【自分でも気づかない感情Ⅲ】
はいどうもこんにちは。
「寄生獣」、 岩明 均先生の秀作、
『雪の峠』をご存知でしょうか?
ストーリー的には現代の「秋田市」が
生まれるきっかけとなった話で、
その『城』の建設を巡るプレゼン合戦といった構図ですが、
その中でよりテーマを際立たせるため
彼の戦国武将、【上杉謙信公の逸話】が出てきます。
上杉謙信公と云えば仁・知・勇に優れた名将で、
ワタシも尊敬する数少ない人物の一人ですが、
上記の作品ではそのイメージから外れた話が語られます。
舞台は「永禄5年の冬」、武州松山城が武田、北条の連合軍に包囲され、
その援軍要請に応じて謙信公が正に
進軍困難な『雪の峠』を越えて駆け付けたのですが、
寸での所で城は「降伏」
全ては水泡に帰してしまったのです。
その後の謙信公帰還後の酒席にて、
謙信公はその「松山城」守将の人質となっている
幼い二人の兄妹をその場に呼び寄せ、
なんと二人の髪をむんずと掴み
自身の刀で胴体ごと真っ二つに
【斬り殺して】しまうのです。
自身も仏法へ帰依し慈悲深く義に厚く
しかし勇猛果敢な公のイメージとは
正に一線を画す冷酷さと非情さ。
無情の戦国時代ではよくあった話ですが、
彼の謙信公ですらその線には漏れなかったという
衝撃的な逸話です。
ワタシも当時はその残虐性にばかり眼を奪われ、
「所詮英雄などそんなモノ」と
会津の方々にボコボコにされても仕方のない事を
心の中で宣っていたのですが、
直近、数回前の【ベルセルク】の話も含めて、
20数年掛けて初めて気づいた【事実】があります。
先刻、ここは謙信公の『意外な一面』を描いたシーンだと云いましたが
実は逆、此処ほど謙信公らしい内面が描かれているシーンは他に無いのです。
ご存知の方はご存知のように、
戦国時代の【人質を預ける】という行為は
文字通りの『契約』であって、約定に違えば
【即殺される事】を意味します。
そうでなければ『契約』の意味が無い。
可哀想だからと殺さないのもまた同時に
【契約の無効化】を意味します。
しかし幾ら『契約』だからといって、
【幼い子供を斬り殺したい】武将などいるでしょうか?
ましてや『処刑』は【殺し合い】とは違い、
一撃で後の苦しみが無く即死させるのは
尋常ならざる技量、それこそ『達人』並みの能力が要求されます。
土壇場に連れて来られて泣き叫ぶ幼子を前に
冷静に一太刀で葬る事が出来る者などそうはいません。
ましてや【戦国最強】と謳われる
誇り高き上杉謙信公の精鋭部隊では尚の事でしょう。
(信長もボロ負けしましたからね……('A`))
だから【謙信公は自ら手を降した】のです。
自分の配下の者にそんな事はさせられない。
手順を失敗れば子供が地獄の苦しみを味わう事になる。
『正当な処刑』ではそれだけ長い時間子供が恐怖に苛まれる。
だから理由も解らぬまま子供を酒席に連れて来させ、
一瞬で同時に二人共葬ったのです。
一方を先に殺せば残された方がより恐怖と絶望を味わう羽目に陥るからです。
子供を「可愛がる事」は誰にでも出来ます。
しかし子供に出来るだけ苦痛を与えないように、
己の心を殺して苦渋に堪え、非情に徹する事が出来る者は
滅多にいません。
今の「時代感覚」では『子供殺さず逃がしてやれよ』
と思われるかも知れませんが、
無情の戦国時代では正に謙信公の執った行動こそ
【最適解】だったのです。
20年以上前の作品でも、
また新たに読み直して見ると
本当に意外な発見があったりするものです。
それこそが真の意味での
『作品』と呼ばれるモノかも知れません。




