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最終話 転生 後半 -時は巡りー



 そして時は巡り巡る。


 事件の解決が図られた後リコリスはマリアの妹の元へ訪ねた。船長たちのご厚意により、航路を変更し、火星訪問後、レムリアに行くことに決定した。火星に到着後、レグルスの家族をはじめ都市ニライカナイでお世話になっていた人たちと再会した。みんなに、いろいろ黙っていたことを怒られたが最終的には笑って許してくれた。


 ―――生きててよかった。


 その言葉が心からのものだと感じて嬉しかった。


 本当はもっと「なぜおまえだけが生き残っているの」だとか「どうして自分たちの身内を助けてはくれなかったの」とか手ひどい言葉を投げかけられるものだと思っていたのだ。レグルスたちがあらかじめ事情を話しておいてくれて同情がそこにあったのかもしれない。それでも、向けられた感情がこそばゆくて暖かくて、泣きそうになった。


 レグルスは本格的に竜宮城勤務希望を星連に提出した。反対されるかと思いきや、父はお前が望むのならそれで構わないといった。母は少しだけ寂しそうな顔で笑ったものの、便りだけはしっかり寄越すようにといって送り出してくれた。両親ともにレグルスの選んだ道を祝福してくれた。


 マリアは、レムリアの妹の元へ訪ねた。世間では悪く言われていたもののマリアとその妹の中は良好で、姉の頼みと純粋に医者として助けたいという気持ち、それから研究したいという好奇心から引き受けてくれた。リコリスの主治医の上弦と話し合って手術はレムリアで行われた。手術の場所だが、あの竜宮城に鬼が襲撃した事件の時、リコリス達に助けられた人の中に、病院を経営している者がいて設備を提供してくれた。その代りにリコリスの病が晴れて、治療が完了した暁には自分の腕の良さを宣伝してくれとちゃっかりしていた。


 船長夫婦は、病室に頻繁に訪れた。毎朝病室を覗くと、心花が決まって寄り添うように眠っていた。目を覚ました時、見慣れない機械と体がつながっていて、周りに誰も知っている人がいないのはつらいだろう。彼女は、未だに一人で外を歩けないのだから、誰かが来るまで一人ぼっちで心細い思いをするかもしれない。そのため、リコリスの眠るこの場所には絶えず誰かがいた。


「そろそろ目が覚めてもいい頃なのになぁ……お寝坊だなぁ。リーちゃん」

「目覚めたくないのかもしれませんよ。あなたがうっとおしいから」


 手術後のリコリスは、茨姫のように昏々と眠り続けた。担当医や執刀医曰く、身体にはもう何の問題もないらしい。


 この場所へ足を運んで、必ずその手を握って、弱々しい脈拍を確かめることが、船長夫婦の最近の日課だ。緋色の鉱石にむしばまれながらも闘う姿は凛々しかったのに、眠っている彼女は、普段の性格のきつさが鳴りを潜めて年相応以上に幼く感じさせた。


「だが、起きてもらわねば困る。僕はまだ、リーちゃんに、おとうさんって読んで、もらってないんだからな」


 二人の愛娘を起こさないようにそっと、髪を撫でた。


「すぅすぅ」


 寝台に横たわり、寝息ともつかない呼吸を繰り返す少女は返事しない。ただ、微かにその胸が上下することと、触れれば温かな血の通う体だけが生きている証だ。リコリスと同じ病に苦しんでいたものは、次々と回復し始めていた。もう、コールドスリープから解凍した。あとは、リコリスが目覚めるだけ。それなのに、目が覚めない。辛いことばかりの世界に嫌気がさして目が覚めてくれないのだろうか。


「よく寝てるな」

「ふふふ、この子が起きたころには魔女じゃなくて、眠り姫って呼ばれているわ。ねぇ、あなた、どんな衣装が似合うかしら。マリアさんの妹と上弦先生の手術は完璧でしたもの。大丈夫に決まっているじゃない」


 規則正しい寝息に笑みがこぼれる。早く目を開けてほしい。愛おしい娘に、話したいことがたくさんある。あれから、鬼は世界中のあちらこちらで観測されるようになった。もし彼女が目覚めたらまた欲望が渦巻く世界に巻き込まれるかもしれない。それならずっと眠っていて幸せな夢の中で生きた方が幸せかもしれない。そんな自分本位の願いを頭に思い浮かべ首を振る。


「安心して眠ってて」


 守るから。リコリスが目覚めたとき、リコリスの大事な人たちが世界から誰一人変えていないように、戦ってみせる。正臣は、指先にしびれが走るほど強く握る。


「やっぱり、王子様のキスが必要なのかしら……レオくんに協力してもらおうかしら。リコちゃんも彼なら、まんざらでもないんじゃない」

「絶対にさせないよ。ちょっと、この間の戦いで活躍したからって、図に乗ってもらっちゃ困る。だいたい、リーちゃん、彼のことを異性としてみているか怪しいじゃん」


 名前を呼ぶ。はじめて、彼女の名前を呼んだのはいつだったか。


「リコちゃん」


 誰かに呼ばれた名前に意識が浮上する。靄のかかった意識と視界が徐々にクリアになるのをリコリスは感じた。


「んっ」


 ドクンと心臓が高鳴る。衝動のままに、リコリスへ手を伸ばした。普段出さない大きな声で、リコリスの名前を口走ろうとし、紫薇に口をふさがれる。


「あなた。しぃっですわ。心花ちゃんもリコちゃんも、起きちゃうでしょう」


 リコリスは、ゆっくりと目を開ける。ようやく焦点のあった両の眼で順番に、愛おしい人たちを映し出す。みんな、記憶よりも、少しだけ年を経て、より大人っぽくなっている気がした。


「しんほあ……おはよう。随分寝坊しちゃったかな?」


 とても甘やかで、優しい目で、抱き付くように眠る心花を見つめながら唇を震わせる。心花に抱き付かれていない方の手を、布団を揺らさないように動かす。細心の注意を払って持ち上げ、手招く。


「医者を」


 カーネリアンの瞳が静かにそれを止める。触れられた手に頬をこすりつけるようにしてこの時間を大事にしたいということを伝える。


「あの、あの約束っ。まだ、生きていますか」


 リコリスは、今日この時までたくさんの苦境に立たされた。ずっと一人で戦おうとしてきたけれど、結局最後にはたくさんの人の手を借りて、一人では描けなかった未来を手に入れた。


「あぁ」


 人間の醜さや愚かさに囲まれてきたリコリスは、それでもこの世界は美しいと思った。病院の窓から見える景色は、COSMAPと竜宮城の定点カメラを直結しているせいか、見慣れた天の川が広がっていて気分が落ち着いた。


「おはようございます。おとうさん。おかあさん」







 鬼に対する情報集めに躍起になっている政府関係者が面会を求めてくるまであと三日。


 リコリス完治を知った竜宮城の面々が病室に押し入ってくるまであと一日。


 リコリスの目覚めを知ったレグルスとマリアが病室のドアを開くまであと一時間。


 看護師が医師を呼びに走り、上弦とマリアの妹がやってくるまであと三〇分。


 心花が目覚めるまで、後……。




「リ、リリリリイ、リコちゃんだぁ」


 むぎゅうと目覚めた心花がリコリスに抱き付く。


「ただいま。心花」


 声は涙にぬれていた。それでも、届けたい言葉は、伝えたい人たちに届いた。


『おかえり』


 帰る場所があるという幸福に、リコリスは世界で一番幸せな笑みを浮かべた。


長い間お付き合いいただいてありがとうございました。

実はこの物語はとても長くて大きな物語なのです。プロット的には、全体の本当にはじめの部分です。えぇ、鬼との闘いの開幕というところです。ただ、四月から環境ががらりと変わるため今みたいに執筆できるかどうか不安なので、これにて完結とさせていただきます。


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