EP.7 - 7
Zacro Storeは静寂に包まれている。
此処は俺が銃弾を受けて死んだ後、最初に目覚めた場所だ。
だから此処は死者の訪れる場所の筈。
なのに神様の爺さんは、俺は”死んでない”と言っている。
「死んでないって……どういう事?」
「どうもこうも、そのまんまの意味じゃが……?」
死んでないのに死者の訪れる場所に居る?
臨死体験でもしているということなのか?
それともまだ完全に死んでない、つまり微量の充電量が残っている状態なのか?
「……ごめん爺さん、詳しく説明して貰える?」
「仕方ないのう」
爺さんは面倒臭そうにそう言うと、髭を弄りながら更に続けた。
「おぬしは大事な事を忘れておる」
「いや、それはもう分かったから、その大事な事っていうのを詳しく説明してくれよ……」
中々聞きたい事を答えてくれなくて俺はイライラし始めたが、老人特有のアレなのかもしれないと思いグッと堪えた。
「おぬしはバッテリー切れを起こしたスマホを充電もせずに”壊れた”と言って廃棄するか?」
「え、普通に充電し直すけど……」
特別な事情でも無い限りスマホをそんな風に使い捨てるような真似は普通しないだろう。
妙な質問をしてきた爺さんの意図が読めない。何が言いたいんだろう。
「察しが悪いのぅ……そのスマホがおぬしじゃよ」
「うん……? 確かにバッテリー切れは起こしてるけど……それがどうかしたか?」
「違う。 バッテリー切れを起こしたスマホを見て、”何もしてないのに壊れた”と言っておるのがおぬしって事じゃよ」
なるほど、そういう事か。
要するに、バッテリー切れを起こしても直ちに死んでしまうという訳ではないという事なのだろう。
「言いたい事は大体わかったよ、でもさ……」
確かに死んでない。
だが、スマホの電源が入らなければ、生きてもいない。
「充電出来なきゃ意味ないじゃん……実質死んでるようなものじゃないか?」
「全然違うわ、馬鹿者」
何故馬鹿呼ばわりされなければならないのか。
異世界には充電器なんて無いのだから、もうスマホの電源が入る事は無い。
それはつまり死んでいるのと変わらないだろう。
何も間違っていないじゃないか。
「あー、あれか? 異世界で電源の入らなくなったスマホを誰かがぶっ壊してくれるまで待たなきゃいけないって事か?」
実際、元居た世界でバッテリー切れを起こした事は何度もあったが、銃弾を受けて物理的に破壊されるまでは死んだ事にはならなかった。
なるほど、忘れていた大事な事っていうのは、これの事か。
「それでも良いがのぅ、他にも出来る事があるんじゃよ」
「えー……なんだろ?」
爺さんの言っている”大事な事”というのは、どうやら俺が辿り着いた答えとは違うらしい。
いったい何を忘れているっていうんだ、俺は。
「ふーむ……では、わしらが今居るこの場所は何の為に存在すると思う?」
「えぇぇ……そんなの知らねーよ……」
何の為にこのZacro Storeが作られたかなんて、それこそ神様くらいしか知らないだろう。
しょうがないから想像で答えるしかない。
「なんだろ……異世界との中継地点、みたいな?」
「ぶっぶー」
目を瞑り、唇を尖らせた爺さんの顔が凄い腹立つ。
「んだよ! 面倒臭ぇから教えろって!」
「しょうがないのう……ヒントをやろう」
「いや……」
ヒントじゃなくて答えが欲しいんですけど、と言おうと思ったが、爺さんが俺の言葉を遮って喋り始めたので言えなかった。
「Zacro Storeにご来店されたお客様がする事は何じゃ?」
「えぇぇ…………?」
質問の意図が分からない。
質問の意味は分かるが、問題はそれを俺に答えさせる意図だ。
「えーっと……最新機種って今どういうのかなーって、実物を見てみたり?」
「うむ、インターネットの画像だけでは得られない情報もあるからのぅ……で、他には?」
「えっ、めんどくさ」
どうしても俺に答えさせたいらしい。
つまり、爺さんの望む答えに辿り着かない限り話が進まないという事だ。
めちゃくちゃ面倒臭い。
「あ、修理の依頼とか?」
「おおっ! 惜しい、惜しいぞ! そう、Zacro Storeはお客様を色々とサポートしてくれるんじゃ」
惜しいってなんだ。
クイズをやる為に二百年生き続けたんじゃないんだぞ。
「さて、おぬしが今困ってる事はなんじゃ?」
なんだこの誘導尋問。
凄く無駄な時間を過ごしている気がする。
しかし、答えねば話が進まない。
しょうがないから正直に答えよう。
「そんなの、転生出来なくて真歩ちゃんに会えない事に決まってるじゃねーか!」
「ちがーーーーう!」
「違くねぇよ!」
何も違くないが、爺さんの求めている答えではないらしい。
Zacro Store……つまりスマホに関係してて俺が今困っている事が答えなんだろう。
いくつかヒントが出た事で、俺は答えに辿り着いた。
「ああ、充電か」
「正解!」
エサクタ、じゃねえよ日本語で言え日本語で。
だがこれでやっと面倒な問答から解放される、めでたしめでたし。
「…………って、充電できるの!?」
クイズに嫌気が差してたせいで事の重大さに暫く気付けなかった。
充電ができるという事は、異世界での生活がまだまだ続くという事だ。
これは一大事過ぎる。
「もちろんじゃよ、嬉しかろう?」
正直、嬉しい。
またコアンと一緒に異世界を巡る旅を続けられるのは、確かに嬉しい。
だが真歩ちゃんのスマホへの転生が暫くお預けになってしまうと考えると、喜ばしいかどうかは微妙なところだ。
「う、うーん……まあ、そこそこ?」
「なんじゃ、張り合いの無い……」
大事な事というのは、充電が出来るという事だった。
残念ながら転生はまだ出来ないようだ。
ならばさっさと充電して異世界へ帰って徳を積む旅を再開しなければならない。
俺にはタイムリミットがある。
「よし、じゃあ早速充電頼むわ爺さん!」
「うむ、任せるがよい!」
景気の良い返事をすると、天を仰ぎ両腕を広げる爺さん。
魔術の儀式……いや、充電の儀式でも始まるのだろうか。
「天と盟約を交わせし幽玄の使徒よ……我が呼び声に応え給え!」
「おお……っ!?」
呪文の詠唱という、異世界転生ファンタジーらしいものが登場して思わず感嘆の声を上げてしまう。
ついにド派手な魔法的なものが見れるかと思うと期待に胸が膨らむ。
「店員さーーーーーん!」
「普通に呼べよクソジジイ」
ウェーブのかかった黒いロングヘア―を靡かせて颯爽と現れた女性店員さんは爺さんの後頭部を引っ叩いてツッコミを入れた。
そして彼女は俺を乱暴に掴むと、ツカツカとストア内を歩きカウンターへ向かう。
「ちょっと気分出してみたかっただけなんじゃよー、怒らないで欲しいんじゃよー」
爺さんが何か言ってるが、なんかもう凄いムカつくんで無視だ、無視。
店員さんも爺さんを無視してカウンターで作業をしている。
店員さんはずっと此処で爺さんの相手をしているんだろうか、何だか気の毒だな。
っていうか、幽玄の使徒……いや、有限か?
この店員さん、有期雇用なのかな……。
「では、失礼して……」
スマホの画面を操作しだした店員さんは、無線通信の設定をオンに切り替え、カウンターの上に設置されている長方形の箱に俺を近づける。
すると、箱の表面に円形の模様が浮かび上がった。
どう見ても魔法陣だ。
そういうデザインの充電器らしい。
「さて、これより古の魔術でおぬしに活力を与えて進ぜよ――――」
「ただの無線充電だろ」
無視をするつもりだったのに、思わずツッコミを入れてしまった。
店員さんの溜息が聞こえる。
その溜息が爺さんに対してなのか、俺に対してなのか、気になるところではある。
だがこんな洒落の利いた充電器を使ってるお店にも落ち度があるのではないだろうか。
まあ、この店員さんなんか気が強そうだし、そんな事は口が裂けても言えないけどね。口無いけど。
無線充電器の上に置かれた俺は、体が熱くなっていくを感じている。
バッテリーに電力が、体に活力が供給されていくのが分かる。
復活の時は近い。
スマホの異世界忌憚第二章までもう直ぐだ。