勇者退治
白けたムードを作り出したのは、それは、……うん、まぁ。ちょっとは、ね。予想してたけど、分かってたけど……!
アティのせいとしても、今のこの沈黙の原因は、アティのせいじゃないんだから。
少しばかりの罪悪感から、いつもとは違う甘えたな一人称を使って現実逃避に近いなにか。
そう。近い、何かをしていたら。
大事なところできゅっ! と、むしろ時にはぎゅぎゅっと、痛いくらいに締めてくださるリーエ様が本日三回目になるお言葉をくださった。
「ではこういたしましょう、陛下。勇者様方にご指南いただくということで」
リーエ様のお言葉に、思わず勇者一行と声をハモらせてしまう。
「「「えっ!?」」」
「彼らは魔王退治という使命を持ちここまで来たのです。それ相応のスキル等ございましょう」
それに、
「魔王退治という名目を掲げるという事は、魔王というモノをよくご存知のはず。我ら魔国のものよりよっぽどお判りかと」
――斯くして、リーエ様の鶴の一声により勇者ご一行は魔王専攻教師となり。こうして、世界から勇者は消えたのである。
「…………ちょっと、ちょっとまて! 消えんのは魔王のはずだろう!?」
「ったく、何がご不満なんでしょうかー」
魔王としての今日のお仕事はいっぱいいっぱい頑張ったので、自室に戻ってはやくうだうだしたいのだ。
魔王様が直々に締めの言葉として入れてあげたありがたーい、ナレーションにケチをつけてくれた勇者に、引き留めてくれるな勇者よ、とぷすぷすした態度で尋ねれば、不満たらたらの勇者様はだっておかしいだろう! とご反論。
「物語でも何でも、勇者が魔王を打ち破って終わるだろ!? これじゃまるで勇者退治じゃないか!!」
「そうですねー。でもー、そんな物語でも何でもーむしろあって然るべきかとー思うんですぅー」
はいはい、うまいこと言った。うまいこと。
だるだると本格的に本日のお仕事は終了いたしましたと態度に出して対応すると、勇者様はいやいや待て待てと焦ったように声を出す。
「てか、俺達はまだあんたに教えるの承知してないからな!?」
「えぇー、何が問題なんですかあぁー」
間延びして、王様の威厳はどこへやら。それでもリーエからのびしばし教育的指導が入らないのは、彼女にとっても最早この会談は終わったこと、になっているからだ。
問題提起も結論も、もうすべて終わったと見なされているからリーエからのお叱りは来ない。
という事はつまり、本来なら今の状態の私はフリーという事で。それを引き留めようと阻む勇者がなんだか憎たらしくも思えてくる。
「だいたいー、この国が正式に魔国となったのもー、私が魔王となったのもー、ぜーんぶ。勇者様が起因となっているんですよ?」
「うっ」
柔らかい口調ながらも、つらーい事実を突きつければ勇者様はもごもごと口を動かす。
「だって」
だって、なんなのさ。
小さな小さな言い訳を、小さく小さく口にして。痛いところを突かれたといわんばかりに私から顔を逸らしたのは勇者様。
分かってはいるんですよねー? 流石にねー? もうねー?
そもそもが平和に暮らしていた私達の所に、たのもーと言いがかりをつけて乗り込んできた勇者様たちが悪いんですし。
勝手に疑心暗鬼に陥って、被害妄想に取りつかれ、実質なんの被害を受けていないはずのあなた方がちょっかいかけずにそのままほっといてくれたら、私だって一応は歴史あるこの国の名を改名しようとも、魔王になろうとも思わなかった訳で。
だいたい悪魔だがなんだの、魔王がなんだの、勝手にあなた方が言ってるんですからねー?
元はおんなじ国の民だったのに、ちょっと信仰対象を変えて、ちょっと研究の成果で優秀になって、ちょっと長生きすることになったらそんな事を言い出して。
じゃあここはやっぱり、歴代の遠征構成員によって作られた鬱憤にとどめを刺してくださった勇者様ご一行に責任を取っていただく形で、と。
そう思うのはアティのー、間違いではないと思うんですー。
立派な魔王に育ててくださいね?
幼児顔に似合った幼児特有きらきら純粋にっこり笑顔でおねだりすると、よろめく勇者様。そんな貴方にもうひと押しかなーと、更なる一撃を加えましょう。
「あなた方のリーダーらーしーきー、勇者様はこうおっしゃっておりますが。魔術師様はいかがですか?」
ちらり、ちらちら。勇者の様子を見ながら、問いかければ思った通り。
「私は別に構いません。むしろそこここに蔓延る腐った王侯貴族どもよりも、よほど魔王様のほうがいい人そうですしね」
即決で応えてくださったそのお言葉に、そうでしょそうでしょと胸を張る。
やっぱり、この人は期待通りのお人である。うむ。好ましいかぎりじゃて。
望んだ反応を返してくれた魔術師さんに好感をもって頷いて。ほんでほんで、これ大事なこと! と告げておく。
「給料だってちゃんと支払うしー。結構評判いんだよ? 労働規定だってきっちりしてるし」
今いくらもらってんのー? 軽くつつけばそれだけで、勇者の体はふらりと揺れる。
ちなみにと、リーエに指示を出せばそこは完璧に抑えてくれるリーエ様。
「これほどでいかかでしょうか?」
「な、なんだって……!!」
すぐに私の望みの物を手元にだし、勇者様にお見せした。
するとそこに書かれているだろう金額に、わしゃわしゃと動き出す勇者様の御手。
それを見て、あぁー、やっぱり世の中お金ですねーと理解があるアティ様は鷹揚に頷いてあげる。
うむうむ。素直なのはよいことじゃ。
最後はと、がっしりとした体格に似合わず、存在感が薄すぎるけれどリーエ様のびっくり発言にさえ声を出さない、驚きの貝っぷりを発揮してくださった戦士風お兄さんに顔を向けてご確認をとれば、すんなりと頷いてくれた。
んでは、これで。
「それでは、これにて一件落着」
先ほどとは違い、皆さん円満にまぁるくおさまったこの場には、反論する声などなく。
勇者様たちのご指導ご鞭撻によりアティは立派な魔王となり、世界は平和におさまりました。
ちゃんちゃん。
…………なんだか奇声を上げて、自らの髪をぐしゃぐしゃにしている元勇者様なんて見なかった事にする。
今更後悔をしても遅いのです。