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EP.2 - 1

【先週更新分のあらすじ】

地域の住民、主に子供達と親交を深めるコアン。ひと月程経ったある雨の日、『天気予想』アプリで人々の興味を惹けないかと画策するアイザック。コアンやキースはそれなりに反応を示してくれたが、果たしてこのアプリは役に立つのだろうか。

 エルミーを見送った後、キースとコアンは厨房で夕食を取りながら異世界語と日本語で、会話のようで、そうでない何かをしていた。

 実際にはジェスチャーでしか意思の疎通が出来ていなかったのだが、傍から見ると会話が成立している様に見えて、かなり不思議な光景であった。


 天気予想アプリの画面を見て以来、俄然俺に興味が湧いてきた様子のキース。

 食事が終わると彼は身振り手振りを交えて異世界語でスマホを貸して欲しいとコアンに伝えた。

 キースの言葉をコアンがどれだけ理解出来たかは分からないが、大体の意向は伝わった様で、入浴している間だけ弄って良いと許可を出し彼女は入浴場へと消えていった。


 フリップを開いた状態の俺を見つめるキース。

 何が彼の琴線に触れたのかと疑問に思いつつ俺は天気予想アプリを起動した。



 現在の予想天気は――――晴れ。



 三日月を模したアイコンが画面中央に表示され、続いて上部に十日間の予想天気が現れた。

 右下では団扇を持った浴衣姿の女の子が打ち上がる花火を見上げている。

 どうやらアプリは現在を夜、そして季節を夏としているようだ。だいたいあってる。


 朝から降り続いていた雨は既に止んでいた。

 換気の為に開けている窓から外を眺めるキースの様子から察するに、彼が興味を持ったのは予想された天気の方か。


 窓から向き直ったキースの人差し指が画面に触れる。

 タップすると変化が起きる事を知っている彼は、現在の画面でも何かしら反応があると考えたのだろう。

 しかし表示されている画面が少しだけ左に動いた後直ぐに元の位置に戻り、変わらず現在の予想天気を表示し続けている。左へスワイプすれば明日以降の予想天気を見る事が出来るのだが、それを知らないキースは首を傾げて考え込んでしまった。


(まあ、明日以降の予想天気が見られたところで殆どデタラメだしなぁ……)


 このアプリは役に立たないという結論に至った。

 自分と同じように狐の耳を付けたキャラクターを見たコアンは、一度は驚いた様子を見せたが、それ以降興味を示す事は無かった。けものピラーの方が魅力的だったらしい。


(喜んでくれるかなと思ったんだけど、考えが甘かったかぁ……)


 彼女は獣の耳や尻尾を持っていない人間に囲まれて孤立感を抱いたりはしないのだろうかという疑問が湧いたが、よくよく考えてみれば性格は図太そうであり、加えて沢山の友達が出来た。孤独が付け入る余地は無いか。


(他人を喜ばせるのって難しいんだな……)


 瞳を閉じ何やら思案している様子のキースを見ながら俺はしみじみと思った。




 結局俺とキースとの仲は進展の無いまま無駄に時が過ぎ、入浴を終えたコアンが厨房に戻ってきた。


「おさきにいただいてやったぞー」


(謙虚なのか傲慢なのか分かり辛いな!)


 彼女は椅子に腰掛けるとキースの目の前にあった俺を手に取る。


「てーれれーれれーれれーれてーれれーれー」


 頭を左右に揺らしながら楽しそうにけものピラーのBGMを口ずさむコアン。彼女の髪から水滴が飛び、俺の画面に付着した。


(あーもう、ちゃんと拭きなさい!)


 全く拭き取っていない訳では無さそうに見える。しかし彼女が首から提げている布は吸水性に乏しい様で、髪の毛をしっかり乾かすにはもう少し手間が掛かりそうだ。

 それを察したキースはコアンの背後に立ち、布で彼女の髪をわしゃわしゃ拭き始めた。


「うぐぐぐ、まえがみえないー」


 前が見えていない割には綺麗に積み上がっていくけものパネル。こやつ、出来る。

 その恐るべきプレイスタイルを彼女の背中越しに見物しながら念入りに髪の毛の水分を拭き取るキース。

 俺の視界に映る、まるで父と子の様な二人の微笑ましい姿を見ていると、うっかり自分の置かれている状況を幸福な日常と勘違いしてしまいそうになる。


 だが真の幸福は死の先に有る事を俺は決して忘れたりしない。

 そこに至る道の途中、困難の嵐が前方より襲い来るならば喜んで立ち向かおう――――死に物狂いとはよく言ったものだ。


(――――まあ、それよりも先ず今現在襲って来ている水滴の嵐を何とかしないとかな……)


 涙で滲んだかの様な視界にうんざりしながらも、俺はコアンとキースの触れ合いを満更でもない想いで見守った。




 ――憂鬱な雨音を奏でる雲達がしめやかに舞台を降りた次の日、地獄が唐突に顕現した。




「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛つ゛い゛~~~~~……」


(これはやべぇ……)


 日の出と共に気温はどんどん上がっていき、地面に沁み込んでいた雨水がその熱で蒸発し空気中を漂っている。まるで、命を吸い取る見えない触手を大地が人々に伸ばし絡みつかせているのではと思わせる様な、強烈な蒸し暑さだ。


「みずあびしたいなぁ~~~……おまえもそーおもうだろ~……?」


(あーいいね水浴び――――――いや良くない良くない、壊れるっつーの)


 薄手のワンピース一枚という格好でも暑さを和らげる事が出来ず寝室のベッドの上で悶え苦しむコアンの恐るべき提案にうっかり賛同してしまいそうになる。

 しかし、直接水を浴びるのは避けたいが避暑地にでも行って流水の近くで過ごしたい気分ではある。


「コアーン! ワーーームーーートーーー!」


 地獄の釜の様な灼熱の世界には到底似つかわしくない元気な声が外から聞こえた。


(エルミーか……凄ぇなあの子は……)

「あいつ……どっかおかしーだろぉ……」


 バタバタと沢山の足音が近付いてくる。どうやら本日の来客はエルミーだけではないらしい。


 部屋の前で足音が止まる。

 そして、勢い良くドアが開け放たれ雪崩れ込んでくる子供達。


「うへぇ……」

(むぅ……ちびっこ麦わら盗賊団……)


 俺達は、お揃いの麦わら帽子を被った集団に包囲されてしまった。


「コアン! ティンドバック!」

「あーあー! きこえなーーーい!」


 耳を塞いで声をあげ、必死に聞こえない振りをするコアン。

 エルミーが言い放った異世界語「ティンドバック」は、出発を意味する言葉である。

 コアンも散々聞かされているので当然意味は理解しているが、照り付ける日差しと纏わり付く湿気の待つ屋外へと誘うその言葉を、知らなければ良かったときっと後悔しているだろう。


「おまえらだってしんじゃうぞー!? いいのかー!?」


 麦わらの一味に出口へ連行されながらも外出を拒む事を止めないコアン。日本語で訴えているが、意味は解らなくとも意図は何となく通じていても不思議ではないのだが、皆聞く耳を持たない。


「あっ! きーす! おい、たすけろきーす!」


 エントランスホールにキースの姿があった。ボトムスは皮製のものだが上半身は薄手の肌着のみだ、流石に今日はローブを着ていられない様だ。彼は見覚えのある形状のものを手にしている。


(――――日傘かな。運命って残酷だな、お嬢……)


 傘布の部分は、加工の具合は違うが子供らの帽子と同様の材質で出来ている様だ。骨組や柄は良く加工された木材で見てくれは決して悪くない、工芸品の様な出来栄えだ。

 キースは片膝をつくと、(うやうや)しくコアンに傘を差し出した。今そんなことされても全く嬉しくないだろう、悲しい擦れ違いだ。


「うらぎりもの~……おぼえとけよな~……」


 頼れる者が居なくなってしまったのでついに観念したコアンは渋々傘を手に取った。

 開閉式ではない様だ。見るからに利便性が悪そうだ、きっと普段は殆ど使われないだろう。高い位置に耳があるコアンの頭部を気遣ってわざわざ用意してくれたのだろうか――有難くもあり、有難くもなし。


 キースに依って出入り口の扉が開かれた。外の空気が流れ込んでくる。

 この不快な気流、まるで質量を持った殺意だ。外気の強襲を受けて麦わら盗賊団は悲鳴を上げたが、間髪入れず外へ飛び出した。


「ほんとにいくのかよ~……」


 コアンは自分のお腹を軽く圧迫する太い腰紐の位置をもたついた動作で直す。まだ踏ん切りがつかないのか、時間稼ぎのつもりなのだろうか。

 彼女のワンピースは特製で、背中に首から尻尾の付け根の所まで伸びるスリットがあり紐で結わえてある。大きな尻尾が窮屈にならないよう服の外に出す為、そして着易さを考慮した結果このデザインになった。尻尾の付け根部分の肌が露出してしまう為、それを隠す大きな蝶結びを作るのが腰紐の役割だ。コアンは腰紐を煩わしく思っているようだが、外そうとすると麦わら盗賊団の女性団員達が怒るので外せずにいる。


「「「コーアーンー!」」」


「わーったよ……いくよ! いく!」


 コアンは意を決して恐る恐る外に出た。


「ぐあああああぁぁぁぁぁ……」

(ぐえええええぇぇぇぇぇ……)


 即、心を折られる。

 普段過ごしている世界とはまるで別世界だった。そもそも異世界だが。

 身を焼く陽射しもさることながら、この襲い来る湿気の不快感は何だ。まるで物理法則がねじ曲げられたかの様な錯覚を起こした。俺以外にも転生してきた奴がいて、そいつが悪意を持って使ったチート能力がこの地域に作用しているんじゃないか? ――――そうか、転生者の仕業だな? 許さん!


 勝手な妄想により生まれた()り場の無い怒りに震える俺。

 ――――実際に振動するスマホボディ。


「おまえもいやだよな~?」


 振動する俺に気付き、追い詰められていたコアンはついに(スマホ)に同意を求めだした。

 嫌とは言っていない、というか喋れない。でも完全に同意だったので結果オーライだ。


 フリップが開かれたので天気予想アプリを開いてみた。当日の予想天気は当然晴れだが、明日以降の天気は雨のマークが続いていた。


「ふざけんな!」


 罵声を浴びせられる。

 暑さで気が立っているのだろう、気持ちは解らんでもない。だが最近は天気が非常に不安定だ、少ないソースから予想したらこんな風にもなるだろう。いやあ、役に立たないな本当に。


「ティ~~ンドバ~~~~ック!」


 エルミーの呼ぶ声が聞こえる。


「あ~もぉ~! わ~かったよ、いくよもぉ~~!」


 再度、意を決して歩き出すコアン。

 何だかんだ文句を言いつつも誘いには乗る、これは彼女なりの美徳なのだろうか。


(美徳――――徳、かぁ……)


 掴みどころの無い『徳』というものをどう捉えるべきか、未だ答えの出ない疑問、俺の異世界ライフにおけるテーマの一つである。現実世界の高僧に問うてみたいものだ――――徳とは何ぞや。


(うーむ…………むっ? あ、こらっ! 歩きスマホは止めなさい!)


 片手に傘を持ち、空いた手でゲームアプリを操作しながら歩くという芸当を見せ付けるコアン。スマホ操作が手馴れてきた証拠であり、そういった意味では喜ばしい事だがあまりにも危険な行為だ。俺はスリープモードに強制移行させた。


「あれっ? ……しんだ!?」


(いや死んでない死んでない)


 コアンは立ち止まって俺を軽く振る。あまり強く振られるのも嫌なのでスリープモードを解除する。すると、彼女はけものピラーを再度起動し歩き始めた。


(やめろっつーの!)


 もう一度スリープモードに移行させた。


「ん~~~?」


 また立ち止まるコアン。

 これを繰り返して解らせよう、両手が塞がった状態で転べば下手したら大怪我だ。


 そんな動作を何度か繰り返していると、少し前方を歩いていた子供達が駆け寄ってきた。


「コアン?」

「ノーマディ?」


 子供らは心配している様子だ。「ノーマディ」は主に安全確認の時に用いられていた気がする。きっと「大丈夫」辺りと似た意味合いの言葉だろう。


「なんか、ちょうしわるいみたいだなぁ……あっついからかなぁ……」


(そうきたか~~~~~)


 歩きながら弄ろうとすると操作不能になる、と意識付けしようと思ったが当てが外れた。

 だが、その妨害工作が功を奏してスマホを弄るのを諦めてくれたコアンは、フリップを閉じると腰紐の腹の辺りに俺を挿し入れた。


(おっ? ちょっとお腹の音が気になるけど悪くないポジションだな!)


 腰紐からボディが半分くらい出ている状態なので、アウトカメラが外に出て、且つ前方を向いてくれれば進行方向を視界に捉える事が出来る。ベストな状態になる確率は四分の一、そしてコアンの気分次第だ。


 コアンが歩き始めると、エルミーは何か喋りながら前方を指差した。

 遠くに生い茂る木々が見える、どうやらそこを目指しているらしい。


(そうか、森かぁ……川とかあると尚良いなぁ)



 俺は蜃気楼で揺らめく景色にうんざりしながらも、エルミーが指し示す先に期待を膨らませるのだった。

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