第37話 白い小道のウソつき看板
そんなわけで、私たちは三本の道を少しずつ試した。
中央の白い小道では、看板が次々と怪しい指示を出してきた。
「右へ行け」「戻れ」「市場は後ろ」「君はもう迷子」「これは嘘ではない」「この看板は信用できる」など、どれもこれも絶妙に腹立たしい。
だが、ルーザが魔力の流れを見て、私が言葉の矛盾を拾い、いくつかの嘘を見破るたびに嘘コインが出た。
途中で看板が「もうやだ」と表示した時は少しだけ申し訳なくなったが、受付妖精が爆笑していたのでたぶん問題ない。
左の花畑では、花たちがひたすら騒いだ。
私が少し微笑むだけで花コインが出た。出すぎるのも怖いので途中から表情を抑えたが、今度は「すました顔もいいね!!」と言われて追加で花コインが出た。
ルーザが無言で私を見ていたけど、不可抗力です。
さらにルーザが花たちに「道を塞がないでください」と言ったら、花たちが「黒いお姉さん命令したー」「かっちょいー」と騒ぎ、なぜかごきげんコインが一枚出た。
ルーザはそれを見てかなり複雑そうな顔をしていた。
私は笑わなかった。偉い。
右の小川沿いでは、私が流されるのはルーザに止められたため、代わりに小川へ質問を重ねた。
「どこへ流れるのか」「市場へ行けるのか」「迷子になる条件は何か」などを聞くと、小川は「たぶん」「気分」「流れ次第」「水だからね」みたいなことしか言わなかった。
だけど、その曖昧さ自体がヒントだった。
つまり、この道は目的地へ向かう道ではなく、流れに身を任せることでランダムな場所へ飛ばされる迷子発生ルートなのだろう。
カイが身をもって証明している。ありがたい反面教師である。
そうして三本の道を調べ終えた頃には、私の手元には金貨コインが数枚、花コインがそこそこ、嘘コインが数枚、ごきげんコインが一枚、そして情報という名前の一番大きな収穫が残っていた。
受付妖精は、明らかに楽しそうだった。
「変なの」
「変ですか?」
「みんな、道を進むのに」
「はい」
「君は道を調べた」
「必要なので」
「道を選ぶゲームなのに、道を選ぶ前に道と話すの、変」
「妖精の国では普通かと思いました」
「普通じゃないよ。でも面白い」
妖精はにやっと笑った。
「やっぱり観察してみる!!」
「もうされているのでは?」
「もっとする」
「遠慮していただけると助かります」
「やだ」
「でしょうね」
私はため息を吐きつつ、少しだけ笑った。
結局、市場へ向かう道として選んだのは中央の白い小道だった。
理由は単純で、最も安定して市場へ近づいている魔力の流れがあったからだ。
ただし、途中で看板が嘘をつくので、それを見破りながら進む必要がある。ルーザの魔力視と私の言葉読みがあれば、たぶん突破できる。たぶん。
受付妖精は「つまんない道選んだー」と言ったが、その直後に「でも君たちが行くなら面白くなるかも」と言い直した。どういう意味だ。怖い。
白い小道を進む間も、看板はしつこかった。
《この先行き止まり》
「嘘ですね」
《ほんとうだよ》
「魔力の流れが続いています」
《ちぇ》
《左を見るな》
「見ろという意味ですね」
左を見ると、小さな金貨コインが草むらに落ちていた。
《なんで見るの》
「見るなと言われたので」
《ひどい》
「理不尽です」
ルーザが小さく呟いた。
看板と会話しながら進むのは思っていたより楽しかった。
いや、看板側はだんだん不満そうになっていたが、こちらとしては嘘コインも増えるし、道の性質もわかるし、良いこと尽くめである。
妖精の国では、相手が妖精でなくても油断できない。看板ですら遊んでくる。
だが、遊んでくるなら遊び返せる。そう理解した瞬間、この国の見え方が少し変わった気がした。
そして、しばらく進んだ先で、草原が開けた。
目の前に現れたのは、遠くから見えていた巨大な木だった。
近くで見ると、それは想像以上に大きかった。
幹の太さは小さな屋敷ほどもあり、枝は空へ広がり、その枝の一本一本に店のようなものがぶら下がっている。
布の屋根、木箱、吊り看板、光る瓶、歌う袋、勝手に移動する値札。
根元には妖精たちが飛び回り、プレイヤーらしき姿もちらほら見える。
どこかの枝では小さな鍋が勝手にスープをかき混ぜ、別の枝では帽子が客を選んで逃げ回っていた。
市場という言葉は確かに合っている。だが、普通の市場ではない。商品も、値札も、店も、たぶん木も、全員が自我を持っている。
木の幹には、大きな顔があった。
いや、顔のような模様と言うべきかもしれない。だが、目のような穴がゆっくり開き、口のような裂け目がにんまり笑ったので、もう顔でいいだろう。
「ようこそ」
木が喋った。
「笑う木の市場へ」
声は低く、やたら楽しそうだった。
「ここでは何でも買えるよ。売ってくれるならね」
私はその言葉を聞いて、思わず目を細めた。
「お金ではなく、商品側が売るかどうかを決めるんですね」
「正解さ!」
笑う木が笑った。
枝がざわざわ揺れ、吊るされた店たちが一斉にこちらを向いた気がした。
ルーザが静かに言う。
「帰りませんか」
「まだ来たばかりですよ」




