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幼馴染が魔王になっていた  作者: 蒼条 零
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 「あれが、勇者?」

 私は、窓の外をこそこそと歩いて様子を伺う二人組を見て言った。

「左様でございます。女王陛下。」

 宰相が私の後ろに控えて言った。


 二人組は見るからにぼろぼろの服装だ。連絡では四人組だと聞いていたが、道中で逃げたか死んだかしたのだろう。

 とはいえ、ここにいる二人もあまり正気ではなさそうだ。相当大変な道中だったのだろう。


 その点、一週間でここに辿り着いたというあのエドワードは、普通に化け物だ。

 あれが『勇者』だったら、私は瞬殺だろう。


 彼に比べたら、確かにこの二人組は『雑魚勇者』にあたるのかもしれない。


 しかし、彼が勇者でも、このイカれてそうな二人組が勇者だろうが、私の運命は変わらない。



「ふーん。余はあれに殺されるのだな。」

「女王陛下・・・。」


 眉を潜める宰相に、私は笑って言った。

「仕方あるまい、お告げだ。余は殺されねばならんのだ。」


 この魔城の最奥には、お告げの間、というのがある。そこには、未来に「起こるべき」重要な事象が書かれているのだ。


 そこに、私が勇者に殺される、というお告げが書かれていた。

 すなわち、私はどちらにせよ死ななければならないのだ。



 そんなときに、エドワードが来たのは大誤算だった。お告げにも載っていなかった。

 お告げに載っているのは、本当に重要なことだから、まぁ仕方ないが。


 私にとって彼が来るのは、とても大事なことなのだけれど。

 神にとってはそうでもないのかもしれない。


 ともかく、魔城の中はてんやわんやになった。

 お告げが正しく履行されなければ、世界が滅びるのだから。


 世界存続のために、私は死ななければならない。


 しかし、きっと、彼ならお告げなどガン無視で、私を誘拐してでも守ってくれただろう。


 それでは、駄目なのだ。

 私は女王。魔物の王だ。


 私情に流されて世界を滅ぼすなんて、とんでもない。


 ということで、眠ってもらった。


 悪い、とは思った。

 きちんと話し合う、という手もないことはなかったのだ。


 それでもそうしなかったのは。


 彼の優しさに、流されそうになったからだ。


 私は部屋のベッドで静かに眠る彼を見た。すうすうと寝息をたてている。時折、苦しそうに顔をしかめるのは、きっと、私のせいだ。


 ごめん。

 

 彼が目を覚ました時、もう私はいないだろう。

 きっと、死んでいる。


「ねぇ、エドワード、知ってるか?マリーゴールドの花言葉。『変わらない愛』もそうだが、別の意味もあるんだ。」 


 私は囁いた。

「×××××××。」



 

 実は、10年前にプロポーズされたとき、心底嬉しかった。  

 魔物である私を、あんたは唯一差別しなかったからだ。


 だからこそ、耐えられなかった。

 そのときには、もう私が魔王になることがお告げで決まっていたし、勇者に殺されるのも、知っていた。


 あんたといることで、幸せを知ってしまったら、もう戻れないと思った。


 だから、逃げたのに。


 私を忘れていたなら。

 私を諦めてくれていたなら。



 ごめん。

 ずっと、探してくれていたのに。

 せっかく、見つけてくれたのに。



 もう、二度と会うことはない。

 せめて、あんただけでも。


 我が死に利あらんことを。

 君が生に幸あらんことを。


 そして、宰相に言った。

「この者を、見つからぬ場所に。それから一番生き残りそうな使い魔を呼べ。彼への伝言を。」









 僕は、呆然と立っていた。

 ただただ、絶望だった。


 目が覚めたときには、すべてが破壊されていた。


 綺麗な赤と黒の市松模様の床も。

 黒曜石の調度品も。

 美しい窓ガラスも。

 真っ赤なカーテンも。


 ひとつとして原型を留めているものはなかった。


 遅かった、のだ。


「あぁ。」


 なみだは、とうになくなった。

 一生分の涙を使い果たしたと思う。


 死体がごろごろと転がる廊下を走り抜ける。


 大広間には、一際大きな血溜まりがあった。

 そこにはよくわからない赤黒い細かな千切れたような物体が浮かんでいる。



 誰のものなのかは、考えたくもない。 



 だけど、中央に浮かぶ、クリスタルの角は。

 まごうことなく、あの方の。


「レイラ。」

 美しく気高い、残虐な女王。


 僕は彼女の名前を呟いた。


 血溜まりの中から、角を拾い上げた。

 ハンカチは持っていなかったので、服で血を拭う。服に血が着いたがそんなことはもはやどうでも良かった。




 これが物語だったら、と思った。


 僕が涙の一つでも角に落とせば。

 あるいは、この透明な角に口づけをすれば。

 抱き締めれば、愛の言葉を囁けば。


 彼女は、甦るのだろうに。



 でも、残念ながらこれは現実だ。


「ふ、ふふふ。」

 もうなんか、笑えてきた。

 これが、気が触れた、というものだろうか。


 発狂するのも、悪くないかもしれない。


 いや、それより良い案がある。


 死のう。

 彼女のいない世界なんて、いても仕方ないし。

 神様にちょっと怒られるかもしれないけど、別にいいや。



 そのとき、

「アノ、アノ、ソコノ、アナタ。」

 背後から声をかけられた。


 僕は角をかかえたまま、ぼんやりと振り返る。


 そこには、傷だらけの蜥蜴がいた。


 もう、何もかもどうでもよくて、蜥蜴がしゃべったとか、別に何も驚かなかった。

 

「なに?」

 僕はかすれた声で言った。


「エドワード・ライザー、デスカ?」

「あぁ。」

 僕はおざなりに返事した。


「なんだ、僕に用?生憎だけど、僕はなにもしないよ。なにもしたくないんだ。ほっといてくれ。」

 僕はそう言って、蜥蜴に背を向けた。


 さて、どうやって死のうか。


「マッテ、クダサイ。」

 蜥蜴が僕の前に回り込んできた。

「ワタクシ、ジョオウデンカカラ、デンゴン、アズカッテマス。」


 ジョオウデンカ、という言葉に、僕はゆっくりと顔をあげた。

「レイラが?」

「ソウデス。」

 蜥蜴が頭を上下させた。頷いたのだろう。


「なんて、言っていた?」

「アンタガ、マオウニナレ、トオッシャッテイマシタ。」


 あまりの衝撃に、抱えていた角を落としかける。

「は?」


 アンタガ、マオウニナレ?

 あんたが、魔王になれ?


「僕は、人間だ。」

 無茶だろ。流石に。


「シカシ、オツゲ ニ ソウ カカレテイルノデス。」

 お告げ?

「ソウデス。オツゲ ヲ マモラナケレバ、セカイガ ホロビマス。」


 僕は蜥蜴から目を背ける。

「彼女のいない世界なんて、知ったことか。」


 僕にとって、彼女のいない世界は、存在価値がない。滅びたければ、滅びれば良い。


 もう、僕は、この世界にいたくないのだ。

 一刻も、早く、彼女のいる世界に行きたいのだ。


 僕は腰に差してある、短剣を抜いた。そのまま、心臓に切っ先を向ける。




 しかし、蜥蜴は声を張り上げるようにして言った。


「ジョオウデンカハ、ソウオッシャッテイマシタ!」


 蜥蜴がじぃっと見つめてくる。それこそ、僕の体の中まで覗くかのような視線だ。

「デンカ ノ サイゴ ノ ネガイ、カナエテクレマセンカ。」


 彼女の、最後の願い、か。


 僕は腕の中の角を覗いた。

 そうすれば、彼女の声が聞こえてくるような気がしたのだ。


 もちろん、なにも返事はないけれど。


「・・・。」

「アト、マオウ ヲ ツトメアゲルマデハ シヌナ、シンダラ キライ ニ ナル、トモ。」


 魔王を勤めあげるまでに死んだら、僕、嫌われるの?

「やります。」

 即決だった。


 彼女に嫌われるのも死活問題だが、そもそも彼女の望むことならば、なんだってしなければならない。



 彼女が僕に死を望むなら、喜んで死のう。

 彼女が僕に世界征服を望むなら、喜んでそうしよう。


 彼女が僕に、魔王をやれ、というのなら。

 魔王にならなければならない。


 我ながら現金だと思う。


 彼女が望むから。彼女に嫌われるから。

 そんなことであっさりと決めてしまえるのだから。


 僕は、冷たい角に話しかけた。

「ということで、君と平和に暮らすのは当分先になりそうだ。それまで、待っていてね。」


 返事はない。


 だけど、角が落ちていた血溜まりの中に、一枚の花びらが浮いているのに気づいた。

 拾い上げてみると、マリーゴールドの花びらだ。


「あぁ。そうだった。」


 君が僕を眠らせた時に飲ませたのは、マリーゴールドのハーブティーだった。

 マリーゴールドの花言葉は、いくつかある。


 きっと、君は『別れの悲しみ』や『絶望』という意味をを想定していたんだよね。

 僕ったら完全に舞い上がっていて、気づきもしなかった。


 だけど、僕は認めない。



 僕がまた天国で君に会えたら、そのときはきっと、マリーゴールドの花を渡そう。


 そのときの花言葉は、『変わらぬ愛』。ただそれひとつだ。


ありがとうございました。

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