EP.5 - 16
布越しに薄っすらと見える礼拝堂で、予定通り会議が行なわれている事をキースは確認した。
彼は、また自分の与り知らぬところで何事かが起こっているのだなと、うんざりした。
査問を受ける人間の到着を待たず会議は開始された。
ならばキースは無関係なのかと言えばそんな事は無い、厳重な監視を伴い連行されてきているのだ、無関係なわけがない。
何かの嫌疑をかけられている可能性が出てきたと悟ったキースは、これからどのように行動すべきかを考え始めた。
彼は現在、拘束されているフリをさせられている。
目の位置に巻かれた黒い布は生地が薄く、辛うじて透けて見える。
背中で両手首を縛っている体の縄は、上から布がかけられている為に外からでは見えないが、実は結ばれていない。
大袈裟に、脅しかけるような言葉を言い放ちながらそれらを着けた男を、彼は知っていた。
誘拐事件の時に捕え、昨晩自室に現れた男、ジゼである。
ジゼはローブに付いたフードを目深に被り、顔を晒していない。
しかし声を出すことで、わざわざキースにその存在を知らせた。
拘束の意味を成していない目隠しと手縄を施し、そして他の者に悟られない方法でキースに自分の正体を明かしたジゼが、異端審問委員会に潜り込んだ間者である事は明白であった。
委員会が間者に入られたという事実にキースは大層驚いた。
教会という組織には、世襲制が根付いている。
政治を司る王族や貴族を始め、神父を配する役目を負ったクレイス家のような一族も同様だ。
そんな教会内部に、社会的信用が皆無である海賊が入り込むのは難しい。
海賊が異端審問官であるジゼに接触し、仲間に引き入れたのだろうかとキースは憶測した。
それならば実現可能であるが、強大な権力を有する教会内部の者を心変わりさせられる程の条件を、海賊風情が提示できるかというと、それもまた難しい。
そこまで考えた所で、キースはもう一つの可能性に気付いた。
ジゼが、海賊に間者として入り込んだ異端審問官であるという可能性だ。
委員会が間者を使う事は良くあることであった。
異端者を暴く為に出来る事はなんでもやるのが異端審問官だ、それくらいは当たり前の様にやってのける。
出自不明のならず者の集まりである海賊に潜り込むなど簡単な事だ。
何故、委員会が海賊に間者を送ったのか。
そして何故、ジゼが現在海賊の側についているのか。
キースには分からぬ事がいくつかあるが、実現可能である点においては、ジゼが異端審問官であるという説が最有力であった。
身内は知らぬ間に教会を裏切る意思を固めていた。
海賊だと思っていた男が異端審問官として現れた。
巫女同士が起こした騒動の責任を取らされるのかと思ったら、別の嫌疑をかけられている。
自分の与り知らぬところで、時代が、世の中が動き始めているのをキースはひしひしと感じている。
であるが故に、敵を、味方を、見誤ってはならないと必死に思案する。
キースはジゼを想像以上に出来る男だと評価した。
すっかり彼の事を信用させられていた自分に今更気付かされたからだ。
間者として申し分ない能力を持っているこの男を味方として見て良いのか、キースは思い悩む。
異端審問委員会はキースに何かしらの嫌疑をかけ裁こうとしている。
そして身内であるクレイス家は教会に反旗を翻す腹積もりだ。
委員会に反目しているらしきジゼは、現在のキースにとっては敵の敵となり、味方するような行動をとっているが、立ち位置が不明瞭過ぎて信用に欠ける。
誰を、何を信じれば良いのか、迷うキース。
そんな彼を呼ぶ声が突如、聖堂内に響いた。
「おーい、きーす! なにやってんだおまえー!」
キースには最早聞き慣れた異国の言葉、そしてどこかふてぶてしさを感じさせながらも愛らしさを多分に含んだ声。
その声の主は当然、狐巫女のコアンだ。
「コアン=マークェイ、シェイク!」
次いで、会議の議長を務める男の声がキースの耳に届いた。
会議の最中に大声を出したコアンを議長は嗜めたのだ。
「………………マークェイ?」
キースは耳を疑い、思わず疑問に思った箇所を口に出してしまった。
会議を円滑に進める為に、参加者は姓名を事前に登録しておく義務がある。
議長がコアンを『コアン=マークェイ』と呼んだのは、そのように登録されていたからだ。
ではそのように登録を行なった者は誰か。
コアン自身でない事は明白で、恐らくはマークェイ家の誰かだ。
出自が明らかでないコアンが不審がられないよう気を使ったとも考えられるが、キースはマークェイ家の真意は別にあると考えた。
悪くない選択だと、キースはこれからマークェイ家が取るであろう行動を評価した。
それと同時に、ユーシィに対する不信感を募らせた。




