知れなさがあるが、今は少しだけ悲しんでいるようにも見えた。

「でも、死んじゃうかもしれないですよ。あそこは、騎士様方でさえ立ち入らない場所なのに」

「エンリケも最低限の自衛は出来る。それに精霊もついている。だから私は大丈夫だと判断した……。信じて待ってやってくれ」


「その通おおおぉぉりっ!」


奇声と共に扉がまたしても勢い良く開けられ、そこには歪な形の人影が立っていた。

「信じて待つ!これぞ己を極める旅に出た者を待つ者の運命!そしてぇぇっ」

奇怪な人物は肩に担いだ大きな荷物をどさりと床に降ろし(体型が歪に見えたのはこの荷物が原因だったようだ)、マルジャに向かってぱちりと目配せをした。

「旅から戻った者は、『千夜荘』の温かい食事を所望するっっ」

大きな体躯に、浮浪者のような恰好。そしてこの街の住人らしからぬ大声。

変な人だ。

「シェ、シェルさん?!」

マルジャの叫び声に、アイリンは目を点にしたのだった。

「え……この御仁が」



 「そこに……いるんですか、師匠……」

どこからか聞こえる声に、シェル以外の者がびくっとした。

「僕を……出して……出してくださ……い……」

「エンリケ?!どこにいるの?」

少年のか細い声は非常に苦しそうだ。マルジャはうろうろと視線を彷徨わせ、先ほどシェルが下ろした荷物に行き着いた。頭に浮かんでしまった可能性に彼女はおののく。

「シェルさん?まさかと思うけど、その荷物の中に男の子入ってない?」

「おお!入ってるぞ!」

シェルは悪びれもなく答えると、荷物の紐をほどいた。すると中から脱力した少年が転がり出てくるではないか。

「エンリケ!」

「これはどういうことだ」

少年はこの世の終わりを見て来たかのような表情をしており、明らかに普通ではなかった。それでも視界の中にアイリンの顔を見つけると、最後の力で親指を立てて微笑んでみせ、その後力尽きて気絶した。

 「何があったかさっぱり分からん。シルウィア」

『はい。私がご説明します』

エンリケの身体の中から精霊が答える。

「出てこないのか?」

『実体化にも主の魔力が必要です。お疲れの坊ちゃんの負担になりたくありません。それに―――』

シルウィアは姿こそ見えないが、その声は少し緊張しているようだ。

『同居人が出来ましたので』

その言葉に、ぴくりとアイリンは反応した。同居人。

「―――新しく憑いたか」

『はい。坊ちゃんはそれは頑張って、砂漠の奥地に進み、砂嵐の中で精霊を捕まえて契約を結びました』

「名前は」

『シャマーラ、だそうです。つむじ風のシャマーラ。まだ幼いので会話はできません』

ここでシルウィアは言葉を一度切ったかと思うと、急に端切れが悪くなった。

『とまあ、そこまでは良かったのですが……』

シルウィアは語りだす。自分たちが十日間、どう過ごしていたのかを。


『坊ちゃんも、丸腰で砂漠に入るのは危険だと判断し、準備を整えられました。水、食料、その他の装備を街で用意したのです。それに途中で引き返すことも考え、砂漠を進む道中に拠点を作りました。遭難しないためでもあります。さすがに近くに山地があって方向の目印には困りませんが、やはり砂漠という過酷な土地のことを考えたのでしょう。魔物にも遭遇しましたが、坊ちゃんは剣が使えますし、あっ、短剣を自衛のため買ったんですよ。私の炎でほとんどの魔物は蹴散らすことが出来ました。そして、砂嵐の中に突入し、そこで精霊を見つけたわけです。ただ、そこの……大男さんが行き倒れているのをおまけで発見してしまい』

 その場の面々はシェルを振り返る。シェルはにっこりと笑ってうなずいた。

『坊ちゃんは自分の水と食料を分けて差し上げたんです。回復した大男さんは、〈ありがとう少年!礼と言ってはなんだが、これから冷酷無比な砂漠の神秘を身体で以って感じる旅に連れて行ってやろう!〉みたいなことを言いまして、さすがに坊ちゃんも不審者について行くほど迂闊ではありません。丁重にお断りさせていただいたのです。しかし大男さんと別れてから坊ちゃんは、〈あんなんで放っておいたらまた行き倒れるかもしれない〉と心配し、引き返してやむなく彼と行動を共にした……と』

その場の空気が凍りつく。シルウィアの溜め息が切なく響き渡った。

『大男さんに出会わなければ、実は我々は五日で帰れたのです。五日で』

「シルウィア、なぜ丸焼きにしなかった」

アイリンの不穏な発言に、炎熱の精霊は嘆く。

『もとより暑苦しい人間に、私の炎が果たして効くのかどうか、自信が持てなくて』


「シェルさん……っ」

マルジャはシェルに掴みかかりがくがくと揺さぶったが、それで怒りが伝わるほどシェルの脳は単純ではなかった。

「なんだマルジャ、もしかして君も冷酷無比な砂漠の神―――」

「馬鹿っ!」


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