EP.5 - 26
モエナ=マトーは千年以上前に没し、後世に名を残した偉人である。
戦争に明け暮れたとある島国の民を武力によってまとめ、乱世を終わらせ秩序をもたらしたと伝えられている。
武術に長けたとされるマトー一族は好戦的な性格の者が多く、常に戦争の渦中にあった。
力に溺れ、余所者との協力体制を築くという考えを持とうとしなかった一族は、長い戦いの果てに全滅の危機に瀕した。
生き残った者のうちの一人、少女モエナはやがて一族を再興し、全国統一を果たす。
そんな逸話を持った偉人と海賊頭、両モエナ=マトーは、実は同一の存在であり、海賊頭のモエナの中には大昔に全国統一を成し遂げたモエナの記憶が残っている。
所謂、"転生"である。
モエナは何度も転生を繰り返していた。
何故、死した後に前世の記憶を継承して生まれ変わるのか、彼女自身その正確な理由は解っていない。
いつまで経っても"意思"が滅する事の無い自分の運命を好都合と捉え、彼女はとある悲願を成就させる為に現在も尚、人の一生と一生を紡ぎ続けている。
現世で海賊の男と港町の娘との間の子に転生したモエナは、当然ながら全く別の名前を付けられ育てられた。
妻を捨て海へと帰っていった父に強い憤りを感じながら幼少期を過ごしたモエナは、その怒りを本人にぶつける為、前世の経験を活かし武術の腕を磨いた。
十七歳のとき単身で海賊船に襲撃をかけ見事制圧し、父の居場所を海賊達に尋ね、嵐に巻き込まれ海の藻屑となった船に搭乗していたらしいという話を聞き失意に暮れていたモエナは、その華麗な身のこなしに魅せられた海賊達にのせられ、リーダーに担ぎ上げられてしまったというのが、海賊頭モエナ誕生の経緯である。
海賊になる者達は親に付けられた名前を捨てて新しい名を名乗ることが通例だと聞かされ、彼女は丁度良い機会だと思い、モエナ=マトーを名乗るようになったのだった。
モエナの転生には、単純に生まれ変わるというだけでなく、もう一つ特別な要素があった。
彼女は死すると、"複数の存在"に転生するのだ。
正確な数は把握出来ていないが恐らくは多くても六つ程度だと彼女自身は考えている。
それぞれは当然独立して活動しているが、死を迎えるとその肉体が持った記憶がモエナのもとに集まってくる。
その記憶にはモエナ=マトーの記憶が含まれていない事から、モエナの記憶を持った肉体は一つであり、その他は飽くまで別個の存在として現世を生きているようである。
モエナの記憶が宿る、本体と称すべき肉体が死を迎えると、すべての記憶を継承して再度転生する。
そして異なる場所で新たに生まれた、分散した魂のような存在を宿した肉体は、モエナの意思とは無関係にその人生を謳歌し、やがて死した後に記憶をモエナのもとに送り届ける。
それがモエナの転生が持つ、もう一つの特別な要素。
そして、モエナがリニーを救うという行動を取るに至った理由でもある。
モエナの分散した魂の一つは生前、サーラという名の女性の肉体に宿っていた。
サーラはマークェイ家の長女、ユーシィとリニーの姉『サーラ=マークェイ』である。
サーラが海賊に殺され、その記憶を受け取ったモエナはすぐさまリニー救出に動き出した。
無事リニーを救出し、彼女を故郷に送り届けるために始まった長い船旅。
その最中、モエナは新たな記憶を受け取った。
それは、エスティ=ミノーグの記憶であった。
サーラとエスティの記憶が混ざり合った瞬間、モエナはかなり混乱した。
妹としてのユーシィ。
そして、敵対しその身を刺し貫こうとするユーシィ。
その二つが同期するという状態は人を混乱させるに十分であろうが、モエナは転生を繰り返す過程でその程度では動じない程の強靭な精神を手に入れていた。
では、彼女を混乱させたのは何か。
それは、エスティの記憶の中にあった、狐の耳と尻尾を持つ少女の面影であった。




