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EP.1 - 14

【先週更新分のあらすじ】

 アイザックらが現在寝泊りしている建物で地域住民による夜の集会が行なわれた。その宗教染みた行事からアイザックは此処を教会と認識し、月に似た天体を仰ぎ祈るキースを見て信仰の対象がその天体であると理解した。その後、その場で行なわれた会議で狐耳の少女は『コアン』と名付けられた。

「コアン! ワームート!」


「うぇぇぇ~……? ――っていうか、こあんってよぶなよなぁ~……」


 四日目の朝、朝食を終えたキースと狐耳の少女『コアン』が食卓で胃を休めていると、なんと昨夜ホールで見かけた子供達が押し掛けて来た。


(セキュリティーのセの字もねぇな此処は!)


 実に教会らしいガバガバセキュリティーだ。

 それにも関わらず荒らされた様子の全く無い整然とした屋内は、この地域の平和さを物語っている。

 まあ、もしかしたら不届き者はキースが処理しているのかもしれないが――――うん、してそうだ。奴はそういう風貌をしている。


 子供達に異世界語で絡まれて、何か言い返そうにも言葉が通じないので色々と諦めたコアンは、子供達に導かれるままに渋々建物の外に出た。





(外――! 外だあああああああああああ!)


 引きこもりの娘がついにお外(おんも)に出た。お父さん嬉しくて涙出ちゃう。

 ――――まあ、どちらかと言うと自分が外に出られた事への喜びの方が大きいのだが。


 この世界に来た当初は何よりも先ず屋内へ入らねばと考えていたのに、それが叶うと今度は外出したくなった。何が何でも前進をしたい俺は変化を渇望した。停滞すると纏わり付いてくる不安を振り払う為に、兎に角動きたい、動き回りたいのだ。


 ――――のだが、


(待って待って止まって! 止まってお嬢! おい止まれやコアンーーーーーー!!)


 コアンと子供達は追いかけっこを始めた。

 先程から「耳を触るな」「尻尾を触るな」と、楽しそう(?)に子供達とじゃれ合っていたコアンだったが今度は元気に走り出したのだ。

 活発なのは喜ばしい事だ、だが腕をブンブン腕を振って走るものだから、その手の内に在る俺の三半規管は大ダメージを受けている――三半規管、というか加速度センサー辺りだろうか。何にせよキツイ。


 子供達の楽しそうな声が追ってくる。

 コアン、コアンと呼んでいるのだ、止まってあげたほうがいいんじゃないか。


 そうだ、止まってあげるべきだ。

 ――――主に俺の為に。


「ぬああああああああああ! おまえらいいかげんにしろー!」

(頼むーーー! 観念して子供らに弄ばれてくれお嬢ぉぉぉぉぉぉ!!)


 逃げ惑うコアン、追いかける子供達、過酷な反復運動を強いられる俺。暖かな朝の日差しが照り付ける長閑(のどか)な村の一角で、悲喜交々な想いを載せた子供列車がひた走る。軋む車体の煩音(はんおん)を無垢な子供の笑声(しょうせい)に換え急転蛇行を繰り返し何処までも何時までも――――。


(地獄だ……でも見なきゃ、見て覚えなきゃ……)


 辺りの様子を記憶しなければならない。また何時外に出られるか分からないのだ。

 なら何時覚える――今だろ。


 先ず地面は、文明レベルを考えたら妥当なところだが舗装はされておらず土が剥き出しだ。しかし良く踏み均されていて、手入れが行き届いている様で雑草の姿は殆ど見えない。

 人口密度は決して高くない。民家と思しき建築物は密集しておらず、拓けた土地にぽつぽつと点在している。人々の活気も感じられない。

 建築物は木造が殆どの様だ。俺達とキースが寝泊りしている所は石造の教会に隣接した木造の居住部分だ。そこだけ妙に不恰好さが目立つのは強引に増築した様に見える為でもあるのだが、それよりも他の木造建物の出来がかなり良く見える事が多大に影響している。

 建築技術が高く資材も良質の物が揃っているところから、人口密集地帯ではかなり進んだ文明が見られるのではないかと推測できる。

 遠くの方に生い茂った木々が見え――――――


(あっ……もう無理、クラクラする)


 思考が何かに妨害された。

 センサーが送信してくる異常値の感覚とは別のものだが正体は分からない。何らかのセーフティー機能が働いたのだろうか。


「おらー! どんくさチビジャリどもー! つかまえてみろやー!」


(まだ走る気なのか……もう勘弁してくれぇ~)


 コアンは脚力に自信があるようで、なかなか追いつけない子供達を日本語で煽る。チビジャリて。

 しかし子供達も負けていない、ノンストップで追ってくる。こいつ等のスタミナは底無しか。

 このまま昼食時が来ても走り続けそうな勢いの子供達に戦慄した。


 しかし、永遠に続くと思われた追いかけっこの結末は唐突に訪れた。



(――あっ!)

「――――あっ!?」


 調子に乗って足元への注意が疎かになり躓いたか足が縺れたか、コアンの体が急激に前のめりになり俺は彼女の手から解放された。

 フワリと、定期的に加わる逆ベクトルの外力に裏切られた俺は慣性に因って宙を舞い、そして――――


「ぐぇーっ!」

(グェーッ!)


 コアンと俺は、ほぼ同時に地面を滑った。


「「「コアン!」」」


 子供達のコアンを案ずる様な声が聞こえる。盛大に滑ったから擦り傷は免れないだろう、可哀想に。

 こちらは当然無事だ。地面に叩きつけられた衝撃でボディにそこそこの負荷は掛かったが問題無いレベルだ。スマホ舐めんな。


(でも正直これっきりにして欲しいなぁ……)


 一回一回は気にならない程度の衝撃でも、それらはしっかりダメージとして蓄積されていく。

 そしてある日、何でもない様な出来事が起因となり突然の死が訪れるのだ。日頃から大事に扱ってくれよな。


(真歩ちゃんがくれたケースも擦り傷だらけだろうな……)


 だがそのスマホケースが無ければ傷付いていたのは俺の体だ。そう思うと胸が締め付けられる――胸ってどの部分なんだ。


「あーもーうるさいうるさい! こんなのよゆーよゆー!」


 コアンの元気な声が聞こえる。

 流石、防御力皆無の防具で外を彷徨(うろつ)いていただけの事はある。わんぱくでも良い、逞しく生きてくれれば。


 地べたに横たわった俺の視界には一面の空が広がっている。天上の海をゆったりと泳ぐ積雲の群れが暑い季節の訪れを予感させる。日が昇って間もない頃から随分と暖かかった、きっとこれから気温はもっと上がるだろう。


 空の水面に視線の疑似餌を泳がせていると、それに食い付いてきたのはコアンだ。俺は彼女に拾い上げられた。


(うへぇ……やっちまってるな……)


 左の頬に擦り傷が出来ている。玉のお肌が台無しだ。

 コアンはフリップを開くと画面をまじまじと見つめ、それから激しく振りだした。


(あ~はいはい、解ったから振るの止めてくれ)


 ――――自撮りモードでカメラを起動する。


「おぅ、きがきくな!」


 正直なところ、意思の疎通が上手くいった様な気がしてちょっとだけ嬉しかった。

 しかし気が利くというのは語弊がある。どう考えても彼女の暴力によって無理矢理言う事を聞かされただけだ。結局、人と道具の間柄ではその程度の関係に留まってしまうのだろうか。


(まあ……仕方ない事なんだけど、ちょっぴり切ないな)


 きっと、その先を望んではいけないのだ。

 艶のある黒髪を(なび)かせチェックのスカートを揺らし歩く美少女JKの背中を追うだけなら未だしも、その先を()う人生を望んでしまえば茨の道を歩む事になる――――いや、道など無い薔薇園を這いずり進むが如き一生になるだろう。これは仕様の無い事なのだ。


「う~ヒリヒリするぅ~……」


 コアンは自分の顔が映る画面を確認しながら指を舐め、唾液で湿ったその指先で傷跡をなぞる。


(雑な消毒だな! ちゃんと綺麗な水で洗って欲しいが、どうしたものか……)


 不十分な傷口のケアを放置は出来ない。もっとマシな消毒をするよう促せないかと考えていると、コアンの顔越しに白いローブ姿のキースを伴って走ってくる黒髪の女の子の姿が見えた。


(はい有能。あの子の事は覚えてお――――)



 ――――コケた。



(ま……まあ、良い子なのは間違いないから…………あ~あ、泣いちゃったよ可哀想に)


 キースは立ち止まって頭を掻きながら一寸困った様子を見せたが、直様(すぐさま)転んだ女の子を片腕で軽々と脇に抱えこちらに向かってきた。


「なん――うあっ!? なにすんだきーすぅ!」


 俺達の所に辿り着いたかと思うと、空いた片方の腕で(おもむろ)にコアンを抱えると踵を返して歩き出すキース。

 ギャン泣く有能ドジっ()とワーワー喚き散らすコアン、二丁の可変式音波ライフルを両脇に抱え悠然と歩く白い巨兵の姿はなかなかの迫力だろう。


「なんっ……とぉぉぉおおおお!」


 何故か腕に力を込め逃れようとするコアンだが、力の差が有り過ぎてキースの腕はビクともしない。


(無理無理、無駄だから抵抗するなって)


 コアンが何故意固地になっているのかは全くの謎だが、傷が化膿して病気になったり治っても痕が残ったり、怪我を放置しても良い事なんて無い。きっとキースなら傷口に効果的な処置を施してくれるだろうし大人しくしていて欲しいものだ。


 抵抗も虚しく教会へ連れられたコアンと落ち着いたが未だ少しグズっている有能ドジっ()。彼女ら二人と俺は、奥の居住部分に設置された入浴場の脱衣所へと運び込まれた。

 キースは有能ドジっ()に何やら(ことづ)けをすると脱衣所から出て行き、女の子二人と俺がそこに残された。


(……あれっ? これ、不味くね?)


 傷口の洗浄が主な目的で入浴場に連れて来られたのだろうが、転んで砂塗れな訳だしついでに全身洗って来いって事なんだろうか。もっと丁寧な治療が受けられると思っていたが現実は非常である。


(まあ、しっかり洗えば傷は大丈夫だろうけど、新たに重大な問題が発生してしまったな……)


 まだ年齢二桁も無いような幼女の裸体を見たところで――――というか、そもそもスマホなので何かがどうにかなる訳でもないのだが――――



≪――――I'm here.≫



 俺はけたたましい電子音と共に、そう発した。


 神様は見ている。

 言い訳は効かない、無慈悲に俺を罰するだろう――――っていうか神様も見んなってーの。ここから先は絶対不可侵、絶対不可視だ。



「うっさいぼけー! おもてにでてろ!」

(グェーッ!)



 俺は脱衣所の外に放り出され、手痛い仕打ちを受けながらも何とか難を逃れた。

【新キャラ】

有能ドジっ娘:ドジさ加減も当人のスペック次第で特定の需要を満たしたりする

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