EP.5 - 53
寝室を逃げ出した一行は、灯りが消えて真っ暗な廊下を駆ける。
「きーすのとこいこう!」
「クー!」
コアンの提案に賛同するエルミー。
完璧に日本語を理解しているわけではないが、「キース」という単語と状況から意味を察したのだろう。
(頼もしいなエルミー……でも、大丈夫かな……)
ここにいる三人は皆、この家の人間ではない。
コアンは勿論の事、別の地域で暮らしていたエルミーも建物の構造は知らないだろう。
頼みの綱はリニーだが、果たして彼女は知っているのだろうか。
暫く走り階段に差し掛かった一行。
「リニー、インタンク!?」
「ケーフシェイニー!」
(あー……さいですか……)
上に行くべきか下に行くべきか迷ったエルミーはリニーに意見を求めたが、どうやらリニーもこの家の構造を理解していないらしく、期待していた回答は得られなかったようだ。
「おい、だれかいる!」
下に続く階段の踊り場に人の気配を感じたコアンがスマホのライトをそこに当てると、黒い服を着た人影が照らし出された。
「あっ!? ぞんびおとこ!」
(ゾン……ああ、あいつか!)
コアンが"ゾンビ男"と呼んだのは、彼女が食堂で死亡確認の真似事をした男だった。
(捕まってた筈なのに……仲間が助けに来て解放されたか?)
理由は解らないが、自由の身になってしまった襲撃者がすぐ近くまで迫っている以上、あれこれ考えてモタついている場合ではないだろう。
「アクマ!」
リニーが叫ぶ。
何だか禍々しい言葉だが、『アクマ』というのは異世界語で"上"を意味するので、上へ行こうと提案していることになる。
迷っている暇も無い三人はすぐさま階段を駆け上がった。
「サンバ!」
ゾンビ男(仮称)の声がする。
(サンバ? ……駄目だ解らん!)
残念ながら俺の脳内異世界語辞書には『サンバ』という単語は登録されていなかった。
ゾンビ男(仮称)が何を言いたいのかは解らないが、相手にしている場合ではないだろう。
三人は階段を登りきり四階へと辿り着く。
広い屋敷なせいか、未だこの家の住人のものらしき気配が感じられない。
(このままじゃすぐ追いつかれちまう! 誰かいねえのかよ!)
あまりにも分が悪い追いかけっこだ。
必死に廊下を走って逃げる少女三人を、ゾンビ男が「サンバ、サンバ」と言いながら追いかける。
「うあっ!?」
「「コアン!?」」
(お嬢ォォォォォ!)
やってしまった。
遅かれ早かれ捕まっていただろうが、コアンが転んでしまった事で追いかけっこの決着が早々についてしまった。
「ジャバラ!」
「くそっ! よるなばかー!」
完全にゾンビ男に追いつかれてしまったコアンは、尻餅をついたまま手に持った俺を振り回して最後の抵抗を試みる。
一方ゾンビ男の方は、最早慌てる必要も無くなったとみたのか、即座に手を出してはこない。
(ジャバラ、ジャバラって何だよクソッ! 誰か大人の人来てくれーーーーーー!)
絶体絶命の危機を前に、これまでなのかと諦めかけたその時――――
「「ウァァァァーーーーーー!!」」
エルミーとリニーの勇ましい叫び声が響いた。
どうやらコアンを救う為に二人でゾンビ男(仮称)に襲い掛かったようだ。
二人の突撃を受けたゾンビ男(仮称)は、また「サンバ」という言葉を発した。
「…………あれっ? なんだこいつ、よわっちいぞ!」
予想外な出来事が起こっている。
ゾンビ男(仮称)はエルミーとリニーの猛攻に対し防戦一方で、サンバサンバと言うばかりであった。
(何だこいつ…………いや、待てよ)
これまでの状況を思い返してみた。
ゾンビ男(仮称)は追いかけてくるとき「サンバ」という言葉を発し、そして今、一方的に攻撃を加えられている状態でも同じ言葉を発している。
(なるほど、『サンバ』は"待て"か)
憶測ではあるが、ほぼ間違いないだろう。
(という事はつまり…………)
ゾンビ男(仮称)に敵意が無い事に気付くまで、暫くの間コアンを加えた少女三人の猛攻は続くのだった。




