2話「真実と嘘」
投稿遅れました。これからは気をつけます!
6月23日(土) 午前10時。千城市警察署内。
「失礼します」
廊下に2回ほどドアを叩く音が響く。積弥下はもう一度自分の服装を確認し、"鑑識課"と書かれた部屋に入る。
「こちらに鑑識課長の中嶋颯さんはおられるでしょうか?」
返事がなく部屋に人がいる様子もない。壁全体は白色で覆われていてテレビやキッチンにソファーなどが備え付けられている。まるで他人の家に上がり込んだような気分だ。
「ふぁ〜あ…あ……ん?あぁ…俺はついに幻覚まで見えるようになったのか。きっと疲れてるんだ…もう一度寝よう…そうしよう」
急に死角から人が起き上がり目を凝らしながら気だるさそうにこちらを見つめる。どうやらソファーをベッドとして使って寝ていたようだ。
「げ、幻覚じゃないですよ?」
「え?ホント?」
「はい。本日より捜査一課に配属されました。積弥下勇儀と申しま……」
「それ以上動くんじゃねぇ!」
「え…ちょっ…ま!」
ソファーから飛び上がり華麗な放物線を描きながらジャンプし、積弥下の顔面を蹴り飛ばす。その衝撃は受けた勢いのあまり部屋の外に出てしまうほどだ。
「ひでぶ!」
「やっべぇ…やりすぎちまった。お、おい!大丈夫かよ!」
廊下の壁にひどく頭を打ったせいか意識がだんだん遠のいていく。自分を蹴った男の声などは聞こえていなかった。
「う…う…ん」
「気がついたか」
目を覚ますと背中の感触がふんわりとしていて気持ちが良いがそれを上書きするように後頭部に鋭い痛みがはしる。起きてみると目の前に先程の白衣をまとった男が立っていた。
どうやら意識を失った自分をソファーまで運んでくれたらしい。
「さっきは蹴り飛ばしてすまなかったな。俺
は刑事部鑑識課長の中嶋颯だ。よろしく頼む」
そう言いながら除菌剤と書かれたスプレーボトルをこちらに向け噴射する。謝る気はあるのだろうかこの人は。
「う、ゲホゲホ。捜査一課の積弥下です。よろしくお願いします」
「次から入室するときは必ずノックくらいして俺が出てくるまで待っていろ。勝手に外の
汚れなどを持ち込まれては困るからな」
「すいません。これから気をつけます」
「それで…ここに来た理由を聞かせてもらおうか。こんな誰も寄りつかない場所に挨拶だけとは思えないな」
確かにここに来るまでに誰ともすれ違わなかった。鑑識課の場所は千城警察本署に隣接するビルの4階に位置している。他の階は資料室や物置部屋になっていてあまり自分から行こうとは思えない場所だ。
「自分は半年前の"怪奇事件"について調べているんです。その被害者の遺体を実際に見て確認したいと思ってですね…」
「あの変死体のことか。やっぱりあれには何か裏があるのか」
独り言のように中嶋は呟く。何か知っているようだ。
「何か心当たりがあるんですか?よかったら言ってみてください」
「今日あったばかりのやつに話す義理などはないが」
警戒心剥き出しの目線に少し怯むも積弥下は説得しようと試みる。
「佐原さんから頼まれきたんです。と言えばわかってくれますよね?大丈夫です。自分も上層部と繋がりはありません」
「佐原の部下か。よくもまぁ…あの優秀正義バカに付き合ってられるもんだな」
「あの人と知り合いなんですか?」
そう聞いたのがまずかったのか中嶋は大きなため息をついたかと思うと下を向きながら頭を抱える。
「知り合いも何も同期だ。おかげでやつの行いには嫌と言うほど振り回されてきた。やり方はめちゃくちゃだが何故かあの若さで警部補まで昇りつめやがった。お前も気をつけることだな」
「そ、そうなんですか?」
馬鹿にしているのか褒めているのかわからなかったが今の感じからすると後者のようだ。
言い方はアレだとしても悪い人ではないらしい。
「まぁいいだろう、教えてやる。佐原からも聞いていると思うがこの事件は他殺の可能性が高いにも関わらず上層部はこのことを無かったかのように隠蔽しようとしている。残念だが遺体はすでにここから持ち出されて遺族に返されてしまっている」
遺体に残されているかもしれない痕跡を探すことができないということだ。遺族に返してしまったのならもう一度協力をお願いすればいいと思いがちだが、すでに葬式をあげて火葬してしまっていることだろう。
「それじゃあ振り出しに戻るってことじゃないですか」
頭を抱え落胆する。
「落ち着け。そんなこともあろうかと俺なりに気になる点をメモにまとめておいた。頭に叩きこんだらすぐに燃やすなり破くなりしろ」
そう言いながら胸ポケットからメモ帳を出し積弥下に渡す。中嶋の言う通り今の状況で情報漏えいは非常に最悪な事態だ。下手をすればいるかもしれない犯人を捕まえられなくなる可能性がある。だからあえて処分しやすいメモ用紙にしたのだろう。
「上層部はどこまでこのことを?」
「さぁな。でも奴らも事件の手掛かりすら見つけられてないらしい」
「なら…早く行動しないとですね。被害者のためにも」
メモ帳のページをめくると被害者の個人情報や死亡推定時刻に遺体の詳細まで書かれている。
「(鈴木尚人 22歳 公務員。
4月10日午後5時廃ビルの中で椅子に座った体勢で発見されその後死亡が確認される遺体は争った形跡はなく内蔵が全て無くなっていた…)」
読み進めるうちに感じたことは疑問や違和感だけだった。切り裂かれたような傷はないはずだというのにどうやって遺体から内蔵を取り出したのか。証拠になるようなことは何もない。あるのは一貫性のない奇妙な部分だけだった。
「(なんだか眠いな。活字の見すぎか?)」
だんだんと意識が薄れてくる。昨夜は十分に睡眠時間をとったつもりだ。そう思っているうちに目の前が真っ暗になっていった。
「ふんーふ〜んふーん」
陽気な鼻歌がコンクリート壁を伝って静けさに包まれた部屋に響き渡る。部屋の中には仮面をつけた男が自分の指を削っていた。
「う…くっ」
向かい側に座っているのは警官服を着た60代の男性だ。苦しんでいるようではあるが椅子に縛られているわけでもなければなぐられたり傷つけられている様子もない。
「最高だ。実に気分が良いよ。まるで新作のゲームでも買った時のようだよ。そうは思わないか」
「くっ…ふっ…な、何が目的だ…金か…それとも…」
「違う…違う!ちがう!チガウ!それは間違いだよ署長さん。このレイスが求めるのは静寂と傍観の二つだけさ」
怒りのあまり自分の指を強く削り血の雫が滴り落ちる。
「静寂…だと?ならば…ずっと豚箱に閉じこもれば良い…ものを」
「言ったはずだよ。僕には傍観も必要だとね」
レイスは署長に対し手を伸ばし始める。不敵な笑みを浮かべながら。
「やめろ……積弥下!」
目を覚ますと積弥下はいつの間にか中嶋の首を締めていた。もちろん自分の意思でやったわけではない。
「うっ…げほ」
「大丈夫ですか!自分でも何がなんだか…」
「大丈夫なわけあるか!急にどうしたんだお前は」
「分かりません。さっきまで寝ていてそれで…」
「それで?何だ?」
「夢の中で人を監禁していたんです。でも感触とかが妙にリアルで…」
喋る言葉や仕草は自分が普段していることじゃないのは確かだ。まるで夢を見ていた言うより別の誰かの記憶を体験していたような感じだった。積弥下が先程の"夢"を思い返していると携帯の着信音が鳴り出す。
「はい。積弥下です!」
「積弥下君!よかった、今どこにいる?」
「佐原さん?!本署の東棟ビルですけど…どうしたんですか?」
「詳しくは後で話すからすぐにこっちにきて」
「わかりました。すぐに行きます」
「おい待て!まだ話は終わってないぞ!」
上着を着ると扉を勢いよく開け飛び出すように走りだす。中嶋も後に続き走って積弥下を追いけて行った。
「ずっと見てても何もでないぞ?早く座りなよ」
「俺は要件だけを聞きに来ただけだ」
「あいにくノリが悪い奴とは喋るつもりはない。共に食事でもしない限りね」
ノアが指を鳴らすと同時に店主がテーブルに布をかぶせ瞬時に剥がすと料理が出現する。まるで魔法でも使っかのようだ。
「見事だブルーノ。今日も最高の料理とマジックだ」
「ありがとうございます」
ピザのような料理に肉料理が並べられている。濃厚な匂いが鼻の奥を通り抜け食欲を掻き立てるには十分だと言えよう。
「今日のメニューはシュバイネハクセにフラムクーヘンをご用意いたしました」
「俺の大好物だ。食わないなら取引はナシだ」
仕方がないように席につくとフォークとナイフを手にし、肉を切り出す。表面はカリカリに焼けており添えてあったポテトと一緒に口にする。重厚な歯ごたえとソース塩味がよくきいていて部位ごとに食べる度に違った味わいが楽しめる。
「ドイツ料理は口に合わないと思っていたんだがな」
「それは偏見と言うんだよ。何よりブルーノの腕を舐めてもらっちゃ困る。次はフラムクーヘンも食べてみろ」
「このピザみたいなのか?」
「ピザとはちょっと違うがな」
一切れを持ち口に運ぶ。言われてみればイメージするピザの味とは違うように思える。
「随分あっさりしているな」
「フラムクーヘンは別名"炎のケーキ"という意味だ。チーズではなくサワークリームを使用している。酒のつまみによく合うのに今飲めないのが残念だ」
しばらく時間が経つとすっかり料理が全てなくなる。真実は無表情のままだがどこか満足しているように思える。
「悪くはないな」
「素直に"美味かった"って言えよ」
「それで話を聞かせてもらえるんだろうな」
「その前にお前の技術を見せてもらおうか。
最初に簡単な仕事を頼もう」
服の袖から紙切れを出し真実の前に投げる。
そこにあは女性の名前が書いてあり顔写真が貼ってある。
「こいつは"家族"を裏切り国外に逃亡しようと企てている。見逃してやろうとは思ったが機密まで盗まれてはな…」
「わかった。やってみよう」
「物分りが早くて助かる。遺体はその場に置いていて構わない。後は俺が始末する」
冷酷な言葉を聞きながら真実はその場を後にした。