第九十話
第九十話
ダンジョンマスターマダラメの勝利のあと、またカードが配られる。
「ベット、十枚」
次に動いたのはエクストだった。カイトは降り、ダブリスや勇者サイトウ、ユーリスも降りた。ダンジョンマスターマダラメがどう動くのか気になったが、意外にも彼はあっさりとカードを投げた。
「なら、私が応じよう」
今度はジードがコインを前に差し出す。ワイズマンが降り、またしても一騎打ちとなる。
三枚の共通カードが明らかとなり、ベットラウンド。エクストはさらに十枚賭ける。
「レイズ百枚」
今度はジードが先ほどのマダラメと同じ作戦をとった。
「……降りる」
エクストは意地を張らず、あっさりと降りた。
好判断。と言えるだろう。
先ほどのジードの動き。明らかにダンジョンマスターマダラメと同じだった。
これがほかの勝負師なら、ただ真似をしただけと見ることが出来た。だがジードは最高峰の勝負師として名を馳せている。彼の行動がそんな薄っぺらいものである筈がない。
もちろん賭場の裏側など、薄っぺらい嘘とハッタリだらけなのだが、本物の勝負師は薄い嘘の裏側に、相手を刺し殺す本命の刃をぎらつかせている。
相手の本命を見抜くまで、軽々に動くべきではなかった。
そして次のゲームでワイズマンが。さらに次のゲームでユーリスがそれぞれ十枚ほどかけて動きを見る。
わかったことは、やはりジードとマダラメは、何かしらの確信を持って動いているということだった。
また、二人は同盟を組んでいる。必ず片方が初回で降り、両者は決して互いを標的にしていないのだ。
事前に話し合いがあったとは思えない。だが二人とも互いが最大のライバルであると自認し、終盤まで手の内を見せず、戦わないことを決めている様子だ。
やはりこのままでは二人勝ちとなってしまう。このまま二人の独走を許すわけにはいかなかった。
なんとしてでも、二人の勝利の秘密を解き明かさなければいけない。
次のゲームが始まり、カイトは動くことを決意する。
「レイズ十枚」
カイトは皆が様子見の一枚をかける中、十枚をレイズした。
「コール」
ダンジョンマスターマダラメが、カイトのレイズにコールで答える。ジードが降り、他の参加者も降りる。
三枚の共通カードが明らかとなり、カイトがコインを一枚ベットする。
「レイズ、百枚」
ダンジョンマスターマダラメがまた大量のコインを賭けた。
「コール」
カイトはレイズに応じる。
会場がざわつくが、参加者たちは動じない。いつかは誰かが挑まなければならないことだ。それは背負うものがないカイトしかいない。
四枚目のカードが明らかになる。カイトは一切反応せず、前を見る。ただし内心は四枚目のカードを喜んでいた。
カイトの手札は4と9そして四枚目のカードは4だった。これでワンペアが確定。マダラメに役が入っていなければ勝てる。
さぁ、どうする?
カイトはマダラメを見る。しかしダンジョンマスターはカードを投げた。
「降りる」
マダラメのドロップ宣言に、また会場がざわついた。
カイトの手元に百枚以上のコインが移動する。だがこれは勝ったうちに入らない。マダラメは明らかに、カイトの手役の変化に気付いて降りたからだ。
なぜだ? なぜ分かった?
カイトは手役が見抜かれた理由が分からなかった。
相手のわずかな反応から、手札を予想することはポーカーの真髄だ。しかしカイトもこの大会に向けて、それなりに訓練を積んできた。
わかりやすい癖や仕草はすべて修正している。もちろんわずかな目の動きや呼吸、表情の変化などは残っているだろう。だがすぐに見抜けるものではないはずだ。
それに付け焼刃の自分の癖を見抜くのはいいとして、ワイズマンやエクスト、ダブリスといった一流の勝負師相手に、いくらマダラメやジードでも同じことが出来るわけがない。
何か裏がある。それも確固たる何かが。
カイトは静かに思考を巡らせた。
答えは全て、目の前にあるはずなのだ。
ダンジョンマスターマダラメ、そしておそらくジードもだが、二人とも勝負の前にはたっぷりと訓練の時間をとり、入念に準備を重ねているはずだ。
自分の癖を全て消し去る訓練や、相手の癖を見抜く目。勝負勘など、自分の感性をぎりぎりまで研ぎ澄ませている。
一方で、それ以上の仕込み、例えばすり替えやカードの細工といったイカサマの類は決してしていないはずだ。
イカサマに頼る人間は、どうしても心に油断や慢心が出来てしまう。それらは心の隙となり、鋭敏な感性を狂わせるからだ。
彼らが必勝の手段を構築したのは、このテーブルについてからのこと。ならば同じことをカイトにだってできるはずだ。
考えろ、考えるんだ。
カイトは自分が何を見落としているのか、ただそれだけを考えた。
おそらく気付き、閃き一発で事態が変わるはずなのだ。しかしそれが何なのかわからない。
カイトが参加者を見る。特に仲間であるユーリスを見た。
ユーリスのコインはまだあまり減っていない。事態が有利に動くまで、動くなというサインをカイトが送っているからだ。
しかし負けてはいないものの、ユーリスは口元を引くつかせている。不安の表れである兆候だ。ユーリスもそれなりの勝負師だが、普通ではない勝負の展開に、不安を隠せないでいる。
カイトにもわかってしまう不安のあらわれ、事前に気付ければよかったのだが、勝負の最中は指摘できない。敵に利用されなければいいのだが。
その瞬間、天啓がカイトの脳裏にひらめいた。
ああ、そうか。そういうことか!
カイトは不意にすべてのからくりに気付き、驚き、そして納得した。
気付いてみれば単純明快。そしてなるほど、それしかないという合理性がある。
気づきに驚くカイトの手元に、新たなカードが配られる。カイトの手札はQと5。かなり強い手だ。
皆が様子見の一枚をかける中、カイトのベットラウンドが来る。
「レイズ、十枚」
カイトのレイズにマダラメとジードが降りるが、二人が降りたのを見て、ダブリスとエクストがコールする。
三枚の共通カードが明らかとなる。あらわになったのは8と3とA。
エクストとダブリスが一枚賭ける中、カイトは百枚のコインを前に押し出した。
「レイズ、百枚」
カイトのレイズに、会場がざわめく。そしてエクストとダブリスの眼光が光る。
「……降りる」
エクストは迷った末にカードを投げた。だがダブリスはコインを差し出す。
「いいだろう、コールだ」
ダブリスはカイトのレイズに応じた。
カイトの動きがマダラメやジードの真似だと見たのだろう。それに引いてばかりでは勝てない。格下のカイトを倒してコインを多くとろうと考えているのだ。
ゲームが進み、四枚目のカードが場に差し出される。
共通カードがめくられる。四枚目のカードは3。カイトの手役に変化はない。
カードがめくられるたびに、カイトの心は焦燥に焼け焦げそうだった。
このポーカーの醍醐味はまさにここにある。今の手札がよくても、次のカードで逆転されるかもしれないという恐怖。一方で幸運が舞い込めば、一転して勝利が確定するかもしれない歓喜。
火を呑むような興奮が胸を焼き、緊張に指先がひりつく。
三回目のベットラウンド。カイトは迷わずコインを百枚差し出した。
「……コールだ」
ここで引いても勝ちはないと、ダブリスも応じる。
五枚目の共通カードがめくられる。カイトに幸運は舞いこまず、めくられたカードは7。カイトの手役に変化はなく、一番強い役はQのままだ。
「ベット、百枚」
先に百枚をかけたのはダブリスだった。
これまで仕掛けていたカイトに対して、反撃してきたのだ。
ダブリスを見ると、この勝負に乗れるかと目で挑発していた。
ここに来てカイトは二つの選択肢に悩まされた。
コールかドロップかではない。コールかオールインかだ。
オールインするか?
すでにダブリスは三百枚のコインをかけている。ドロップはしたくないはずだ。しかしカイトがオールインすれば、ダブリスは降りるかもしれなかった。そして降りれば二度とカイトとの勝負には応じないはずだ。
「……コール」
あとのことを考えて、カイトはコールにとどめた。
最終ベットが終わり、ショーダウンとなる。誰もがダブリスとカイトのカードに釘付けとなり、めくられるカードが何なのか固唾を呑む。
しかし周りの緊張に反して、カイトの心は凪いでいた。勝負の途中まであった興奮も冷め静かにカードをめくる。
カイトの手札はQと5。そしてダブリスの手札はJと9だった。
「カイト様の勝利です!」
ディーラーである灰塵の魔女ことアルタイル嬢がカイトの勝利を宣言し、会場は歓声に包まれる。三百枚以上のコインがカイトの手元に集められた。
誰もがこの結果に沸き立つ。周りから見れば紙一重の名勝負に見えただろう。
しかし違う、カイトはこの結果が分かっていた。カイトが緊張し、興奮していたのは五枚目のカードがめくられるまで。めくられてからは、勝つことが分かっていた。カイトと同じく、結末が分かっていたジードとマダラメも笑っている。
これでようやく二人に追いつけた。あとはどれだけ二人の独占を許さず、他の参加者からコインを巻き上げることが出来るかだ。
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ロメリア戦記の方は、明日更新でいいると思います。
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