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第36話 妖精と鳥かご

「そういえば」


 ひとしきり泣いて、少しスッキリした顔をしたエリザが口を開いた。


「セドリック様は、一億シェンを手切れ金にすると仰っていました。今その額を用意させているのですが、そのままでよろしいのかしら」


 ミシャーナは驚いた。セドリックの実家のベルグレイヴ家は相当な金持ちで、借りたいと言えば一億シェンほどの大金でもすぐさま用意できるほどの家だった。


 しかし、それはベルグレイヴ家ほどの財があればこその話だ。

 確かに侯爵家なら多少の融通は利くだろうが、だからと言って一億シェンを手切れ金にするから寄越せとは。金銭感覚が狂っている。


「酷い、そんな大金。民が治める税の意味が分かっているの?」


 ミシャーナは憤り、拳を強く握りしめた。


「ほう、貴女はよく国の仕組みを理解している。隣国の伯爵令嬢は、皆ここまで政治に聡いのか」


「いいえ。私は後継者なので特別な教育を受けていました。ほかのご令嬢のように、パーティは婚約者探しではなく、主に顔つなぎでしたから」


 シリルは「なるほど」と一人で納得し、エリザに指示を送る。


「エリザ、お前はあの男と今まで通り接しろ。一億シェンはくれてやるから、上手く誘導して本心を聞き出せ。それから精霊の力はわたしが使う。お前は自分が使っているように見せるだけでいい。分かったな?」


「分かりましたわ。セドリック様はわたくしを愛していると信じていますので、問題ありませんわ」


 多少は気持ちに整理がついたのか、エリザは気丈に振舞うと「ごきげんよう」と優雅に挨拶をして、兄の執務室から出て行った。


 エリザを見送り二人っきりになった執務室で、ミシャーナは小さな声がすることに気が付いた。


『ねえ、お願い!』


 かすかな音のようだが、間違いなく誰かが話しかけているように聞こえる。徐々に叫びのように悲痛な声に変化したことがどうしても気になって、ミシャーナは訊ねた。


「シリル様、今誰かが『お願い』と叫んでいませんでしたか?」


 シリルの肩がピクリと動いた。エリザを見送ったままの姿でシリルは返事をした。


()()()()()()()()と?」


「はい。かすかですが『ここから出して』と言っているようです」


 振り向いたシリルは、今まで見たことも無いくらいの形相だった。

 ミシャーナの肩を掴むと、焦った様子で問いただそうとする。


「どうしてあなたが“声”を聞ける!? それは我々だけに伝わる秘術のはずだ!」


「シリル様、痛いです」


 ミシャーナの声に我を取り戻した様子のシリルは、短く「すまない」と謝罪し、肩から手を離した。


「あれは……先ほど話をした契約精霊の声だ。申し訳ないが、本当に聞こえるのか?」


「はい、か細くて聞き取れない部分もありますが」


 ミシャーナは指を滑らせ、声が聞こえた本棚の方を指さした。


「あのあたりから声が聞こえます」


 一瞬、シリルは複雑な顔でミシャーナを見て、すぐにいつもの表情に戻った。そしてミシャーナが指示さししめした本棚に近付く。


 一冊の本を抜き出すと、本棚が開き扉が現れた。


「この扉の向こうに精霊がいる。確かめてくれ」


 シリルは扉を開けて手を差し伸べた。ミシャーナは誘われるままにドアを潜った。一歩足を踏み入れると、草原の香りが部屋中を満たしている。


()()が見えるか?」


 シリルが示した場所には小さな鳥かごがぶら下がっていて、中には小さく動く光が見える。


「あれは、精霊……違う」


 ミシャーナはその光から放たれる感覚を()()()()()。テレサの使う精霊とは違う、どちらかと言えば()()()()()()感覚。ふらふらと鳥かごに近付いて呟く。


「妖……精……?」


 すると鳥かごの中の光は大きくなり、小さな声ははっきりと聞き取れるようになった。


『そう、そうなの! アタシは精霊じゃなくて妖精! アナタ、ここから出してくれない?』


「シリル様!」


 妖精の声を聞いて、ミシャーナはシリルに駆け寄った。


「この子は精霊ではなく妖精です! 本来、妖精は自由な生き方をするものだと私の領では伝えられていて、聖なる存在です。早く解放を! 閉じ込めておくなんて絶対に良くありません」


 ミシャーナの剣幕に驚き、シリルは狼狽した。胸につかみかかる勢いのミシャーナをなだめるように肩に手を置き、落ち着くように諭した。


「よくわからないが、まずは落ち着いてくれ。貴女はあれが妖精だと、そう言ったのか」


 興奮で息が上がったミシャーナは、ただ頷いた。シリルはミシャーナの肩から両手を外すと、鳥かごに近付いて話しかける。


「本当に、妖精……なのか?」


『だ~か~ら~! 最初からそうだって言ってるじゃない! なのに、力なき者(ニンゲン)にはハッキリと言葉が通じないし、そのくせ成約だけはキッチリやり切っちゃうんだから』


 今まで曖昧にしか聞こえなかった声が、シリルにもはっきりと聞こえた。


「まさか、妖精だとは……」


 恐る恐るシリルが鳥かごを開けると、まばゆい光が部屋を包み込み、何も見えなくなる。


 ミシャーナは目を細め、光の中で人影が浮かんでいるのを見た。

次回、妖精の正体が明らかに……!

ざまあカウントダウン2

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