EP.5 - 55
今度は間違えない。
モエナは視界に現れたコアン達に駆け寄りながら、自身の判断ミスによってジゼを負傷させるという先刻の失態と今を重ね、状況判断に落ち度が無いことを今一度確認した。
コアン達の前に立ちはだかる男。
モエナは男が食堂を襲撃した一味の者である事を確信した。
彼女には理解出来ない謎の言語で喋っていたので、その時の様子が強く印象に残っていたのである。
男はまだ息のある仲間と共に拘束され、屋敷の一室に幽閉された。
なのに何故、いま目の前に居るのかはモエナには解らなかったが、それは些細な疑問だと考え捨て置いた。
何よりも先ず、コアン達に迫る危機を取り除かねばならない。
そう考えるモエナの目には、迎え撃つべき明らかな脅威が映っていた。
抜き身のナイフを腰に構え、目標との距離を詰めつつ刺突の準備動作に入るモエナ。
男とコアンが何か言っているが、当然モエナにその言葉は通じない。
しかし、何を言っているのかは理解できないが、それも些細な疑問であった。
今度は間違いない。
モエナが間合いの内に入らんとしているにも関わらず、男はまだ構えない。
状況を把握できていないのか、反応が遅れているのか。
その思考は読めなかったが、目と鼻の先に迫った状態で臨戦態勢を取れていない男が脳内で何を考えているかなどという疑問は、やはりモエナには些細なものあった。
――――恐れるな"モエナ"、今度は間違いない。
モエナは心の中で己を鼓舞する。
新たに取り込んだ記憶の影響で判断力が鈍っていると感じていたモエナは大きな不安を抱えていた。
しかし、今の自分に間違いは無いとモエナは確信する。
男はまだ構えない、間違いない。
コアン達は男から離れようとしない、間違いない。
彼らの背後から闇に紛れた黒い影が迫っている、間違いない。
モエナの標的は、それだった。
男の身体を壁にし、モエナは迫る"影"との死角に入った。
交戦に移る直前まで相手の行動予測を妨害する、ジゼとの戦いで取った戦法と同じものだ。
初手をどうするか、モエナは考えた。
男を突き飛ばすか、横をすり抜けるか、はたまた飛び越えてみるか。
一瞬、男を盾にしようかとも考えたが、何故だかコアン達に敵意を持っていないようなので、大事を取ってその案は捨てた。
モエナは男と肉迫するなり、唐突に走る方向を変えた。
横をすり抜けるつもりだ。
朧げな月の光が差す窓側に寄り、男を避けるモエナ。
華麗なステップでやり過ごし、"影"への攻撃に移ろうとしたその時、男が意外な行動に出たのをモエナは見た。
男は窓とは反対側に勢い良く倒れ込みながら身体を捻り、腕を大きく振るって背後に何かを投げたのだ。
突然の事にモエナは驚いたが、標的である迫り来る影こそが一番の脅威である事は間違いないと確信しているので走るスピードは緩めない。
「――――ッ!」
男の投げたものが命中したようで、"影"のものであろう、くぐもった小さな悲鳴が聞こえた。
モエナがその好機を逃す筈は無く、猛スピードで影に走り寄りナイフによる刺突の一撃を繰り出す。
「ア゛ッ――――!?」
確かな手ごたえと共に、"影"の発する不気味な悲鳴が聞こえると、モエナは"影"の姿を確認し今一度その体にナイフを突き立てた。
首にナイフを突きたてられた"影"は、どうやら絶命したようだ。
声も無く崩れ落ちた"影"の姿を見たモエナの心を、えも言われる達成感が満たす。
モエナは"影"が何であるかを知っていた。
闇夜での活動を容易にする為、常に暗闇で生活して極限まで目を慣らした彼らは、夜棲人と呼ばれている。
彼らは闇夜で活動する人間の精神と感覚、両方の死角を熟知していて、その業で標的に全く気付かれずに近付き任務を遂行する、暗殺のスペシャリストである。
何度目かの人生で、モエナは夜棲人と対峙し、戦い、敗れた事があった。
しかし今回、男の予想外の動きが完全に夜棲人の虚を突いて隙を作ったお陰で、モエナは思わぬところで復讐を果たすことが出来たのだった。
モエナは一息つくと、此処に来て四度目の疑問と対峙した。
それは、一度対峙して敗北を経験した自分はともかく、この男はどうして夜棲人が迫っていることに気付いたのだろうかというものだった。
モエナは、言葉の通じない彼から如何にそれを聞き出そうかと考えつつ、不意の一撃を夜棲人に食らわすため倒れ込み、今も床に座り込んでいる男に歩み寄ろうとした刹那、男の近くで闇が不自然に揺れた。




