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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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課外授業「買い物」

八章(その2)、課外授業「買い物」


二人が地上に降り立った時には、エンリケの呼吸はぜいぜいと随分苦しげだった。脚も生まれたばかりの鹿の子のようである。

「あれがエルマンの街だ。交易の要所だから珍品が集まる」

アイリンが指差す方向には高い塔がそびえ立ち、その周囲を囲むように街が広がっていた。

「待て!」

突然、野太い声が響き渡って二人を制止した。しかし、周囲には誰もいない。不穏な空気が流れた。

「エンリケ」アイリンは特に緊張するまでも無く口を開いた。

「奴らがどこにいるのか探してみろ」

(魔力の音を聞けばいいんですね?)

エンリケは呼吸を整え、心を落ち着けた。

 猛々しい音だった。急流を流れ下るように。どこから聞こえるのか、丸分かりなほど激しく、強くて容赦が無い。

「……あそこです」

エンリケが指差すと、明らかにその方向からぎょっとする気配が伝わってきた。アイリンは「上出来だ」とエンリケの肩に手を置く。

「姿を現せ。魔法で隠れていても、お前達の居場所など筒抜けだ」

すると、さっと隠れ蓑を取り去るかのように、声の主達が現われた。皆こちらを警戒しているのか、目つきが険しい。

 アイリンはふんと鼻を鳴らすと、腕を組んで彼らと対峙した。『轟雷』アイリンの発する威圧感たるや相当のものである。目の前のがっしりした男達にも負けない。エンリケまで竦んでしまう。

(こ、怖い)

それは相手も同じだったらしい。だらだらとひどい冷や汗だが、彼らの表情は使命感で引き締まっていた。ゆえに、そうやすやすと引き下がることは無い。

 が、一人の男が急に間抜けな声を出す。

「あれっ、もしかしてロットナー“元”参謀、じゃないですか?」

「む?」アイリンは片眉をあげた。

ロットナー、とはアイリンの姓だが―――エンリケは師匠を見上げた。

「師匠、参謀だったんですか?」

「確かに、私の最終階級は参謀だったがね、彼らとは面識がないな……」

アイリンは首をかしげた。



 彼らはアイリンがかつて所属していた軍隊、『ミスラ傭兵団』の兵士達だった。もっとも、彼らが入団したのはアイリンの退役後だったので、彼女が知らなかったのも無理は無い。

「自分、写真で見たことがあって。あ、自分ミルコって言います」

街の案内を買って出てくれた彼が言う。アイリンは納得したようにうなずいた。

「なるほどな。君達は私の後輩にあたるわけか。そして今は任務でこの街の警備を任されている、と」

「はい」

屈強な男がアイリンに対して畏まっているので、エンリケは見ていて面白いと思った。

「先ほどは失礼しました。実は一月前に盗賊の襲撃を受けたので、警備を強化していたのです」

「物騒だな」

「不覚にもいくつかの商品が奪われてしまいました。幸い死亡者は出ませんでしたが、私の仲間も何人か負傷したりして。あ、ここです」

 三人がやってきたのは、外からも見えていた塔のすぐ下にある市場だった。交易の街というだけあって、店先に並ぶのは見慣れないものばかりだ。

「エンリケ、自由に見てきなさい」

「はい!行って来ます!」

エンリケが嬉々として駆け出す。後にはアイリンとミルコが残された。

「……お弟子さんですよね」

「そうだ」

「さすがです、自分らが隠れている場所を当てられたのは初めてでした」

「あの子には『魔力掌握』を主に教えているからな。自分だけでなく、他人や物の魔力も感じ取ることが出来る」

「へえ……!」

ミルコは驚いている。

「彼は知らないんですか?普通の魔法使いはそんなこと学ばない……ということを」

 ミルコの言う通りだった。普通の魔法使いは、魔力が発現したての時こそ多少暴走するが、魔法を使い始めればそれも無くなる。魔法を通じて身体に魔力が馴染んでくるからだ。エンリケが普通に魔法を使えたなら、アイリンも教えなかっただろう。そもそも特別な処置としての指導だったのだ。あの『魔力掌握』は。

「それはそうとミルコ、少し尋ねたいことがある。盗賊の襲撃で盗まれた品に、あるものが無いか調べてくれないか?」

「は……どんな品です?」

アイリンは弟子が駆けて行った方に目を向けながら、言った。

「―――杖の形をした魔法道具だ」



 エンリケはきょろきょろと市場を見渡した。いろいろな店がある。並ぶ物はどれも各地から運ばれてきた珍しい品ばかりだ。さて、フランクが喜びそうなものはどれだろう。

 エンリケは一つの店に目を留めた。異国風の剣や槍なんかが置いてある。

(剣はガストン先生から贈られるだろうし、僕は別の物が良いだろうなあ)

エンリケはその店を素通りし、隣の店に入った。

(何に使うのかよく分からない物ばかりだなあ)

エンリケは持参した目録を確かめた。ここに書いた品はこの店にないようだ。……いや、そもそもこの街にあるのかどうか。つまり、珍品が溢れすぎて贈り物として無難なものが無さそうなのだ。エンリケは諦めて目録をしまった。

(王都に行く時に役に立ちそうな物がいいんだけど)

十五歳になる少年貴族は、王都に行って承認を受け、爵位を授けられることになっている。

(フランクはまだ領主じゃないから『騎士』かな)

ちなみにエンリケの父カールは、本家から領地の一部を任されているから『男爵』である。

 それはまあいい。贈り物である。

 エンリケは棚にある小さな箱を見つけた。高いところにあって届かない。店主に声をかける。

「あの、すみません」

「はい、なにか」

エンリケは店主にその箱を取ってもらった。開けると、中には古びた金属の腕輪が入っている。

「これは何ですか?」

「魔法道具だよ。でもねえ……何に使うのか私にも分からんのだ。時々変な音を出すだけで」

「今は何も聞こえないみたいですけど」

エンリケが言うと、店主は禿げた頭をぼりぼり掻きながら、

「最後に音を出してたのはいつだったかな……たしか……ああ、そうか、あの次の日に盗賊が来たから覚えてる。一月前だよ」

「ふうん……」

エンリケは目を細めて腕輪を見た。かすかに感じる魔力。

「おじさん、僕買うよ」

「坊や、こんな物で良いのかい?もっと良いのがあるよ。皿洗い機能付き時計とか……」

「おじさん、それ、あんまり役に立たない気がするんだ。とにかく、僕はこの腕輪で良いです」

「そ、そうかい」

エンリケは代金を払い、店を後にした。


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