第55話 夢の書庫
翌朝、花の宿の枕は私が目を開ける前から寝たふりをしていた。
いや、正確には、寝たふりをしているつもりだった。
こちらがまだ目を閉じている時から、枕の方から「ら……ら……」という、歌いたいけれど歌ってはいけないので喉の奥で我慢しています、みたいな非常に控えめな音が聞こえていたのだ。
「おはようございます」
私が目を開けて声をかけると、枕はびくっと震え、それから必死に普通の枕のふりをした。
「……今、歌おうとしていましたね」
「ら」
「一音だけなら許します」
「ら~……」
許可制の枕は今日も律儀だった。
私は少しだけ笑ってから身体を起こし、身支度を整える。
今日は夢見る茨の庭、その中でも《見る夢》を司る書庫の道へ向かう予定だ。
妖精王に正式に招かれるために必要な招待状の欠片、その一つを取りに行く。
扉の外へ出ると、ルーザはすでに待っていた。
「おはようございます、ラウラリア様」
「おはようございます。今日も早いですね」
「書庫へ向かう以上、余裕を持つべきかと」
「本に読まれるかもしれませんからね」
「はい。読まれる範囲を制限できるかどうか、最初に確認すべきです」
朝から会話の内容がだいぶ不穏だった。本に読まれる範囲を制限するとは何なのか。現実で言えば個人情報保護みたいな話なのだろうが、相手は夢の書庫にある妖精の本である。
利用規約もプライバシーポリシーもたぶん存在しない。存在したとしても、最後に小さく「ただし妖精が面白いと思った場合はこの限りではありません」と書いてありそうだ。
少し遅れて、カイが部屋から出てきた。
目はすでに輝いている。昨日の妖精王との接触でさすがに少しは落ち着いたかと思ったが、睡眠を挟んだことで好奇心が全回復したらしい。
「書庫だな!」
「第一声がそれですか」
「だって夢の書庫だぞ?本が喋るんだろ?読んだら読まれるんだろ?絶対変じゃん」
「変であることは否定しませんが、危険でもあります」
「わかってるって! 今日は本に飛び込まない!」
「本に飛び込む選択肢が最初からあるのが怖いですね」
ルーザが静かに言うと、カイは「いや、巨大な本が開いてたらちょっと乗ってみたくない?」と真顔で返した。
乗らないでほしい。読書とはそういう行為ではない。
笑う木の根元へ行くと、昨日と同じ夢色の扉が待っていた。
木は私たちを見るなり、枝をゆらゆら揺らして笑う。
「今日は読む夢だねぇ」
「見る夢です」
「読むのも見るのも似たようなものさ。目で食べるか、頭で噛むか、心に刺さるかの違いだよ」
「最後が少し嫌ですね」
「いい本は刺さるものだよ」
「刺さり方によります」
笑う木はけらけらと笑い、枝の一つを下げた。
昨日見た五つの道が、夢見る茨の庭の入口の奥に薄く浮かび上がる。
王冠、書庫、犬小屋、劇場、騎士剣。
そのうち、書庫の匂いがする道だけが、今日は少し強く光っていた。
紙とインクと古い木の匂い、それに少しだけ眠る前の布団の匂いが混じっている。書庫なのに布団の匂いがするのは、夢の書庫だからだろうか。
門番羊は今日も入口で寝ていた。いや、勤務中の仮眠らしい。
「おはようございます」
「おはようございますぅ……今日は書庫ですねぇ……」
「はい。見る夢の欠片を取りに行きます」
「本に失礼をしないでくださいぃ……」
「本に失礼とは?」
「読まないで積むとかぁ……途中で飽きるとかぁ……結末だけ見るとかぁ……」
「耳が痛い人が多そうですね。私は最後から読むタイプではありませんよ」
私が言うと、羊は眠そうに頷いた。
「なら大丈夫かもぉ……でもぉ……本は読むものですがぁ……夢の本は読まれたがるものでもありぃ……読みに来た人を読み返すものでもありますぅ……」
「笑う木と同じことを言いますね」
「木は根が広いですぅ……羊は夢が広いですぅ……」
「便利ですね」
「便利ですぅ……」
羊は「よい夢をぉ……でも夢に食べられないでくださいぃ……」と寝言のように見送った。
夢に食べられる、という表現を残して送り出さないでほしい。
書庫の道は、静かだった。
足元は柔らかい草ではなく、薄い紙を何枚も重ねたような道になっている。踏むと、かさり、と紙の音がするけど、破れる気配はない。
左右には茨の代わりに本棚が生えていた。本棚が生えている。木の幹から本棚が伸び、枝の代わりに本が実っているようなものもある。熟した本は落ちるのだろうか。落ちた本は誰かに拾われるのだろうか。
そこまで考えて、私は少しだけ楽しくなった。
「ラウラリア様」
「はい」
「楽しそうです」
「本が実っているので」
「理由になっていますか?」
「妖精の国では、たぶん」
カイが本棚に近づこうとした瞬間、一冊の本が棚から飛び出してきた。
《読む?》
「うおっ」
《読んで》
《読まないで》
《でも気になるでしょ》
《表紙だけでも》
《いや、帯だけでも》
「本が圧をかけてくる!」
カイが後ずさると、ぽんとびっくりコインが出た。
すると、その本がぱたぱたと表紙を動かして喜んだ。
《びっくりした!》
《いい反応!》
《君の本、読みやすそう!》
「俺が読まれる側なの確定してるのか!?」
ルーザがすっと手を伸ばし、本を閉じた。
ぱたん。静かな動作なのに、妙な迫力がある。
「許可なく読まないでください」
《こわい》
《黒いお姉さん、しおりみたい》
「しおり?」
《挟まれたら逃げられない感じ》
「褒めていますか?」
《たぶん》
ルーザは無表情だったが、ほんの少しだけ眉間に皺が寄った。花瓶、石像、しおり。妖精の国におけるルーザの比喩がどんどん増えていく。
どれも硬さや制圧力に関係しているのがすごい。
道の奥へ進むと、やがて本格的な書庫に辿り着いた。
そこは巨大な円形の空間だった。
天井は高く、見上げても上が見えないほど本棚が積み重なっている。
壁という壁が本で埋まり、床にも本の模様が浮かび、中央には大きな読書机が置かれていた。机の上にはランプが一つ。炎ではなく、小さな夢が燃えている。
夢が燃えるとは何なのか。だが、燃え方はとても静かで、紙を傷める気配はない。
そして、書庫中の本がこちらを見ていた。
いや、本に目はない。ないはずだが、明らかに見られている。
背表紙が少し傾き、ページがかすかに震え、しおりがぴょこぴょこ動いている。
「ようこそ」
低い声がした。
中央の机の上に、一冊の大きな本が開いていた。
厚い革表紙。銀の金具。ページは白いが、文字はまだない。開かれているのに白紙の本。どう考えても普通ではない。
「夢の書庫へ。読みに来た者、読まれに来た者、読んだふりをしに来た者、積んだまま満足する者、栞だけ集める者、ようこそ」
「最後の方、読書としてどうなんですか」
「本との関わり方は人それぞれだ」
大きな本は、ページを一枚めくった。自分で。
ぱらり、という音が静かに響く。
「私はこの書庫の司書本。司書ではない。本だ」
「司書本」
「そうだ。本であり、司書であり、本棚に戻りたくない本でもある」
「自己紹介が複雑ですね」
「本だからな。厚みがある」
カイが小声で「ちょっと上手いこと言う本だ」と呟いた。
司書本のページがぴくりと動く。
「水色の読まれやすい客」
「また変な呼び方!」
「君は感情の字が大きい。読みやすい」
「やめろ!」
ぽん。
《びっくりコインを獲得しました》
書庫中の本が一斉にざわめいた。
《出た》
《読まずに出た》
《便利》
《付録?》
《水色の付録?》
「付録じゃない!」
またぽん、と出た。
「カイ、反応すればするほど本に注釈を増やされますよ」
「それ早く言って!」
「今わかりました」
「遅い!」
司書本は満足げにページを震わせた。
「よい。では、見る夢の試みを始めよう。ここで必要なのは、本を読むことではない。読まれることを拒まないことでもない。大切なのは、見たあとに何をするかだ」
「やはりそこですか」
予想通りだ。
夢の書庫は、ただ知識を与える場所ではない。知識と夢の扱い方を問う場所だ。
「まずは、各々に一冊ずつ本を選ばせる。いや、違うな。本が各々を選ぶ」
その瞬間、書庫のあちこちから本が飛び出した。
まずカイの前に、水色の表紙の本が突っ込んできた。表紙には大きくこう書かれている。
《面白そうな場所を見つけると走る夢》
「待て」
《待たない》
「タイトルに悪意がある!」
《事実》
「事実でも言い方!」
ぽん。
カイは頭を抱えた。水色の本は嬉しそうに表紙をぱたぱた動かしている。
相性が良さそうだ。本人は嫌そうだけど。
次にルーザの前へ、黒と銀の表紙の本が静かに降りてきた。
こちらはとても落ち着いている。表紙の文字も上品だった。
《守る人が、少しだけ守られたい夢》
ルーザが無言で本を閉じようとした。
「ルーザ」
「確認のため閉じます」
「逃げていませんか?」
「確認です」
《まだ読んでいません》
「読まなくて結構です」
《読まれたいです》
「結構です」
本とルーザが静かに押し合っている。絵面は地味なのに圧がある。
カイが小声で「本とルーザさんの力比べだ」と言い、直後にルーザから視線を向けられて黙った。
そして、私の前に一冊の本が降りてきた。
表紙は白でも黒でもない。見る角度によって青にも銀にも薄紫にも変わる。触れようとする前に、表紙の文字がゆっくり浮かんだ。
《見るだけで満足しない夢》
私はしばらく黙った。
「……なかなか失礼なタイトルですね」
《事実です》
「本までそう言いますか」
《本は嘘をつかない。編集はする》
「それはかなり厄介ですよ」
司書本が笑ったようにページを揺らす。
「読んでみるといい。いや、開けば君を読む。拒むならそこで終わりだ」
「拒みません」
私は本に手を置く。
その瞬間、ページが勝手に開いた。
文字はなかった。
代わりに、いくつもの景色が流れ込んでくる。
ヘルの街。父上の書斎。私の寝室。赤の塔。嘘つき看板の迷路。歌う花の舞踏会。夜の湖。妖精王の笑顔。そして、現実の私の部屋。
バイザーを手に取る自分。スマホ越しのカイのメッセージ。ゲームでありながらゲームだけではなくなっていく世界。
私はそれらを見た。
見せられた、というより、本が私の中から拾い上げて並べているようだった。
《あなたは見たい》
《仕組みを見たい》
《制度を見たい》
《人の動きを見たい》
《隠された条件を見たい》
《そして、見たものを動かしたい》
ページに文字が浮かぶ。
《見るだけなら、楽なのに》
私は少しだけ笑った。
「そうですね。見るだけなら、もっと行儀よくいられたでしょうね」
《行儀よくしたい?》
「必要な場では」
《必要でなければ?》
「触ります」
《何を?》
「仕組みを。権利を。人の感情を。ルールの隙間を。動かせるものを」
《悪い夢ですね》
「褒めています?」
《少し》
司書本が静かにページをめくった。
「では問おう。見る夢の客よ。君は見たあと、どうする?」
書庫が静まり返った。
カイも、ルーザも、それぞれの本と向き合ったままこちらを見ている。
水色の本はカイの前で「走る?走る?」と震えていたが、カイは珍しく黙っていた。ルーザの本も、閉じられかけながらも静かに私を待っている。
見る。知る。理解する。そこまでは好きだ。
だが、それだけでは足りない。知ったなら、使いたい。得た情報を配置し、関係を作り、交渉し、利益を生み、時には人の認識をずらす。
赤の塔でやっていることも、ヘル家で学んでいることも、妖精の国で遊んでいることも、本質的には同じだ。
「動かします」
私は言った。
「見るだけで終わるほど、私は行儀よくありません。見たものが面白ければ触れますし、触れられるなら動かします。動かして、変わった先も見たい。私はたぶん、そういう欲張りです」
ページが震えた。
棚の本たちがかすかにざわめき、夢のランプの炎が少しだけ高くなる。
《欲張りさん》
《でも隠さない》
《見る子》
《動かす子》
《行儀が悪い子》
《面白い子》
司書本の白紙だったページに、細い銀色の文字が現れた。
《合格》
その瞬間、私の前の本から薄い紙片が一枚抜け落ちた。
紙片というより、夢の欠片を紙の形にしたようなものだ。淡い青銀色で、縁がわずかに光っている。
《妖精王の正式招待状・見る夢の一片を獲得しました》
「一つ目ですね」
私は紙片をそっと受け取った。
軽いけれど、ただの紙ではない重みがある。
正式招待状の欠片、その一つ。
カイがほっと息を吐いた。
「ラウラ、今のちょっと悪役っぽかった」
「失礼ですね」
「褒めてる」
「本当に?」
「たぶん」
《褒めています》
水色の本が勝手に補足した。
「お前は黙ってろ!」
その時、ルーザの本が静かに開いた。
《守る人が、少しだけ守られたい夢》
ルーザはそれを閉じようとした。だが、本は閉じない。柔らかく、しかし強く、彼女の手を受け止めている。
「ルーザ、無理に読まなくても」
「いえ」
ルーザはしばらく本を見つめたあと、静かに息を吐いた。
「見る夢の試みはラウラリア様のものです。ですが、ここで逃げるのも不自然でしょう」
彼女は本を開いた。
内容は私には見えなかった。
ただ、ページから黒と銀の光がふわりと漏れた。そこに、ほんの少しだけ桃色が混じっているのを私は見た。見たが、言わない。絶対に言わない。
ルーザの表情はほとんど変わらなかった。
だが、耳が少し赤い。
《守りたい》
《守られたい》
《見届けたい》
《少しだけ、語りたい》
最後の一文で、ルーザが本を閉じた。
「ここまでです」
《まだ》
「ここまでです」
《続きは?》
「ありません」
《あります》
「閉じます」
ぱたんと、本は閉じられた。
強制終了である。
司書本が「強いしおりだ」と呟いた。
「しおりではありません」
「では、栞騎士」
「その呼称も不要です」
カイが肩を震わせている。
笑ったらルーザに見られるので必死に堪えている。だが、堪えきれなかったのか小さく吹いた。
「カイさん」
「すみません」
「何に笑いましたか」
「栞騎士がちょっとかっこいいなって」
「……」
ルーザが黙った。嫌ではなさそうなのがまたじわじわ来る。
栞騎士ルーザ。語感的にも結構似合う。言わないけど。
最後に、カイの本が勝手に全開になった。
《面白そうな場所を見つけると走る夢》
「待て待て待て、俺まだ許可してない!」
《許可を待つと走れない》
「それはそうだけど!」
《面白い場所》
《面白い相手》
《待っていた夢》
《待たせていた夢》
《走る夢》
《でも、戻る場所があるともっと走れる》
カイが一瞬黙った。
水色の本のページに、文字ではなく景色が浮かんでいるようだった。
私にははっきり見えない。だが、カイの顔から、ただのギャグではない何かがそこにあるのはわかった。
「……戻る場所、か」
《犬小屋?》
「台無し!!」
《違う?》
「違う!いや、違うけど、なんか今ちょっといい感じだっただろ!」
《水色の犬小屋》
「やめろ!」
ぽん。
カイが机に突っ伏した。水色の本は満足げに閉じた。
感動しかけたところを自分でぶち壊す本。
司書本は三人を見渡すようにページを揺らした。
「よい。見る夢は、見るだけでは終わらなかった。正式招待状の一片は渡された。だが、まだ一片だ。招かれるには、演じる夢と守る夢が残っている」
「次は劇場ですね」
「そうだ。演じる夢。君はもう、ずいぶん上手に演じているだろう?」
その言葉は、私に向けられていた。
ラウラリア・ラ・ヘルとして振る舞うこと。ラウラくんとして、王子様のように微笑むこと。貴族として礼を尽くすこと。中身の麗を隠しながら、この世界で役を演じること。今までのゲームでやってきた、ロールプレイ。
私は少しだけ目を細めた。
「演じているつもりはあります」
「つもり?」
「ええ。ですが、演じているうちに、どこまでが役でどこからが私なのか、少し曖昧になってきました」
「よい答えだ。劇場は喜ぶ」
司書本は満足げに閉じかけたが、すぐにまた少し開いた。
「それと、水色の読まれやすい客」
「何だよ」
「劇場では静かにしていると、逆に目立つ」
「どうしろと!?」
「いつも通りでいい」
「それ一番危ないやつ!」
私は正式招待状の一片をインベントリへしまいながら、深く息を吐いた。
一つ目の欠片は手に入った。
「では、戻りましょうか」
「もう戻るのか?」
「はい。欠片を一つ得た時点で十分です。続けて劇場へ行くと、たぶん情報量で溺れます」
「ラウラがまた撤退判断してる」
「私も成長しています」
「妖精の国に鍛えられてるな」
「嬉しいような嫌なような」
ルーザは深く頷いた。
「賢明です。次の演じる夢は、ラウラリア様に深く関わる可能性が高い。準備してから挑むべきです」
「ルーザの守る夢も残っていますけどね」
「……それは最後でお願いします」
「最後でいいのですか?」
「はい」
「なぜ?」
「準備が必要です」
「何の?」
「心の」
私はそれ以上聞かなかった。
カイも、珍しく何も言わなかった。
水色の本に読まれた直後だからか、少しだけ察しが良くなっているのかもしれない。いや、元から重要なところはちゃんと察するタイプなのだ。普段が犬なだけで、カイは結構油断ならないし察しが良いタイプだ。
夢の書庫を出ると、茨の庭の道はまた眠そうに揺れていた。
門番羊のところまで戻ると、羊は片目だけ開けた。
「一片、取れましたかぁ……」
「はい」
「おめでとうございますぅ……見る夢はぁ……よく目が疲れますぅ……」
「確かに少し疲れました」
「枕に目を休めてもらうといいですぅ……」
「枕に?」
「歌わない枕はぁ……たまに目を冷やしますぅ……」
「うちの枕は歌いたがりですが」
「ではぁ……交渉してくださいぃ……」
枕と交渉。
今夜の予定が増えた。増やしたくなかった。
笑う木の市場へ戻ると、木はすぐに気づいたように笑った。
「一片持って帰ったねぇ」
「はい」
「見る夢か。似合うねぇ」
「褒め言葉として受け取ります」
「次は演じる夢だねぇ。劇場はね、拍手が好きだよ。嘘も好きだ。ほんとうも好きだ。でも、一番好きなのは、嘘みたいなほんとうだ」
「また難しいことを」
「君ならわかるさ」
私は返事をしなかった。
嘘みたいなほんとう。ラウラリアという役を演じているうちに、それが本当になり始めている私には、確かに刺さる言葉だった。
カイが横で言う。
「劇場ってことは、ラウラの王子様ムーブが試される感じ?」
「かもしれません」
「めちゃくちゃ強そう」
「どうでしょうね」
「いや、花にも本にも刺さってたし、劇場とか絶対刺さるだろ」
「刺さる対象が増えすぎですね」
「看板にも刺さってたし」
「看板は泣かせてやりました」
「やっぱり強い」
花の宿へ戻ると、宿帳がページをめくった。
《おかえり》
《本くさい》
《読まれた?》
「少し」
《いいな~》
「宿帳は読まれたいんですか?」
《宿帳は読む側》
《でもたまに読まれたい》
「複雑ですね」
《帳簿だから》
帳簿だから、とは?
部屋に戻ると、枕が期待に満ちた沈黙をしていた。
歌いたいのだろう。けれど羊の言葉を思い出す。歌わない枕は、たまに目を冷やす。
「枕」
「ら?」
「今日は、歌ではなく目を冷やしてもらえますか?」
「……ら」
枕は少しだけ不満そうだったが、すぐにひんやりとした柔らかな感触に変わった。私はそれを目元に当てる。悔しいくらい気持ちいい。
「ありがとうございます」
「らぁ……」
私は目を閉じながら、今日手に入れた正式招待状の一片を思い出す。 妖精王に正式に招かれるまで、あと二つだ。




