EP.6 - 7
俺は仰向けに寝かされたコアンの腹の上に乗せられている。
コアンが寝転がりながらゲームアプリで遊んでいて、疲れてそのまま眠ってしまった時なんかは、こんな感じで夜を過ごしていた事もあったが、そんな時に俺の体に伝わってきていた彼女の心臓の鼓動は、今は感じられない。
(ホントに死んじまったんだな、お嬢……)
人ひとりが余裕で入れるくらいの大きな木製の箱の中に大人の手の平サイズの白い花が敷き詰められ、その上にコアンは寝かされている。
俺たちはコアンの亡骸と共に村へと帰ってきた。
あの事件の直後、蘇生処置のようなものを施されたが、結局コアンが息を吹き返す事は無かった。その日のうちにこの箱、要するに棺桶が用意された事に少し驚いたが、大きな街だから葬儀屋のようなものもきっとあるのだろうと納得した。
コアンの入った棺桶を豪華な荷車に積みユルクに引かせ、村に向けて走らせている最中の同乗していたエルミーは意外と静かだった。
泣き叫ぶ気力すら枯れてしまったのだろう、啜り泣く声は時折聞こえたが、それだけだった。
コアンと俺が入っている棺桶は今、村の教会の礼拝堂に安置されている。
近くにユーシィが居て、朝からコアンに最後の挨拶をしに来ているであろう村の人々の対応をしている。
今は丁度昼時くらいだが、まだエルミーの姿は見えない。泣き疲れて寝てるのかもしれない。
だが、いずれ来るだろう。
沢山世話になったのだから、最後の挨拶は出来れば彼女の姿を見ながらしたいものだ。
(最後、なんだな)
コアンと一緒に棺桶に入れられているという事は、このまま埋葬される可能性が高い。
生き埋めにされるというのは余り良い気はしないが、自分では動く事も出来ないので運命に身を委ねるしかない。
(いや参ったね……)
誰か俺を持ち去ってくれないだろうか。
そんな事を考えていると、また一人、村の人がコアンに別れの挨拶をしにきた。
この人は、秋頃に森へ行った時に引率してくれていた男の人だったと記憶している。
彼は手に持った薄紅色の花をコアンの傍に添えると、目を閉じ胸の前で両腕をクロスさせた後、キースから何度も聞いた例の祈りの言葉を口にし、少し間を置くと近くにいるユーシィに声をかけ、去っていった。
(なんか、みんな俺の事はあんまり気にしてないみたいだな……)
俺が元居た世界で知り合いのスマホを見た時にいちいち気にするなんて事は無いだろう。
だがここは異世界で、異世界人である彼らにとって未知の技術で作られた道具だ。
それならちょっと弄ってみようとか、何なら持ち帰ってしまおうとか、実際に行動に移さなくても素振りくらいはしても良さそうだが、誰一人として俺に興味を示そうとしない。
きっと今の俺はコアンの亡骸に添えられた花やら木の実やらと変わらないのだろう。
あの世に行っても寂しくないように、とか、そんな気遣いで置かれた物の一つなのだ。
(悲しいなぁ)
これから土の中に埋められて、その状態でどれだけ長い年月を過ごすのだろうか。
想像してみると、少しだけ恐怖心が湧いた。
(お嬢ぉ……目を覚ましてくれよぉ……)
俺はバイブを作動させてみた。
こうやって腹の上でブルブルと震えてみせると、コアンはいつもキモいだのなんだのと文句を言ってきた。
だから、もしかしたら今回も突然起き上がり悪態をつきながら俺を外に放り投げるんじゃないかと、そんな奇跡が起きてもいいんじゃないかと、考えた。
(ダメか、そりゃそうだよなぁ)
コアンは微動だにしない。
こうやって彼女の死という事実を確認する度、悲しみがぶり返す。
土の中に埋められ、人間たちの生活から隔離されてしまえば徳が積めなくなってしまう。
そんな最大のピンチを迎えようとしているのにも関わらず、パートナーの死という出来事に対する悲しみが感情のウェイトの殆どを占めていて、やる気が起きない。
このままではいけないとは思っていても、状況を改善するために何をすればいいのかと考える事が出来ない。使い慣れたアプリをただ起動するという簡単な行為すら時間がかかる。
刻一刻と詰みの状態に近づいているというのに、この体たらくだ。
(誰か、助けてくれ……)
パートナーを、持ち主を亡くした憐れな道具を誰か拾ってくれないだろうかという、誰の耳にも届かぬ俺の哀願は、俺の体を震わせるばかりで誰の心にも響かない。
「エルミー?」
ユーシィの声が聞こえた。
どうやらエルミーが礼拝堂に現れたらしい。
(エルミーが来たのか、少しは元気が出たのかな)
小走りで遠ざかる足音が聞こえた。
ユーシィがエルミーに駆け寄ったようだ。
暫く遠くの方で話し声が聞こえて、そして二人の足音がゆっくりとこちらに近づいてきた。
(もうこの顔が見られるのも最後か)
ユーシィに肩を抱かれたエルミーの姿が俺の視界に映った。
目元が少し腫れている。きっと沢山泣いたのだろう。
エルミーはコアンの顔をじっと見つめている。
表情は硬く、時折目元や口元が痙攣するが、その度に歯を食いしばって震えを抑えている。
(コアンにお別れを言いに来てくれたんだな……辛いだろうけど、頑張れエルミー)
エルミーがどんな風に別れの言葉を切り出すのかと待ち構えていると、彼女の腕が俺のもとに伸びてきた。
(え、エルミー?)
彼女は棺桶から俺を拾い上げ、ホーム画面の映ったディスプレイを見つめた。
チャンスだった。
もうここを逃したら後は無い、土の中へ行くことが決まってしまう。その運命を回避する最後のチャンスだった。
だが、何をすれば良いのだろうか。
この状況で、何をする事が最善なのだろうか。
俺は思考をフル回転させた。
さっきまでの不調が改善され、CPUの動作も快適だ。
だが時間が無い。
エルミーがコアンに別れの挨拶を済ませてしまえば、そこでタイムオーバーだ。
急げ、俺。
(…………分かってる、これしか無いよな)
俺はカメラアプリを起動し、録画モードに切り替えて、アプリを録画状態にした。
するとエルミーとユーシィが同時に少し驚いたような表情をした。
俺は彼女らを驚かせたかったわけではない。
果たして真の意図に彼女らは気付いてくれるだろうか。
暫くの静寂の後、最初にアクションを起こしたのはユーシィだ。
彼女はエルミーの肩を抱く腕に少し力を込め、自分に軽く引き寄せた。
すると、エルミーは少し間を置いてから大きく頷いた。
(エルミー、頑張れ!)
ユーシィがエルミーの肩から手を放し、数歩後ろに下がると俺の視界に映らなくなった。
その時が近付いている。覚悟を決めなければならない。
エルミーも、そして俺も。
「コアン……」
エルミーが、一年間行動を共にした友達の名を口にした。
少ししゃがれたような声であった。震えているからなのか、喉を痛めているのか。原因は俺にはわからない。
(頑張れ……エルミー……)
エルミーは、次の言葉を中々口にできないでいる。
それを言ってしまえば全てが終わってしまうのだから、当然と言えば当然だ。
そんな調子であったから、まだ時間がかかるかと思われた。
しかしエルミーは、ぎゅっと目を瞑ると、途切れ途切れになりながらも大きく息を吸い、それからゆっくりと吐いた。
そして……
「………………ハイデンチュア!」
エルミーは大きな声で、そう言った。
その顔は、笑顔であった。
その目からは大粒の涙が溢れ出ていた。
ハイデンチュアとは、別れの挨拶だ。
しかし、今生の別れとして使うには適切ではない。
”また明日”くらいのニュアンスの言葉の筈だ。
彼女がこの言葉を選んだ理由は、俺にはわからない。
この世界では風習で、そういう挨拶をするものなのかもしれないし、もしかしたら別れを惜しむ余り選んでしまった言葉なのかもしれない。
なんにせよ、悲しみに押し負けず言い切った事は称賛に値するだろう。
(よく頑張ったな、エルミー)
エルミーは俺をコアンの腹の上に置いた。
(……だよな、エルミーなら、そうするよな)
俺は、さっきまでは誰かにこの場から持ち去って欲しいと願っていた。
出来るならエルミーにそうして欲しいと願っていた。
だが、彼女がそんな事をするわけがなかった。
例え他の全ての人間が俺を持ち去るという選択をするとしても、彼女だけは俺をコアンのもとに返すだろう。
だから俺は、諦める事が最善だと判断した。
そしてエルミーの姿と言葉をこの身に刻み込み、コアンの傍に残る事を選んだ。
忘れっぽいコアンがエルミーの記憶を何処かへやってしまわないように。
エルミーのくぐもった泣き声が聞こえる。
ユーシィの胸元で泣いているのかもしれない。
時折啜り泣く声が混じる。
ユーシィもきっと泣いているのだろう。
(エルミー、ユーシィ、そしてキースや村のみんな、今までありがとう)
出来る事なら世話になった一人一人に感謝の言葉を述べて周りたかったが、スマホなので出来ない。
もう、俺に出来る事は何も無くなった。
やがて棺桶は両開きの蓋を閉められ、俺の視界は暗闇に包まれた。
別れの挨拶はエルミーが最後だったらしい。
エルミーが俺を手に取った時にふと過った考えがある。
エルミー以外の誰も俺に触れようとしなかったのは、もしかすると俺をコアンと共に埋葬するか、それとも別の場所で保管するかの選択を村の皆が彼女に委ねたのかもしれないと。
それならばもう、俺の運命は変えられない。
今ここで、大音量でアラームを鳴らしてやれば、それに気づいた誰かが棺桶から俺を取り出す事を提案するかもしれない。
だが例えその可能性があったとしても、そうする訳にはいかなくなった。
俺はエルミーの想いを墓場まで持っていくと決めたのだから。
(…………ハイデンチュア、さよならだ)
その後、コアンと俺が埋葬されたのは夕方。
いつもならコアンが「腹が減った」と騒ぎだす筈の時間だった。




