EP.2「夏、大合唱と研究会」
一緒に外で遊んだり入浴をしたりと、コアンはその無邪気さという武器で急速に地域の子供らとの距離を縮めた。
彼女に沢山の友達が出来たお陰で俺という存在の認知度も一応上がった。
やはり狐の耳と尻尾を有したコアンの姿は誰の目にも奇異なものとして映るらしく、地域住民達の興味は殆ど彼女に注がれていたが、中には俺に興味を示す者もいた。
コアンは俺の所有権を主張するが如く大人達の目からは遠ざける仕草をする事が多かったが、子供相手にはその態度を軟化させ、俺を貸し与える事を躊躇しなかった。
雨の日などは教会に子供達が集まり、けものピラーを一手ずつ順番に操作しミスした者から脱落するというルールの試合が催され白熱した。
キースや子供達を通じて地域住民とコアンとの交流も深まり、それを利用して徐々にではあるが俺は異世界の言語と文化の理解度を上げていった。
例えば空に浮かぶ太陽と月の様な天体、これらはそれぞれ『シャオマー』『イーズ』と呼ばれている。キース曰く、シャオマーは大地を護るものであり、イーズは人を護るものである、だそうだ。
日光は様々な恩恵を与えてくれるがその熱で人を害する事もある。だから人ではなく大地を護るものとしているのだろうか。一方、月光は闇夜を照らし人々の不安を和らげてくれるといったところか。そもそも月の光は太陽光が反射したものなのだが、異世界の人々が月をどういう存在として捉えるかは自由だ。まあ、月とイーズは全くの別物で実はイーズ自体が発光している可能性もあるのかもしれないが、日毎少しずつその身を細くしていくあれはどう見ても月だ。
やはり、この異世界とやらは現実世界を模しているとしか考えられない。
誰が何の為にという領域にまで食指を伸ばそうとすると際限が無くなるので思い留まった。
起源や正体という点ではなく特性に重きを置いて考察した方が己の為になる。何せそれらが存在する世界自体、俺が嘗て居た世界とは異なるものなのだから。
俺がこの世界に来てから三十日程経った。
今日は朝から雨模様だ。何処へ行く用事も無いコアンは昼食後のお昼寝タイムに突入した。
彼女が眠るベッドにはもう一人、黒髪の少女がすやすやと寝息を立てて眠っている。コアンが此処に来て初めて裸のお付き合いをした例の有能ドジっ娘だ。
このドジっ娘は俺にとって実に有用な存在だった。妙に世話焼きで何かにつけてこちらを気に掛けて、異世界語を理解出来ないコアンに、時に身振り手振り、時に図解で説明してくれた。俺が現在持っている異世界語知識の大半は彼女から与えられたものだ。名前を『エルミー』といった。
エルミーの活発さはコアンのそれを軽く凌駕しており、よく走り回っては転び、その度に生傷を作っていた。コアンと殆ど変わらぬ幼児体型の抜け切っていない体躯は頼り無さを感じさせるが、それが内包するバイタリティーは底知れず、影を射す事を知らない表情と、毛先に少し癖のある黒いミディアムヘアーがその活発さをより引き立たせた。
ここ数日の天気は、そんなエルミーの活発過ぎる活動を戒めるかの様に非常に不快且つ不安定だった。
雨が降る事も多いがそれ程冷えず、逆に晴れの日は気温がぐんぐん上がり熱を持った湿気が体に纏わり付き人々から体力を奪っていった。気温が上がるだろうとは予想していたが、ここまで高温多湿の不快な季節が来るとは思っていなかった。
でもまあ、スマホである俺には関係の無い事――――
――と、思うじゃん?
(あぁぁぁぁ……マジで要らねぇわ温湿度計……)
iZakuroX6の持つ温湿度計は、温度と湿度、そしてご丁寧に『不快指数』までも俺に送信してきやがったのだ。
何を思ってこの無駄な機能を付けたのだろうかと、不快指数の高さも相まって温湿度計に対する苛立ちは日に日に増していった。
そもそも温度や湿度なんてのは気象観測所が公表しているデータにアクセスすれば一目瞭然なのだ、わざわざスマホを使ってピンポイントで計測する必要性に疑問を感じる。これはiZakuroX6のカスタマーレビューにも散々書かれていた事だ。だからこそ次のバージョンではオミットされる事が決定したのだろう。
だが、そんな明らかな失敗の石礫に躓いても只では転ばないのが、高い知性を持った人類という生物の驚くべき性質である。
誰しもが無駄と語るその機能を面白がって有志が開発したアプリがある。
『天気予想』
と呼ばれるアプリだ。
起動時に計測した温湿度から現在の天気を予想して記録し、更にそこから十日間の天気を予想するのだ。
一度や二度の計測では目も当てられない予想結果になってしまうが、連日計測し続けた実測データとアプリに登録されている気象変化のパターンが運よく合致すると驚くべき正確な予想が成されユーザーを驚かせた。
当然、不正確な予想結果である事が殆どなので天気予報としての実用性は皆無と言って良いのだが、このアプリを使い続けるユーザーは意外と多かった。
その理由は予想結果とは別にあり、その要素とは計測時に予想した現在の天気に応じて様々なキャラクターが画面に表示される機能だった。
何故それが使い続ける理由足りえたのかは単純で、そのキャラの可愛さとパターンの豊富さがユーザーの収集癖を刺激したからだった。
実は、俺はそのアプリを既に何度も起動している。
まあこれだけではなく様々なアプリを起動してその有用性を模索しているのだが、この天気予想アプリに関しては特別な理由があって連日起動している。
その特別な理由とは、特定条件下で出現するキャラクター『白無垢を纏った狐耳の女の子』を表示させる事だ。
たったひと月でもう転生を諦めて現実逃避し始めたのかと誤解されそうだが、そうではない。
しかしながらこの行為によって道が開けるという確固たる自信がある訳でもない。
流れの緩急も分からぬ因果の廻流に在ってそれが一把の稲藁であるか天より垂れる荒縄の先であるか知れず、それを掴み何処の岸辺に辿り着くか分からずとも、事を起こさねば延々流され何時か溺れる。
だから俺は一生懸命『白無垢を纏った狐耳の女の子』を出現させようと頑張っている。
それを見たコアンが何を思うか、他の人々が何を思うかは本当に分からない。藁に縋るような行為だ。
だがそれでもやる。
成せば成る、成して均すは苗床よ。成って果てるは金色の床だ。
一つの成功は多くの成功を生む土壌を作る。そうして実った沢山の稲穂に抱かれ逝きたいものだ。最後の床が寝藁でない事を願うばかりだ。
「んんん~~~……」
コアンが目覚めたようだ。
目を擦りながらスマホの画面を覗き始めたので試しに天気予想アプリを起動してみた。
現在の予想天気は――――曇り。
「うそこけ、あほ~」
窓から見える外の景色は変わらず雨模様だ。室内ではこの程度の予想すら満足に出来ないらしい。
このアプリの精度が高ければ気象予報士として人々に貢献できたかもしれないと思うと口惜しい。
いつの間にかコアンの尻尾を抱きながら寝ているエルミー。コアンはエルミーの腕から解放した尻尾で彼女の寝顔をペシペシ叩いた。
「ン~……ケイン~……」
エルミーも起きた、というか無理矢理起こされた。「ケイン」は起床時の挨拶なので日本語に直すと「おはよう」だ。
寝惚け眼で尻尾にじゃれ付き始めるエルミーを、同じく寝惚け眼をしたコアンは尻尾の動きだけで器用にいなす。まるで小動物のそれを見ているようで非常に微笑ましい。尊さすらある。
暫くベッドの上で戯れていた二人だったが、どうやらエルミーの家族が迎えに来たようで、エントランスホールまで見送りに行く事になった。
「コアン~、ハイデンチュア~」
フードの付いた外套を羽織ったエルミーはコアンにそう声を掛けると家族と共に教会を後にした。「ハイデンチュア」は別れの挨拶だ。コアンは特に声を掛ける事はなかったが、扉の前までしっかり出向いて雨の中を歩くエルミー達に手を振って見送っていた。
エルミーの見送りが済んだのか、コアンはその場でフリップを開きスマホの画面の見た。
(――で、出来れば部屋に戻ってからにして欲しいんですが!)
うっかり雨に晒されでもしたら困るのだが、俺の願いなんて通じない事は百も承知なのでとりあえず最近のルーチンワーク、天気予想アプリの起動を行なった。
現在の予想天気は――――雨。
「ここまでこないとわかんないのかよー、つっかえねーなおまえー」
(アプリの開発者に言ってくれよ! 俺は悪くねぇ!)
だが一応正確なデータを蓄積する為に計測場所は選んだ方が良いかな、などと考えていたその時――――
「おー?」
コアンが予想結果の画面を見て驚きの声を上げる。
俺が求めていた『白無垢を纏った狐耳の女の子』がついに出たようだ。
「――コアン?」
「うおっ!?」
意識がスマホの画面に集中していた為か、キースに後ろから声を掛けられビビるコアン。
「びびらせんなよなー……」
驚くコアンには目もくれずスマホの画面をまじまじと見つめるキース。
気になっているのは白無垢の狐娘か、それともでかでかと表示されている雲の下に点が八つ付いている『雨のマーク』か。
「てんきをおしえてやってたんだ、こいつてきとーだからなぁ」
キースにスマホの画面を見せびらかして得意気に言うコアン。なんだかとっても悔しいです。
スマホの画面と外の天気とコアンの顔を見比べながら腕を組み唸るキース。
その表情は大方の予想通り、みるみる威圧感に満ち満ちたものに変わっていった。
【キャラ紹介】
エルミー:黒髪元気有能ドジっ娘




